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◆2010年5月31日(月)   候補者日記 1(福島、仙台、帯広)
今回より、ブログに候補者活動をつづっていきます。
 
 5月28日は市田忠義書記局長を迎えて福島市で開催された演説会で15分の訴え。選挙区候補のいわぶち友さんの演説はまっすぐで若さがあふれていてとてもよかったと思いました。友ちゃんは福島の青年運動を引っ張ってきたリーダーです。市田さんはアメリカいいなりと大企業中心主義の異常がもたらす害悪について縦横無尽に語りました。市田さんの人の心に染み入るような語り口は、年輪を感じさせます。とくに活動家の苦労にふれながら励ますところは心を動かされます。
 私は正社員が当たり前の社会にすることこそ、青年に未来ある日本にすると同時に、最大の景気対策であると訴えました。


 翌日の午前中は、仙台市太白区で横田有史県議、嵯峨サダ子、ふなやま由美両市議とともに「まちづくり懇談会」に出席。地域の町内会の会長さんや老人クラブの役員の方が集まってくださいました。地域で起きている具体的な話が聞けて大変参考になりました。また横田さんや嵯峨さん、ふなやまさんがいかに普段から地域に密着した活動をされているかがよくわかりました。

 午後は志位委員長を迎えての大演説会。アメリカに何もいえない鳩山総理に代わって、基地ノーの声をアメリカに伝えたのが志位委委員長でした。リアルな訪米報告に参加者の皆さんが大きくうなずいていました。選挙区候補のかとう幹夫さんの楽しい話もとてもよかった。始まる前、ゆでたまごを持ってきてくれたご婦人から「今日は大門さんの漫才を聞きにきたの」といわれました。
 終了後、青年と語るつどいが開かれました。日本の財政問題や日本郵政でのたたかいなど質問が出されました。その後、車の中でゆで卵をほおばりながら、仙台空港へ。
飛行機で北海道の千歳へ向かい、札幌入りしました。

 5月30日は、朝の特急で札幌から二時間半かけて帯広へ。帯広市で開催された十勝地区の演説会。はたやま和也さんが力強く必勝を訴えました。こくた恵二国対委員長は、テレビタックルの裏話も交えながら、大いに会場をわかせました。切り口鮮やかにはっきりした話が好評でした。終了後、帯広民商婦人部の方々から業者婦人の税制のあつかい(所得税法56条)について要請を受けました。
 昼ごはんは十勝名物の豚丼を、夕食のときは足寄産ホエー馬刺しとアスパラ、ホッキ貝をいただきました。北海道はおいしいものが安く食べられるので助かります。食後、夜の特急で札幌に向いました。

 

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◆2010年5月30日(日)   北海道・帯広市で演説会(30日、帯広市)
 日本共産党十勝地区委員会は5月30日、北海道帯広市で演説会を開き、大門みきし議員、穀田恵二国会対策委員長、はたやま和也選挙区候補が参院選での日本共産党の躍進を訴えました。大門議員は、「労働者のたたかいと日本共産党の論戦が結びつけば、政治を前へ動かすことができる」と述べ、「正社員があたり前の社会にしよう」と訴えました。
 演説会終了後、業者婦人から、所得税法56条廃止の要望を受けました。
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◆2010年5月29日(土)   「安心・安全なまちづくり懇談会」で報告(29日、仙台市)
 5月29日、仙台市太白区で「元気で住みよい安心・安全なまちづくりをめざす懇談会」(仮称)が開催され、大門みきし議員が出席し国会報告を行いました。共産党からは、横田有史県議、嵯峨さだ子市議、ふなやま由美市議が参加しました。町内会長、地域老人クラブ役員など多数が参加しました。
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◆2010年5月29日(土)   宮城県大演説会、青年の集いで共産党を語る(29日、仙台市)
 5月最後の土曜日29日、大門みきし議員は、仙台市内で日本共産党の志位和夫委員長を迎えての演説会と演説会終了後に同会場内で開かれた「青年の集い」に参加しました。大門議員は演説会で、普天間基地の辺野古「移設」、日米FTA(自由貿易協定)推進をとる鳩山政権に国民の大きな怒りが渦巻いていると述べ、「アメリカと大企業にはっきりモノを言える共産党を伸ばしてこそ、ルールある経済社会がつくれる」と訴えました。「青年の集い」では、郵政労働者からの質問に応えるなど、この間日本共産党と大門議員が取り組んできた雇用問題などが話し合われました。
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◆2010年5月28日(金)   ワーキングプアをなくしルールある経済社会をつくるー実績語り訴え(28日、福島市)
 5月28日、市田書記局長を迎えての演説会が福島市で開催されました。大門みきし議員は、アメリカ言いなり・大企業中心の「二つの異常」から抜け出せない民主党政権に国民の怒りが渦巻いていると述べ、「ワーキングプアをなくしルールある経済社会をつくることが最大の景気対策だ」と訴えました。いわぶち友・参院福島選挙区候補も訴えました。
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◆2010年5月27日(木)   深谷市で日本共産党演説会開かれる(27日、埼玉県深谷市)
 深谷市で5月27日、大門みきし議員をむかえて日本共産党演説会が開かれました。大門議員は、アメリカや財界にものが言えない民主党政権の国民不在の政治を批判、来るべき参院選で国民の願いを実現する政治を実現するために日本共産党と大門みきし再選を訴えました。
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◆2010年5月26日(水)   東部北地域建設労働者後援会の演説会で演説(26日、埼玉県幸手市)
 日本共産党・東部北地域建設労働者後援会(埼玉県)は5月26日、幸手市内で大門みきし議員をむかえて参院選勝利大演説会を開きました。大門議員は国会報告をし、民主党政権の公約違反や日本共産党の参院選勝利めざすたたかいについて話し、参院選で総決起して共産党を勝利させようと訴えました。
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◆2010年5月26日(水)   群馬県民医連の国会要請体験行動で国会報告(26日、国会内)
 大門みきし議員は5月26日、群馬民医連の「2010年度新入職員国会要請体験行動」で国会報告を行いました。同行動では、後期高齢者医療制度の即時廃止を群馬関係国会議員に要請をおこないました。
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◆2010年5月24日(月)   わが母の教え給いし歌
 5月23日に開催された札幌市南区での演説会の時、ある女性が「赤旗に載った大門さんの母の日のエッセイを、みんなにコピーして配っているのよ」と言ってくださいました。
 ドヴォルザークの名曲に「わが母の教え給いし歌」があります。ジプシー歌曲の旋律を基調にした、どこか悲しくて、美しい曲です。この曲には、ボヘミアの詩人アドルフ・ヘオドゥークの詩をドヴォルザークがドイツ語に訳した歌詞がついています。 日本語では…(堀内敬三作詞)
 母が私にこの歌を教えてくれた 昔の日 母は涙を浮かべていた今は私がこの歌を 子供に教えるときとなり 教える私の目から涙があふれ落ちる
 この曲を聞くたび、母のことを思い浮かべていました。
 母のことを人に語ることはあまりなかったのですが、しんぶん赤旗の要請で初めて書いたのが、「母の日特集―参院選候補・母を語る」でした。



「弱い人の味方やね」(しんぶん赤旗・5月8日付より)

 母は女手ひとつで、四人の男の子を育てあげました。昼間は京都西九条のスーパーでパート、夜は先斗町(ぽんとちょう)の料亭で仲居として働きました。母が帰ってくるのは、いつも私が眠ってからでした。

 小学三年生の頃でしょうか。末っ子で甘えん坊の私は、母に会いたくて、夕暮れ時の鴨川ぞいを一時間ほど歩いて、母の働いている料亭の前まで行きました。私を見つけると母は表に出てきて、「よく来たね」と笑って頭をなで、「早くお帰り」と電車賃を握らせました。私が「一緒に帰ろう」というと、つよく抱きしめてくれました。そんなことが何度かありましたが、母は一度も私を叱りませんでした。

 母のおかげで息子たちは大学に入り、社会人になりました。あるとき母は、大企業に就職した兄たちより、共産党の活動をしている私のことをほめてくれました。赤旗日曜版を見ながら、「みきしは弱い人の味方やね」といいました。

 これから楽をさせてあげようと思った矢先に、母は六五歳で亡くなりました。子供のためだけに生きた人生でした。

 自分がなぜ共産党に入ったのかを思うとき、身を削って働いた母の姿が浮かびます。社会が、政治が、母のような女性をもっと助けてあげてほしかった。そういう政治にしなければと思いました。

 今でも夕暮れの街を歩いていると、ふと母と会うためどこかに向かっているような気がすることがあります。今度は私がつよく抱きしめてあげようと思いながら。


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◆2010年5月24日(月)   働く貧困なくせー共産党の実績示し訴える(24日、福島県白河市)
 福島県白河市内で5月24日、大門みきし参院議員をむかえて日本共産党演説会が開かれました。参院選公示まで1ヶ月という時期で、大門議員、いわぶち友参院選挙区候補の訴えに、大きな拍手が送られました。大門議員は、、日本共産党が主張するルールある経済社会に言及し、「日本の景気対策の第一は、ワーキングプアをなくすこと」と述べ、NTT労働者のたたかい、日本郵政の10万人正職員化答弁を引き出したことを報告すると、大きな拍手につつまれました。
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◆2010年5月23日(日)   終日道内4カ所で共産党の躍進を訴える(23日、札幌市、北広島市)
 大門みきし議員は5月23日(日)、札幌市内3カ所(南区、清田区、豊平区)、北広島市の計4カ所での日本共産党演説会で演説を行いました。南区の演説会場では、入党した青年を激励しました。
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◆2010年5月22日(土)   政治を前に進める共産党の躍進を訴える(22日、秋田市)
 日本共産党秋田県委員会は5月22日、秋田市文化会館に穀田恵二国会対策委員長、大門みきし参院議員をむかえて演説会を開きました。ふじた和久参院選挙区候補が決意表明し、地方選挙をたたかう候補者が紹介されました。
 大門議員は、派遣社員化に反対したNTT北海道の労働者のたたかいや国会での日本郵政の非正規10万人正社員化を紹介し、「国民のたたかいと日本共産党の論戦が政治を前に動かした。参院選で日本共産党を大きく伸ばして国民が主人公の政治を実現しよう」と訴えました。
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◆2010年5月22日(土)   岩手建設労働組合と懇談(22日、盛岡市)
 5月22日、大門議員は盛岡市内で岩手建設労働組合と懇談しました。せがわ貞清選挙区候補、斉藤信県議も参加しました。
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◆2010年5月21日(金)   「郵政・NTT労働者の集い」に出席(21日、盛岡市)
 5月21日、大門みきし議員をむかえて、盛岡市内で「郵政・NTT労働者の集い」が開かれました。大門議員は、この間の国会での12万人の非正規雇用労働者を正規にした国会論戦や呼応した全国各地での闘いを紹介し、共にたたかいましょうと訴えました。
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◆2010年5月20日(木)   参院選、市議選での勝利を訴える(20日、福島県二本松市)
 福島県二本松市で5月20日、大門みきし参議院議員をむかえて、参院選・市議選勝利(現職三人)を呼びかける日本共産党演説会が開かれ約200人が参加しました。大門議員は、沖縄普天間基地問題などに言及し、アメリカにも大企業にもはっきりものが言える日本共産等が増えないと政治は良くならないと、日本共産党の躍進を訴えました。市議選の斉藤広二、たいら敏子、かんの明各候補がそれぞれ実績を述べ、必ず市議選で勝利する決意を表明しました。
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◆2010年5月19日(水)   貧困をなくすことこそー党埼玉県委主催の経済懇談会に出席(19日、さいたま市)
 日本共産党埼玉県委員会は5月19日経済懇談会を開催し、県内各地から約三百人が参加しました。大門議員は日本経済の直面する問題点と日本共産党の経済危機打開の展望について報告しました。紙智子参院議員は農業政策、塩川鉄也衆院議員は中小企業政策について報告しました。会場からも発言がありました。司会は伊藤岳・埼玉選挙区候補が行いました。
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◆2010年5月18日(火)   司法修習生にたいする給費制度の存続を
 司法試験の合格者は、法律家(裁判官、検察官、弁護士)として働き始める前に、司法修習生として、1年間の司法修習を受けなければなりません。
 司法修習生には、修習に専念する義務があり、アルバイトは禁止されています。そのため、今までは司法修習生全員にたいし、給費制というかたちで給与が支払われてきました。
 ところが今年の11月から給費制は廃止され、必要な者に対し生活資金を貸し付ける制度=貸与制に切り替わります。現状では過半数の司法修習生が法律家になるために、法科大学院時代から借金、債務を抱えています。貸与制になると、司法修習生はさらに多くの債務を抱えることになります。
 法律家になりたくても、経済的事情から断念してしまう人が増えてしまうのではないか。このことは優秀で多様な人材を確保し、国民の要請に応えるうえでも重大な問題だと思っています。
 この問題に関しては、私自身、2004年12月1日の参院法務委員会で質問をしました。以下はそのときの議事録の要約です。

○大門実紀史君 大門でございます。
 司法というのは国の骨格を形作るものであって、その司法に携わろうとする司法修習生というのは国民的に言えば、何といいますか、国の宝みたいな、かなりそういう貴重な重要な存在だと私は思うわけです。
 今日、議論をお聞きしておりますと、先ほども財政の効率性だとか費用の問題、とにかく財政上の問題がいろいろ言われておりますけれども、本当は法務省としては、そういう制約がなければ、本来この司法修習生に対してもっと手厚くしてあげたいというのが本当の法務省の本音ではないかというふうに思っているところですが、この点を大臣はどのようにお考えですか。
 ○国務大臣(南野知惠子君) 法曹に関連いたしまして、法曹を質、量ともに充実させるため司法修習生の大幅な増加が求められております。もう先生御存じだと思います。また、このたびの司法制度改革を実現していくに当たりましては、国民の負担を伴うことにつきましてその理解を求めていく必要があろうかというふうに思っております。
 このような状況にかんがみますと、今後も更に国民の負担を増やして給費制を維持するということについて国民の理解を得ることは困難ではないかというふうに考えられております。そこで、司法修習生が修習に専念できる環境を確保しながら給費制を貸与制に切り替える必要があると、これもやはり国の関与でございます。
 このたびの貸与制への移行は、単に財政事情が厳しいからというようなことではなく、国民のための司法制度改革全体を実現するため財政資金をより効率的に行っていこうとするものでございます。今までの給費制もこれも正しかった、そして、今改革していこうというこの道筋も私は正しいものであろうというふうに思っております。
 ○大門実紀史君 私、お聞きしたのは大臣のお気持ちの部分ですので、それを後ろからペーパーじゃなくて是非答えていただきたかったと思うんですけれども。
 要するに、今も出ましたけれども、財政的な問題が何だかんだ言っても最大の理由として、効率化という言い方、いろいろありますね、合理化とか。いずれにしても財政問題でございます。それを理由にして給費を貸与にすると、私は、ただそんな程度の話だったのかと、この給費制度そのものがですね、非常に、そんな話だったのかというふうな疑問を、素朴な疑問を感じます。
 戦前から、司法試験合格者のうち裁判官、検察官になる方は有給でやってきたと、それで弁護士になる方は弁護士試補ということで戦前は無給だったわけですね。それが、戦後、司法試験合格した者すべて司法修習生にして有給にするという改革が行われたわけです。
 ならば、お聞きしたいと思いますけれども、戦前、まず、司法官試補、つまり裁判官、検察官になる者を有給にした理由は何なのか、戦後の改正で弁護士さんも有給にした理由は何なのか、お答えいただけますか。
 ○政府参考人(山崎潮君) まず、戦前の制度でございますけれども、この制度については余り記録がはっきり残っていないので断言はできませんけれども、いろんな資料から分かる範囲でお答えを申し上げます。
 まず、そのすべての司法官試補、これに給与が支給されていたのかどうかという点も、支給されていなかったというふうに発言されている方も、そういう方もいたという発言もございまして、ここも余り定かではございません。それからまた、支給されていた理由についてもなかなかこれはっきりしたものはございません。
 ただ、その司法官試補は、官選弁護人、今の国選弁護人と同じでございますけれども、それとして刑事弁護を行うなど、現在の司法修習生とは権限がどうも異なっていたという点が一つございます。それから、当時は、裁判官やあるいは検察官、こういうふうになる者に対しては国から給与を支給するということは当然だと考えられていたと、そういうような発言をされている方もおられるわけでございまして、そういうことでこのような制度が設けられていたというふうに理解をしております。
 それから、戦後ですが、これが理念が変わったという点につきまして、これも国会の議事録、余りはっきり言っているものがないわけでございますけれども、基本的には、その給費制は法曹の職務の重要性にかんがみまして、司法修習生が生活の基盤を確保して修習に専念することができるようにして、その修習の実効性を確保するための一つの方策として採用されたというふうに理解をしております。
 ただいま御指摘の、非常に公的な仕事をこれからやっていくじゃないかという点についてはそのとおりでございまして、したがいまして、国庫で修習を行うと、この理念は非常に大切であるということでずっとこれは守っていきたいということでございますし、今後もそういう点は続けていきたい。ただ、給与を支給するか貸与にするかというのはまた別の配慮で行っていくと、こういうことでございます。
 ○大門実紀史君 私は、給費と貸与で大きな違いがあると思っておりますんでここのところにこだわるわけですけれども、要するに、修習に専念してもらうと、その義務を課すということだけだったらば戦後間もなくだって貸与にすることもあり得たんじゃないでしょうか、そのときにね。なぜ、そのときに給費にしたかと、貸与でなく給費にしたのかということが聞きたいわけです、お分かりでしたら。
 ○政府参考人(山崎潮君) これも資料がなかなかなくて、若干推測にわたるところあるかもしれませんが、お許しをいただきたいと思いますが。
 まず、戦前から戦後の初めのころ、法律家が非常に少なかったと思います、全国的にですね。やはり、国策として法律家を育てていくと、こういう政策があったんだろうと思います。当時は、司法試験の合格者、第一回目辺り二百数十人でございまして、しばらくは三百人台というような時代が続いたわけでございまして、そのぐらいの人数でやっぱり国策として法律家を育てるということに理解があったと、こういうことであるというふうに思っているわけでございます。
 今後は、これが三千人時代になっていくわけでございますし、法律家が現在足りないといいながら、戦後のときの足りなさよりははるかに多くなってきているということで、十分に育ってきているだろうと。それから、このように給与を支給している例というのがほとんどないと、こういうことで国民の理解が得られるかどうかと、こういう点で事情が変わったと、こういうことでございます。
 ○大門実紀史君 ただ、それは山崎さんの、この資料がないわけですからね、そのときなぜそうしたかという資料がないわけだから、今の時点で、かつ山崎さんの御意見としか聞こえないんでね。
 私は、財政支出上の問題で、財政上の問題でということで今回給費を貸与にするということから考えますとね、財政というのは今確かに厳しいですね、国の財政、厳しいと。だから、厳しいから給費にするか、貸与にすると、こういう問題ではなくって、戦後で間もなくだって財政厳しかったわけですよね。それでも給費にしたと。それは国策だと、何らかの国策があったと思いますけれどもね。それは今だって私は通じるものがあって、もう少し給費にした意味は重いものがあったんではないかというふうに、例えば財政に余裕があったからやってきたと、今余裕がないから貸与にするというのはこれ変な話だと思うんですよ。国の財政というのは、余裕があろうが厳しかろうが、厳格な支出を求められるわけですからね。最初から、そんなこと今更、今ごろ言うんだったら、最初から貸与にすればよかったじゃないかというふうに言われてしまうような事柄だというふうに私は思います。
 ですから、私は何人かにお聞きすると、もう少し、何といいますかね、この司法修習生に対する位置付けがきちっとして給費にしたというようなことを書かれている方がいらっしゃいます。その当時のことを知っていらっしゃる方ですね。つまり、司法に携わる者、その卵に対する、何といいますか、もっと金で考えるような話じゃなくって、もっと厳粛な、もう少し崇高な位置付けがあったんではないかと。だから、国民の皆さんも、何といいますかね、それに対して、そういう若者たちに対して、ある意味では敬意を抱いたり期待をされますからね、それを理解してけちを付けるということもなかったんではないかと。
 今だって、国民の多数は私はそう思っていらっしゃるというふうに思います。国民の理解が得られないとかおっしゃいますけれどもね、だれがそんなことを一体言っているのかと。そんなアンケートでも取ったんですか、取られていないですよね。これはもうレクでお聞きしましたから、時間の関係で聞きませんけれども。
 私、要するにこんなことを一々けち付けているのは財務省じゃないかと、非常に強く、私、ふだん財政金融委員会おりますんでね、感じるんです。
 もう一つは、今回非常に初めて、初めてじゃないかと思うんですけれどもね、財務省の財政審建議で、受益と負担の観点からと、受益者論というのが初めてこの司法修習生の話に持ち込まれております。私はこういう問題を受益者論で考えるべきではないというふうに思いますが、法務省、いかがお考えですか。
 ○政府参考人(山崎潮君) ただいま御指摘のように、財政制度等審議会ではそのような御意見があったということはそのとおりでございます。私どもも、こういう御意見は一つの意見ということでありまして、これがすべてを決めたわけではございません。
 先ほど、統計とかみんな意見聴いたのかということでございますが、この前身に司法制度改革審議会というのがございまして、その中でもかなり議論がされまして、法曹の方は給費制を維持すべきだという意見が強かったと思いますけれども、それ以外の方については、やっぱりもう例外はなくすべきだという意見がかなりあったと。
 それから、私ども検討会でも、これ、もう二年間にわたって十分議論したんですけれども、最終的には、一人の反対を除いて全員が給費制をやめるべきだと、こういう御意見で、特に、法律家以外の方の強い御意見もございまして、やはりこれは国民の声を反映しているんではないかというふうに思います。
 ○大門実紀史君 負担論。受益者負担論、お聞きしたんですが。
 ○政府参考人(山崎潮君) 受益者負担論というのは、それはやはり、その受益者だから、当然そういうものを負うべきだろうとかですね、それからこういうものを支払うべきだというような、その受益者というような、そういう観点ではないだろうというふうに私は考えております。
 ○大門実紀史君 私もそう思うんです。だったらば、何でそういう声に抵抗されて給費制度守らないのかと。だって、この貸与制度という制度そのものは受益者論ですよ。貸与制度というのは受益者論なんですよ。この制度、皆さんが提案されているのは、そのものが受益者論に成り立っているから貸与制度を提案されておるわけですよね。だから、私、こういう問題を金目のことだけでどうこう言うような、何といいますかね、貧すれば鈍するといいますかね、非常に低レベルのことで議論されているというふうに思います。
 私は、この司法修習生を給費にしてきた意義、効果というのは、いろいろお聞きしますと実態的には二つあると思うんです。
 一つは、日弁連の言葉をおかりいたしますと、公的使命を自覚をしてもらう、あるいは醸成してもらうと、司法修習生の間にですね。もうちょっと平たく言いますと、国民の税金で、かつてなら二年間ですね、司法修習生の時代に、国民の税金で御飯を食べると、その間に何考えるだろうと、これから法律家になる人がですね。やっぱりそれは先ほど言いました、多分戦後の位置付け、そういうことがあったと思うんですけれども。
 あなたたちは公的な、弁護士になろうが裁判官になろうが検察官になろうが公的な、社会の公的な使命があるんだよと。だから、国民の皆さん苦しい中で、皆さんを司法修習で勉強させるために、専念させるためにお金を出しているんだよと。この、もう最初の段階でのインプットをするという大変大きな効果があったと。日弁連なんかが公的使命の醸成とおっしゃっていますけれどもね。もちろん、後で踏み外す人もいるかも分かりませんけれども、最初の大事な時期に、大事な二年間なりに、そのときにインプットすると。政治ができるのはそこまでですよね。後その人の人生、責任持てませんから。若いときにそういうことをやるというのは非常に重要な効果、意義があったと思います。
 二つ目は、よく言われています、貧富の差を持ち込まないと。貧しい、生活が裕福じゃなくてもちゃんと司法資格取れるようにと、これ保障するためと。二つありますけれどもね、あったと思いますけれども。
 私は、重要なのは、今回の改正で何が重要かといいますと、受益者負担論という、これはもう何といいますかね、こんな考え方をこういう制度に持ち込んでいいのかというふうに思いますよ。
 もう、この非常に卑近な理屈なんですよ。金貸して、受益者論だから、金貸してやるから後で返せと。こんなことは戦後、これ何十年続いた制度ですか、この給費制、給費制度。何十年の中で、法務省の皆さんの先輩方が、これ非常に思い入れを持って給費制度を作られたのに、こんな卑近な、こんなつまらない低次元の理屈で、しかも予算的には何年か先に三十四億増えるだけでしょう。国全体の予算からしたらわずかじゃないですか。それを節約する、それを合理化するために、それだけのためにこんな理屈で、はいはいと言ってこの貸与制度に変える、そういう提案をされていることそのものが私非常に問題だと思いますし、これはどんな影響を与えるかといいますと、司法修習生に、これは目に見えぬ影響を与えます。
 給費だったらば、さっき言った原点に戻って、この制度を作った原点から始まっている、あなたは社会のために働くんだということをインプットされると思います。
 ところが、貸与ですよと、受益者なんですよとあなたは、利益を得る、生む、得るんですよと、法曹になったらですね、資格を得たらと、これをインプットしてしまうわけですね。
 これ大きなことだと思いますよ。この司法修習制度という、修習という中身に与える影響としてはですね、これはどう目に見えて現れてくるかはこれから分かりませんけれどもね。こういう国の位置付けを、大きな位置付けを今回大幅に、大幅に変えられたのが今回の改正だというふうに思いますけれども、その辺の認識はいかがですか。
 ○政府参考人(山崎潮君) 確かに、御指摘のとおり、国の人材を育てていくと、大変な重要なことでございます。したがいまして、国庫でですよ、国庫で教育をしていくと、これでも何十億掛かっているわけでございますので、そういう点ではそこの認識はきっちり持っているはずでございます。それについては、だから受益者負担とは言っていないわけでございます。正に国がやっているわけでございます。
 ただ、その給与を払うか払わないかについては、現在、司法界では皆大事だというふうに言うかもしれませんけれども、それ以外の方の賛同がなかなかもう得られない時代になっているということでございまして、それを反映してやむなくこういう制度にするということでございますので、そこは御理解を賜りたいと思います。
 ○大門実紀史君 ですから、私は、国民の皆さんからそんな声出ているんですか。司法修習生、貸与にしろなんて、出ていないでしょう。だから、賛同得られないのは財務省だけでね。だれも言っていないじゃないですか。国民の皆さん、司法修習生、給費でけしからぬなんて声出ていないですよ。その審議委員の人たちは何を聞いてこられてそんなこと言われたか知りませんけれども。
 もう一つは、法曹資格に貧富の差を持ち込まないという点でいきますと、これ実態的にいきますと、簡単に言いますと、法科大学院で奨学金制度、最高七百二十万もし借ります、司法修習生で貸与、最高三百万借ります。弁護士になって、若いうちから払わなきゃいけないのは、毎月六万円です。若いうちの、若いころの弁護士さんの給料というのは五百万から六百万ぐらいですよね。私は、これ返せないとは言いません、返せるでしょう。だけど、どんなインセンティブが働くんですか、その弁護士さんに。やっぱり、一定稼がなきゃいけないと。世のため人のために働けば働くほど、貧しい人のために働けば働くほど、弁護士さんの収入というのは減るんです。だから、余計なインセンティブが働くというふうに申し上げたいと思います。
 時間が来ましたので、申し上げたいことは、こんな大事な問題を、今、新自由主義的といいますか、何でも受益者負担だとか財政効率性だとか、そんなことがまかり通り過ぎちゃって、国が守るべきものとか譲ってはいけない一線までどんどん崩されていると私は思うんです。それがこの一つだということを指摘して、質問を終わります。

 ○委員長(渡辺孝男君) これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。
 ○大門実紀史君 日本共産党を代表して、反対の討論を行います。
 反対理由は今申し上げた質疑の中で明らかにいたしましたので、簡潔に整理して申し上げるだけにします。
 反対理由の第一は、給費制度とは法曹養成の根幹を成すものであり、財政上の理由などで廃止するものではないということでございます。
 貸与制にすることは、法曹になることを受益者とみなす受益者負担論を取ることであります。弁護士、裁判官、検察官、いずれにしても、法曹とは個人の利益のみを追求する職業ではないはずです。法曹養成に関する国の負担は、財政が厳しくなったからやめてしまうといった種類の問題ではございません。
 反対理由の第二は、資質、能力があっても経済的事情かの道を断念する事態が想定されることです。
 国民各階層から多様な人材が法曹となることを可能にしてきた給費制度を廃止し、貸与制にするために、資力に貧しい修習生の勉学・生活環境の悪化を招くことが想定できます。今後の司法を支えるにふさわしい資質、能力を備えた人材が経済的事情から法曹への道を断念する事態も想定され、その弊害は極めて大きいと言えます。修正して実施を先延ばししても、法案の本質は変わりません。
 以上の点から、本法案に反対するものであります。
 終わります。
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◆2010年5月18日(火)   司法修習生に対する給費制存続の要請を受ける(国会)
 5月18日、司法修習生から、司法修習生に対する給費制存続の要請を受けました。日本弁護士連合会では同問題を重要事項として同日市民集会をを開催し、この活動の一環として一斉に国会議員要請行動を行いました。
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◆2010年5月17日(月)   志木市(埼玉県)、前橋市(群馬県)の演説会で訴える(17日、18日)
 大門議員は5月17日志木市(埼玉県)、18日前橋市(群馬県)と連続して共産党演説会で、参院選での日本共産党の躍進と大門議員の再選勝利を訴えました。会場では大門議員の最新刊『ルールある経済って、なに?』のサインセールが行われました。
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◆2010年5月15日(土)   道内各地を精力的に党躍進を訴えて回る(室蘭市、登別市)
 5月15日(土)、大門議員ははたやま和也道参院選挙区候補とともに、北海道、室蘭市、登別市での日本共産党演説会で、来るべき参院選での日本共産党の躍進、大門議員の再選必勝を訴えました。
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◆2010年5月12日(水)   国民が主人公の政治実現を―埼玉土建主婦の会国会要請を激励
  埼玉土建主婦の会の「暮らしと政治が密接に関係していることを知り、政局を学び、暮らしを良くするための第一歩となる議員要請」が行われました。大門実紀史議員は、「民主党政府になっても、普天間問題、後期高齢者医療制度の廃止先送りや、くらしを破壊する消費税の増税など、国民の失望と怒りは急速に高まっている。」と国会情勢を報告し、参議院選挙で「アメリカ言いなり、大企業中心の政治を変えるために日本共産党を大きく伸ばしてください」と訴えました。午後に、参加者と国会見学をおこないました。
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◆2010年5月11日(火)   米軍再編交付金その1―民主党の豹変にあぜん
 沖縄普天間基地の移設問題が焦点になるなか、5月10日の参院決算委員会で米軍再編交付金についてとりあげました。まずは以下の記事を。2010年5月11日(火)「しんぶん赤旗」より


基地迫るアメとムチ 米軍再編交付金 野党時の民主は反対
 大門議員批判

 日本共産党の大門みきし議員は10日、参院決算委員会で、自治体に米軍基地や訓練の「移転」を受け入れさせるための「米軍再編交付金」問題を取り上げ、これを見直そうとしない鳩山政権を厳しく批判しました。
 大門氏は、「基地交付金」は基地があることによる環境の悪化や損害への補償という意味があるが、「再編交付金」は「移転」に賛成した自治体だけに交付されると指摘。沖縄県名護市で1月に新基地建設に反対した市長が当選するや「再編交付金」が中止されたことをあげ、「あまりに露骨だ」と指摘しました。
 その上で、民主党も野党時代、「アメとムチで基地負担の受け入れを迫る手法だ」と批判していたではないかと、政府の認識をただしました。
 防衛省の榛葉賀津也副大臣は「当時民主党が(米軍)再編特措法に反対したことは事実だが、抑止力のために米軍再編を進めることは大切だ。協力自治体に対する支援は必要」などと述べ、民主党政権としてそのまま継続する姿勢を示しました。
 菅直人副総理は、「一般論として疑問を呈されることは理解できるが、私のいまの立場でどうと言えるわけではない。防衛省と議論し対応したい」などとしどろもどろになりました。大門氏は、「こんな重要な問題ひとつ直せないなら、また一つ、何のための政権交代かということになる」と強調しました。
 …民主党は2007年には、この米軍再編交付金をふくんだ在日米軍再編特措法案にわが党と共に反対しました。以下は当時の参院外交防衛委員会での民主党議員の反対討論です。
 ○民主党・新緑風会を代表し、在日米軍再編特措法案に反対の立場から討論を行います。
 …次に、平成十九年度予算において、地元への再編交付金五十一億円が確たる積算根拠も示されずに計上され、なし崩し的に物事が進められているのは極めて問題であります。
 交付金というものは、本来基地の存在に対して交付されるべきですが、自治体の受入れ表明を交付の条件とするあめとむちで基地負担の受入れを迫る手法は、国民の税金の使い方として問題があると言わざるを得ません。財政支援を手段として自治体に圧力を掛けるやり方には既に地元から強い反発が出ており、逆効果となっております。自治体や住民の不満に正面から向き合わず、金銭によって懐柔する手法は、問題の根本的な解決にはならないばかりか、地方の主体性を無視するものではないでしょうか。また、実際には工事が進んでいるにもかかわらず、負担受入れを表明しない場合は交付金を出さないことが住民感情を逆なでする可能性も否定できません。
 再編交付金に係る事項は政令委任が多いため、具体的な算定方式の内容、根拠、交付金の総額等について何度も委員会で質問し、資料要求も行いましたが、納得いく回答は得られませんでした。このままでは、国会の関与なくして金を出す権限を全面的に政府に与えてしまうことになり、容認できるものではありません。 以上のように、本法案の問題点はまだまだ山積みしており、到底このまま成立させるわけにはいかないことは明白です。改めて、政府・与党の国会軽視、米国重視の姿勢には問題があることを訴え、反対討論を終わります。

…立派な反対討論をしたものだと思います。
 それが政権についた途端、米軍再編交付金は必要だと180度も変わりました。
 こんなことって政党としてあっていいのかと、唖然として開いた口がふさがりませんでした。
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◆2010年5月11日(火)   米軍再編交付金その2―石川県小松市「収蔵庫」問題
 米軍再編交付金は、10年間で1000億円を交付するというもの。そもそも1000億円の根拠は何もありません。それを、勝手に防衛省が点数をつけて、米軍再編、訓練受け入れの自治体に配分するのです。「先に総額ありきの交付金」ですから、あとは国からお金を取るために、あれこれ名目をつけて自治体が国(防衛省)に事業を申請することになります。とにかく名目は何でも良いから、国からお金を取ろうということになるわけです。
 例えば、石川県・小松市。ここは、真っ先に米軍再編に賛成した自治体です。小松市には、10年間で25億7500万円を交付することになっている。25億7500万円にも確たる根拠があるわけではありません。ここで現在、「小松市立美術館・分館事業」がすすんでいます。美術館の「分館」とは名ばかりで、市が購入したり寄贈された美術品を収蔵する倉庫です。全体の建設費は約1億4,5千万円になるだろうと思われます。1億円以上を国民の税金から出すことになります。
 しかしこの事業は、米軍再編交付金を引っ張り出すには、そもそも無理スジの事業でした。
 
小松市・福祉文教常任委員・協議会の議事録によれば、
・小松市は美術品の収蔵庫をつくるのに、どうしても国からお金を引っ張りたかった。「米軍再編交付金」には、地域の文化・スポーツ事業というのがある。これに当てはめようとした。
・しかし、近畿中部防衛局、防衛省は、美術品の収蔵庫には「米軍再編交付金」は出せないと回答。
・そこで市と近畿中部防衛局が相談の結果、美術館ということにすればいい、そのために、苦肉の策で、収蔵庫に小さな窓のような展示スペースをこしらえ、美術館「分館」ということにした、という経過が記されています。
 収蔵庫でない、分館だと偽装工事し、それで国民の税金を1億円以上も引っ張り出すことに成功したわけです。
 4月に、最初に私のところに説明にきた、防衛省の地方協力局の交付金担当の部員は、市議会の議事録にあるとおり、「『展示スペース』を作ったから、美術館『分館』にしたから、交付金を出した」と説明していましたが、質問の直前になって、違う説明をしてきました。
 「元々、収蔵庫でもよかった、展示スペース、窓なんかつくらなくても交付金は出せた」というのです。
 なぜ急に、態度を変えたのか。私がこの議事録を入手したのを知って、この議事録が公の場に出れば、小松市が「交付金」を引き出すため、窓を作り、収蔵庫でなく美術館分館だと、偽装工事し、それに防衛省も加担したことが、ばれてしまう。そこで「元々、交付金は出せた」(この交付金制度、もともと防衛省が恣意的に判断できるようになっている)と説明を変えたのです。
 「元々、出せた」ということにすれば、交付金を返還させる必要はなくなる。防衛省の責任は問われない。市議会の議論は「彼らの勘違い」にすればいいと考えたのでしょう。防衛省の責任を逃れるために、小松市を裏切ったわけです。防衛省が味方を裏切ってどうするのか。 
 委員会でこのことを暴露すると、榛葉副大臣は最初は官僚の用意した答弁メモばかり答えていましたが、再三の追及に「きちんと調査します」と、答えました。
 榛葉さんとは同じ参議院議員で、考えは違っても、人間的には好感をもっていた方なので、こんなことくらいきちんと防衛省をただしてほしいなと思います。
 ちなみに小松市は、自民党の元総理、森嘉朗さんの「森王国」といわれてきたところ。この「分館」建設工事の請負業者は、森さんに献金している、支援企業です。さらにこの収蔵庫には陶芸家・徳田八十吉さんの作品も収蔵される予定ですが、徳田氏も森さんに個人献金をしています。税金の使われ方として別の角度からも調べる必要があると考えています。

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◆2010年5月11日(火)   労働者派遣法抜本改正を求める請願デモを激励
 5月11日、雨の中、自由法曹団、全労連などの労働者派遣法の抜本改正要求請願デモが行われました。大門議員は、デモの激励に参加しました。
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◆2010年5月9日(日)   日本共産党の躍進を訴える(札幌市)
 大門議員は5月9日、札幌市で中央区での演説会、街頭宣伝を行いました。中央区の演説会では大門議員の新刊本(『ルールある経済って、なに?』)のサインセールも行われました。
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◆2010年5月8日(土)   共産党の躍進で国民の苦難を救おう(宇都宮市)
 日本共産党栃木県委員会は5月8日、穀田恵二国対委員長・衆院議員、大門みきし参院議員を迎えて宇都宮市で演説会を開きました。大門議員は、日本郵政の非正規労働者約六万五千人を正社員化した実績を示し「たたかってこそ未来は開ける。参院選でも勝利しよう」と訴えました。穀田議員は、来るべき参院選の特徴を紹介しながら「党の陣地を大きくし選挙戦を戦い抜こう」と呼びかけました。小池一徳参院選挙区候補は、「福祉に冷たい政治を変える」と訴えました。
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◆2010年5月6日(木)   米軍再編交付金事業で小松市へ現地調査(小松市)
 大門議員は5月6日、米軍再編交付金事業で小松市が建設を進めている「小松市立美術館分館」(仮称)の現地調査を行いました。 橋本よね子党小松市議も同行しました。はじめに近畿中部防衛局の横山公平企画部長、小松市の行政管理部の加賀谷清部長ら関係者から説明を聞き、その後、建設中の「分館」を視察しました。「分館」建設は、@そもそも「小松市立美術館」という名称の美術館は存在しない、A実際は寄贈を受けた美術品等を納める「収蔵庫」であること、B交付金を引き出すため実態と異なる事業名を付けた「苦肉の策」。米軍との共同訓練「貢献度」で交付金が支給される同事業そのものが問われ、その活用実態の一端が明らかになりました。
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◆2010年5月3日(月)   憲法記念日に函館で街頭演説
 3日は奥尻島から函館入り。市内二か所で高橋佳大、丸尾隆子市議と一緒に街頭演説をおこないました。函館は観光客でいっぱい。連休中にもかかわらず地元の支持者党員のみなさんが駆けつけてくれました。憲法9条を守りぬき平和な日本をつくろうと呼びかけるとともに、憲法27条の労働権、25条の生存権をまもる政治への転換を訴えました。
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◆2010年5月2日(日)   奥尻島訪問
 1日の札幌メーデーのあと、はたやま和也北海道参院選挙区予定候補と車で江差町へ。船で奥尻島に渡りました。2日は奥尻島で演説会。国会議員が来る演説会は30年ぶりとのこと。他党の町議さん、議長もふくめ約30人が集まってくださいました。写真は、奥尻でがんばる日本共産党町議の制野
征男さん。30数年前、函館から単身、奥尻に渡り町議に立候補し当選しました。島民の困ったことの相談や島の発展のために尽くして来られた、地元の信頼抜群の議員です。制野さんのご苦労には頭の下がるおもいがしました。制野さんに北海道南西沖地震の津波の被災者を弔う時空翔に案内して頂きました。時空翔の意味は悲しみをこえて未来にむかって頑張ろう、羽ばたこうという意味とのことでした。はたやまさんと二人で手を合わせご冥福をお祈りしました。
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◆2010年5月1日(土)   札幌市のメーデー会場であいさつ、デモ行進(札幌市)
 5月1日札幌市内で開催されたメーデー、大門議員はあいさつし、デモ行進に参加しました。
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