T 本の内容(本書「はじめに」より)
〈小B6判・上製〉 定価1785円(税込)
 二年前、「若者に仕事を、人間らしく働きたい――全国青年大集会」で発言した若い女性の言葉が、いまでも強く印象にのこっています。
 彼女はつとめていた会社から突然、解雇をいいわたされました。しかし、理由もわからず辞めさせられるのは納得できない、このままあきらめたら人生に悔いがのこると、地域の労働組合とともにたたかい、とうとう解雇を撤回させました。
 みんなの前でその経験を話した彼女は、さいごに涙で声をつまらせながら、「私たちはモノでもゴミでもないんです」といいました。
 彼女にとって、人間の尊厳そのものをかけたたたかいだったのです。

 いま新自由主義という怪物が、日本中を闊歩しています。それは市場万能をとなえ、一部の大企業のもうけを最大化することを目的としたイデオロギーです。
 そのもとでは、「生き残り」という言葉が軽々しくもちいられ、家族をかかえた社員を容赦なくリストラしたり、青年をいつまでも臨時雇いのままにして平気な経営者こそ立派な経営者とみなされ、人間の尊厳はいともたやすく踏みにじられます。人間の尊厳とは、だれもがたった一度の人生を生きているかけがえのない存在であるという認識です。人間にとって自分の存在を否定されることほどつらいことはありません。しかし、新自由主義は人間をただのコスト(経費)とみなし、平然とそれを否定するのです。
 新自由主義は、小泉(純一郎)前内閣以来、自民・公明党政権がすすめてきた「構造改革」路線の基調をなしています。その根底にあるのは、市場競争にまかせればすべてがうまくいくという考え方(市場原理主義)です。おもな政策手段は、企業のもうけを拡大するためにあらゆる規制を取りはらうこと(規制緩和)、政府の公的な役割をかぎりなく縮小すること(「小さな政府」や民営化論)、金融の自由化をすすめること(マネー資本主義、株主資本主義)、などにあります。
 しかし、すべてを市場にまかせろといっているわけではないのです。大企業、とくにグローバルに(地球的規模で)生産や商売をする多国籍大企業だけは特別あつかいで、国際競争力をつけるためと称して、政府の支援を要求します。政府が大企業に競争力をつけてあげるというのは、ようするに税や人件費などの負担を減らし、もっと身軽にしてあげることにほかなりません。実際この数年、政府は、大企業むけの減税をすすめ、労働法制を規制緩和して非正規雇用を拡大するなど人件費の抑えこみを手助けしてきました。
 日本における新自由主義の立役者となった、竹中平蔵氏(元・経済財政政策担当大臣)は、大臣になったばかりのころから、「大企業が国際競争力をつければ、輸出がふえて日本経済がよくなり、やがて国民にもその恩恵がまわってくる」という趣旨のことを、国会でたびたび発言していました。それにたいし日本共産党国会議員団は、「そうはならない。よくなるのは大企業だけだ」と、きびしく批判の論戦を展開しました。拙著『属国ニッポン経済版』(〇三年六月、新日本出版社刊)では、その論理的な矛盾を指摘するとともに、今日、問題となっている経済格差の拡大も警告しました。
 あれから五年以上がたち、やはりよくなったのは大企業だけ。格差と貧困が広がり、大多数の国民のくらしはよくなるどころか、かえってわるくなってしまいました。
 昨今おもうのは、新自由主義はたんに政策の問題にとどまらず、今を生きる日本人の生き方にも大きな影響をあたえているのではないかということです。ライブドアや村上ファンド事件もそうでしたが、もうかれば何をやってもいい――そんな風潮がここ数年、急速に広がっています。
 「何をやってもいい」という部分が、まさに新自由主義的こころ≠セとおもいます。経済活動は人間がおこなうものですから、新自由主義もつきつめると、人間のこころのあり方に帰着するのかもしれません。
 「何をやってもいい」という延長線上には、新手の経済犯罪がつぎつぎと生まれています。また、いちおう合法的でも、人の道をはずれた企業行動があとを絶ちません。そういう事件を国会で幾度も取りあげてきました。これらは総体として、「新自由主義の犯罪」と呼んでも過言ではないでしょう。
 しかし、新自由主義の個々の政策が人間の尊厳をふみにじり生活苦や自殺までひきおこしていることをかんがえると、新自由主義そのものが人類にたいする犯罪ではないかとさえおもえるのです。本書のタイトルをあえて「新自由主義の犯罪」としたのは、そういう理由からです。

 第一章「新自由主義という怪物」では、新自由主義の主張とその欺瞞性についてふれました。また、日本の新自由主義がアメリカ直輸入のものであり、いまや日米財界の共同要求になっていることも示しました。
 第二章以下が、日本の新自由主義の実録編です。
 第二章「人間はコスト」では、偽装請負という違法行為をとおして、新自由主義のもつ非人間性を告発しました。さらにアメリカを例に、新自由主義がめざす労働世界とはどんなものかをのべました。
 第三章「格差・貧困と多重債務」では、サラ金とその背後にいる大銀行や外資とのたたかいをつうじて、新自由主義の横暴と貧困を食いものにしてきた姿をえがきました。また新自由主義と格差拡大の関係にもふれました。
 第四章「『官から民へ』の正体」では、新自由主義にとって福祉はマーケット(市場)にすぎないこと。さらに医療分野と国有地の売却にむらがる大企業の姿をとおして、「官から民へ」とは大企業をもうけさせるための方便にすぎないことをのべました。
 第五章「金融資本の悪行」では、もうけのためには何でもやる金融資本の姿を、保険金不払い、クレジット被害、夕張市の財政破綻問題をとおして暴露しました。
 全国各地には、新自由主義と現場で正面からたたかっている素晴らしい人たちがいます。その出会いを随所に織りこみました。
 本書が、日本の新自由主義の実相をとらえ、打ち砕くうえで、少しでもお役に立てれば幸いです。
二〇〇七年九月 大門実紀史
U 本の目次
目 次
はじめに
第一章 新自由主義という怪物
(1) 新自由主義の「自由」は、だれの自由?
個人の自由としての自由主義
新自由主義の「自由」は大企業のもうけの自由
新自由主義は個人の自由を侵害する
(2) 新自由主義のまやかし
市場は神か
まゆつばものの「小さな政府」論
(3) 新自由主義はアメリカもどき
日本の新自由主義はどのように始まったのか
新自由主義「構造改革」は日米財界の共同要求
第二章 人間はコスト
(1) 青年を食いものにする大企業と巨大請負グループ企業
命の「値段」
「闇夜のカラス」――クリスタル
仲間の人間性をうばうな
千の風になって――母のおもい
追いつめられるクリスタル
非正規雇用をどうする――たたかいはこれから
(2) 新自由主義のめざす労働世界
労働分配率の語るもの
めざすはアメリカの労働世界
第三章 格差・貧困と多重債務
(1) 日本の化け物――サラ金
奄美発、「生きる」
多重債務問題の本質
だれが「グレーゾーン金利」をつくったのか
「グレーゾーン」見直しへ――高まる世論と運動
「グレーゾーン」撤廃の流れをつくる
アメリカの圧力と自民党族議員の巻き返し
あきらめない
貧困打開こそ
(2) 新自由主義と格差・貧困の拡大
格差「先進国」――アメリカ、イギリス、日本
所得格差の拡大
所得再分配機能の低下
(3) 日本で何が起きているか
崩れる日本の累進課税
マネー資本主義が生む格差
第四章 「官から民へ」の正体
(1) 福祉はマーケット
福祉が人権でない世界――アメリカの医療
お年寄りも青年も食いものにしたグッドウィル・グループ
(2) 医療が危ない
医療「構造改革」の目的
「利権屋」会議
「病院ファンド」の暗躍
(3) 国有地に群がるハイエナたち
「大手町開発」の怪
平成の「殖産興業」
第五章 金融資本の悪行
(1) もうけのためなら何でもやる
死差益をめざして――生命保険不払いの背景
認知症のお年寄りを餌食にする大手信販会社
(2) 夕張市を食いものにした大銀行
夕張市の財政破綻
悪い奴ほどよく眠る
[参考文献]
あとがき
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