T 本の内容(本書「はじめに」より)
 「ルールある経済って、なんですか?」
 二〇〇九年夏、総選挙の最中に開催されたある対話集会で、ひとりの青年が手をあげて私に聞きました。青年は選挙の手伝いもしてくれているようでした。日本の諸制度の問題点やヨーロッパとのちがいを手短に話すと、かれはメモをとりながら、うなずいて聞いてくれました。
 移動する列車のなかで、青年の顔が浮かびました。おもいがあって、共産党を応援してくれていたのでしょう。時間がなかったとはいえ、かれ自身の話をきいて、もっと身近にひきよせて話してあげればよかったとおもいました。ヨーロッパの話も遠い世界のことのように映ったのではないかと、少し反省しました。そのときの気持ちが、あとで本書を書く動機につながりました。
 
 いま資本主義のあり方があらためて問われています。
 二〇〇八年秋、日本で貧困が社会問題になっていたときに、追い打ちをかけるように世界金融危機がぼっぱつ(ぼっぱつ年)しました。きっかけはアメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズの経営はたん(はたん。)でした。おおもとにはサブプライムローン問題がありました。どんよく(どんよくお)なマネーゲームの崩壊です。金融危機は実体経済の矛盾も爆発させ、世界中がいっぺんに大不況の暗雲につつまれました。世界同時不況です。わずか数ヵ月のあいだに世界で一〇〇〇万人以上が職を失い、日本でも「派遣切り」が横行し、職も住まいも失う人が大量にうまれました。さらなる貧困の拡大です。あれから一年半がたちましたが、いまだに日本経済は閉塞感の中から脱けだせないでいます。
 金融危機も同時不況も貧困の拡大も、根っこは一つ、もうかればなにをやってもいいというルールなき資本主義がもたらした結果でした。経済を立てなおすためにも、貧困をなくし国民のくらしをよくするためにも、ルールある経済への転換がどうしても必要です。

 日本共産党は、日本の社会を「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会」(社会主義・共産主義の社会)に発展させることを最終目標にかかげています。しかし現在の日本社会が必要としているのは、日本経済を、ヨーロッパに負けないようなルールと秩序を持ち、国民のくらしを大事にするしくみに変えていくことだとかんがえています。
 二〇一〇年一月に開かれた日本共産党第二五回大会の決議でも、ルールある経済社会への転換こそ、日本経済が今日の経済危機からぬけだし家計・内需主導で安定的に成長するうえでも、最も合理的な方策であると強調しました。
 
 社会におけるルールとは、その社会がめざす理念にもとづいて設定され、法律や社会制度として具体化されるものです。日本経済におけるルールは、どういう理念にもとづいてさだめられなければならないのでしょうか。
 本書は、ルールある経済について、現場でおきているさまざまな問題をとおして感じたこと、ヨーロッパのことを調べて気がついたことをまとめたものです。
 第一章「ルールなき資本主義――日本の現実」では、現在の日本でおきている過酷な現実にふれたうえで、ヨーロッパとのちがいについてのべました。とくに小泉内閣以来の新自由主義「構造改革」は、労働条件と社会保障の大改悪をすすめ、国民を悲惨な事態に追いこみました。現代におけるルールなき資本主義とは、新自由主義のことに他なりません。
 ヨーロッパと日本の諸制度をくらべたとき、あまりのちがいにがくぜん(がくぜんと)としてしまいます。
 もう一〇年以上も前ですが、東京土建一般労働組合にいたとき、ヨーロッパの労働事情の調査のため、ドイツ中部の都市デュッセルドルフに立ち寄ったことがあります。地元のドイツ労働総同盟(DGB)の幹部に「なぜドイツでは労働者保護や社会保障が手厚いのか」と質問すると、かれは誇らしげに「伝統と闘争だよ」とこたえました。伝統とは中世からヨーロッパの社会的価値観を形成してきたキリスト教文化であり、闘争とは長期にわたる労働運動や社会主義運動とのことでした。
 今回、あらためてヨーロッパのことを調べていくうち、かれがいった伝統と闘争をむすびつける一つのキーワードを見つけました。ソーシャル(ソーシャル伝)ジャスティス(ジャスティス))(social justice)です。
 社会的公正とは、人間の権利をまもり不平等をなくすという意味です。この言葉は、国際労働機関(ILO)や欧州連合(EU)などヨーロッパの文書にひんぱんに出てきます。現代のヨーロッパが社会制度や経済のルールを構築するうえでの理念になっています。
 第二章「社会的公正をめざして」では、ヨーロッパの伝統、闘争と社会的公正とのあいだにどんな関係があるのか、歴史的な経緯もふくめてのべました。
 しかし、社会的公正はヨーロッパ特有のものではありません。国連の「世界人権宣言」にも盛りこまれているように、人類がめざすべき共通の理念です。
 第二次世界大戦の末期に高まった社会的公正をめざす国際的潮流は、日本国憲法の内容にも大きな影響をあたえました。日本国憲法も、社会的公正の実現をもとめているのです。ヨーロッパと日本のちがいは、社会的公正を経済のあり方や社会制度に実際にルールとして組みこんでいるかどうかのちがいだとおもいます。
 第二章の後半では、このことを確認したうえで、日本の経済社会に、早急に実現されるべき三つのルールについてのべました。
 第一は、人が人として生きるためのルール、すなわち生存権をまもるルールです。
 第二は、人間らしくはたらける労働のルールです。
 第三は、税の応能負担で社会保障の充実をすすめ、貧富の格差を是正する所得再分配のルールです。
 第三章「ルールある経済こそ、くらしと日本経済を再建する道」では、まず日本経済がおちいった過剰生産恐慌と金融危機との関係をのべたうえで、両者の根っこには大企業による国民、勤労者からの収奪とその巨額のためこみ(過剰な内部留保)があったことを指摘しました。
 日本経済を内需主導で再建するために必要なことは、三つのルールを具体化することにより、大企業の過剰な内部留保を国民に還元させること、社会保障を充実し雇用・労働条件を改善することです。それは、企業が健全に発展していくうえでも重要だとかんがえます。
 同時に、金融危機から引きだすべき教訓は、マネー資本主義の横暴を規制することです。
 その象徴が利ざやをもとめて世界を動きまわる巨額の投機マネーです。投機マネーは、原油など生活物資の高騰を引きおこし、株価資本主義を増長することによって労働者のリストラと賃金抑制をすすめる圧力となってきました。そのうえ金融バブルをつくりだしたあげく、その崩壊によって世界を大不況におとしいれました。いまや投機マネーの規制なしに、社会的公正の実現も経済の安定もはかることはできません。
 
 本書が、ルールある経済をかんがえるうえで、ひとつの参考になれば幸いです。

 
2010年4月 大門実紀史
U 本の目次
目 次
第一章 ルールなき資本主義――日本の現実
(1) おびやかされる生存権
青年を食いものにする大企業
ヨーロッパの所得保障制度
シングルマザーのねがい
ヨーロッパのシングルマザー支援
(2) 人間を使い捨て
ノルマを達成しないと解雇
最高裁の不当判決――それでも歴史はうごく
契約社員七〇〇人を、おどして派遣社員に
正社員が当たり前の社会にむけて
ヨーロッパの非正規雇用
ヨーロッパの労働時間と解雇規制
(3) 広がる貧富の格差
貧困率も富裕層も、日本は先進国で第二位
貧困をなくそうとしない日本
第二章 ソーシャル(ソーシャルう)ジャスティス(ジャスティス))をめざして
(1) ヨーロッパ社会と社会的公正
蜂の寓話
資本主義とルール
キリスト教と社会的公正
ILOと社会的公正
フィラデルフィア宣言
「ヨーロッパ・デー」
社会的公正か、新自由主義か
労使共同決定主義
労働組合の力
EU議会の力関係
(2) 日本における社会的公正
日本国憲法と社会的公正
生存権をまもるルール
人間らしくはたらけるルール
所得再分配のルール
「成長か、社会的公正か」――新自由主義のごまかし
第三章 ルールある経済こそ、くらしと日本経済を再建する道
(1) ルールある日本経済へ
日本経済のゆがみ
過剰生産恐慌と金融危機の結合
これからの経済のあり方
大企業の過剰な内部留保を国民に還元させる
企業の健全な発展のためにもルールは必要
(2) マネー資本主義との対決
マネー資本主義
ガソリンはなぜ高騰したのか
賃金をおさえ、リストラを要求する投機マネー
世界金融危機 @バブルの公式「神話+投機マネー=バブル」
世界金融危機 Aマネーゲームの主役・投資銀行
世界金融危機 B負の連鎖がとまらない
世界金融危機 Cリーマン破綻から世界同時不況へ
投機マネー規制と社会的公正
おわりに――たたかってこそ
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