● ● ● ● 大門みきし Daimon Mikishi  ● ● ● ●


■2006年5月9日 行政改革特別委員会(参考人質問)
             『官から民原理主義』の「行革」法案
(午前)
○大門実紀史君 日本共産党の大門でございます。今日はどうもありがとうございます。
 どうも稲継参考人からお聞きすると山家参考人まで行かないみたいなので、私は山家さんの方から、逆の順番でお聞きしたいというふうに思います。
 山家さんは、山家先生は小泉構造改革に大変厳しい批判をずっとされてこられまして、心から尊敬をしているところでございますが、今日は社民党の推薦ということでございますけれども、この行革推進もそうですし、社会保障問題もそうですし、増税問題もそうなんですけれども、私、五年間、小泉内閣の手法、竹中流手法といいますか、見てきまして、結構脅しの論理といいますかね、が使われてきているなと。特に今言った社会保障や増税、あるいはこの行革推進もそうですが、財政が危機なんだと、財政危機だからということで、国民の皆さん、いろんな面で我慢してくれと、公務員の人も我慢してくれと、こういう論理でずっと来ているところがあると思うんですね。
 で、財政がもう大変なのはもうみんな分かっているとおりでございますが、そこまでちょっとまあ、もうみんな我慢させられると、きゅうきゅうになると、私はもう脅しの論理じゃないかなと思っているんですけれども、山家先生は財政の専門家でもありますから、この小泉内閣が使ってきた財政危機論、このキャンペーンといいますか、こういうものについてどう思われているか、まずお聞きしたいと思います。

○参考人(山家悠紀夫君) 今御質問のありましたとおり、財政危機については私はかねてから誇大宣伝だと、確かに危機だけれども、そうまで言わなくてもいいだろうという感じで見ております。
 予算に関する財務省の資料などを見ますと、国債残高が五百何十兆になったと、こういうふうに上がってきたと、これは一世帯当たり幾らだと、一人平均で幾らで一世帯当たり幾らというような例え話が作られています。
 それはそのとおりなんですけれども、ただ財政の実態を見ますと、日本の政府部門全体の借金と日本政府部門全体の資産とを比較してみますと、二〇〇四年末の数字が四月の終わりに発表されましたけれども、日本政府はまだ資産超過なんですね、五十兆ぐらい。金融資産とかあるいは固定資産、土地等々を足し合わせた総資産、これ九百三十兆ぐらいだったと思います。それから、国と自治体、借金総額が八百何十兆、差引き五十兆ぐらいの余裕がまだ日本の政府にはあると。
 ですから、国民一人当たりの借金が幾ら幾らと言うからには、国民一人当たりの資産も幾ら幾ら、差引き幾ら資産がまだ余っていますと、そういうふうに言うべきではないかと思います。そういう意味で非常に誇大宣伝。
 そして、借金の残高を一生懸命宣伝しているんですが、政府の具体的な施策を見ますと、これにはとても手を付けられないと。取りあえずは基礎的財政収支の均衡ですから、この目標を達成したとしても、まだ借金残高は増え続けることになります。国債発行額を国債費、過去の国債の償還と金利負担分に抑えるということですから、金利負担分だけは国債残高が増えていく、そういう政策しか取らざる、取れないというか、あるいはそういう政策を取って大丈夫だと思っていらっしゃる。ということは、借金残高自体は、取りあえず減らす目的も目標も政府は全然掲げていらっしゃらないので、国民に宣伝される財政危機と具体的な政策は明らかに違っている。どう見ても誇大宣伝、脅しの論理。だから、それによってあれもやらなきゃ、これも切り詰めなきゃいけない、あれも切り詰めなきゃいけないという格好で法案を通りやすくするというのは大変問題の政策ではないかと思っています。
 そして、今日たまたま関連しましたので御紹介しましたけれども、国際競争力という考え方もそうでありまして、国際競争力が大変だから何とかしなきゃいけないと言うけれども、国際競争力が大変だというのは、日本はさっき言いましたように一番世界で強いわけですから、日本が大変であったらほかの国はもう大変な国が百幾つかあるわけで、日本が頑張ればほかの国はもっと頑張らなきゃいけないという、何か貧しさの競争みたいになっていくということで、おっしゃったとおり、こういう危機宣伝というのは十分慎重に政府にやってもらいたいし、国民の方でもきちんとその実質というか、それを受け止めて考えなきゃいけないというふうに思っております。

○大門実紀史君 どうもありがとうございます。
 田中参考人にお聞きいたします。
 公益法人について大変的確な御指摘をいただきまして、委員会の質疑でも田中参考人の御指摘の点そのまま質問にしたいぐらいいろいろ示唆に富む、私は今ちょうど田中参考人の論文を読ましていただいているところなんで、それも含めて、ですから個々の点でお聞きしたいことは一杯あるんですけれども、せっかくの機会ですから。
 私はふだん財政金融委員会というところにおりまして、このNPOとか公益法人といいますと、税制の問題でかかわったことはございますけれども、ですから余りそのものについてふだん詳しいわけではないんですが、若干この間気になるなと思うNPO、公益法人の議論がありまして、というか、私が危惧しているだけかも分かりませんけれども、よくアメリカと日本のNPOについて比較がされます。公益法人もそうですけれども。
 アメリカは非常にNPO活動盛んなところですが、ただ歴史が違って、アメリカは元々小さな小さな政府でございますし、コミュニティーはその分発達している、あるいはマイノリティーの問題がある、あるいは寄附とか慈善活動が非常に評価される社会とか、そういう何といいますか、やむにやまれぬところから生まれてきたのがアメリカのNPOの世界だというふうに、私一度アメリカで、行ってそういう話も聞いたことがございますが、理解しているんですが。
 日本のNPO、公益法人、NPOの方ですけれども、どうもこれから小さな政府にしていくと、そうすると皆さんにやってもらうしかないと。何か上から、お上から言っているようなところがあって、本当の市民社会の成熟としてのNPOとか、あるいは公益法人がこれからどうなるかとか、そういうものではなくて、そのために、最初は税制の問題で渋っていたのを、じゃちょっといろいろやってあげようかとか、何か組立てが随分違うような気がしておりまして、そういうものにNPOとか公益法人が、これから小さな政府をつくるんだと、もう国はやらないんだと、みんなでやれという中で押し付けで、お仕着せでそういうふうにやられると、そもそもそういう活動の、本来はやっぱり日本でもあるべき地域社会、市民社会の成熟したもの、その中からニーズとして出てくる、自発的に出てくるものだと思うんですけれども、ちょっとこの間議論が、代わりにやらせようというふうなことに傾いているんじゃないかというのを感じたりするんですけれども、田中参考人の御意見を聞きたいと思います。

○参考人(田中弥生君) 非常に示唆に富む、逆に私の方が考えさせられる質問をいただいたと思います。
 それで、ただ若干危惧しますのは、NPOの話と公益法人の話をここで一緒にしていいのかということについては少しちゅうちょいたします。それを少し念頭に置いて、私の全くの個人の意見を申し上げれば、おっしゃるとおりのところが実は私も一番心配しております。つまり、先ほど地域を担うのはNPOではないかという二之湯議員の御説明がありましたけれども、宿題があるというふうに申し上げたのはその点でありまして、やっぱりその資金、元々非営利法人というのは資本を持たない法人であります。ですから、それ自体、実は非常にやりくりの難しい、経営の難しい法人なんですが、どうしてもそうなりますと補助金やその委託金に手を出したくなる、非常に魅力的に映ります。なぜかというと、精算型になっていますので。
 そういう意味で、実はその公益法人のみならず、NPO法人の方も業務委託、行政からの委託というものに傾斜する傾向というのは見られるのではないかと思います。これはおっしゃるとおり、私は余り過度にそこに依存をしてしまうと、公益法人が、先ほどゆがみの部分と申し上げましたが、いつか来た道をたどってしまう危険性が大いにあると思います。そういう意味で、今この制度を整えようとしておりますが、同時に非営利法人側を自ら律するその方向性というものをやはり議論していかなければいけないと思っております。

○大門実紀史君 ありがとうございました。
 次に、加藤参考人にお聞きいたします。先ほどニュー・パブリック・マネジメントの話が少しございましたけれども、日本ではこのNPMですね、ニュー・パブリック・マネジメントという考え方がまだ浸透まで行っていないと思いますが、一般化しているといいますか、そういうことでやろうというふうな方向になっていると思います。中身は何といいますか、業績・成果主義といいますか、という柱と、もう一つはやっぱり市場メカニズムを入れていくということだと思うんですけれども、この一口にNPMといっても随分、外国ではもう既に行われていますが、随分方向が違う部分がありまして、アングロサクソン型といいますか、もう日本は最近何でもアングロサクソン型のまねをしているんですけれども、イギリスとかニュージーランドとかアメリカとか、そういうアングロサクソン型のNPM、ニュー・パブリック・マネジメントと、北欧型といいますかヨーロッパの大陸型といいますか、のニュー・パブリック・マネジメントは若干違いがあるようでございます。
 何が違うかというと、明確に分けるのは難しいところありますが、少なくとも市場メカニズムを入れていくことに対するちゅうちょといいますか、その分もっと人間を大事にしようというのが北欧型といいますか大陸型というふうに、そういう傾向として分類されるところがあります。
 私は心配するのは、日本は何にも考えてないんですね。すべてそうなんですけれども、何でも新自由主義、何でもアングロサクソンと。私はもうどうなっているのかと思いますけれども、とにかく同じニュー・パブリック・マネジメントという手法を全部は否定しません、幾つかはやっぱり効率化の面で住民のためにも重要な部分はありますが、そのヨーロッパ、北欧型とアングロサクソンでも、そんなにみんな思想を持って国の歴史を踏まえて違いがあるのに、日本は何も考えず手法だけで考えていて、しかもアングロサクソン型の一辺倒と。私はその辺に非常に危惧を感じるわけですけれども、加藤参考人のお考えをお聞きしたいと思います。

○参考人(加藤秀樹君) 今の委員の御指摘、私は全く同感であります。
 かねがね、私はやはり私自身、日本が大好きですし、そのために「構想日本」なんて変な名前まで付けておりますし、やはり国の仕組みというのは、よその仕組みを持ってきても体に合わないものは合わないわけですね。ですから、そこはよく考えないといけない。であるからこそ、この事業仕分というのはこれ作業なんですね。これは多分、与党が今主導でやっていただいているわけですけれども、国会で私は共産党も含めてすべての議員に御賛同していただけるんじゃないかな、正に国民とか住民の目で見て、これ要るのかな、要らないのかなということをオープンに議論しようということですから、これは何型でもない、正に国民型だと、こう考えていただきたいなと思っております。
 それから、ニュー・パブリック・マネジメントというのもいろいろあると思います。ですから、私は使えるものは使えばいいと思いますけれども、やはり最初に申し上げましたけれども、まあ先ほど委員のお話の中にありました日本に合うか合わないかというのもありますし、それから、成果とかあるいはマーケットで決められないものを元々行政がやってきたわけですから、ですから、それをすべてゆだねるというわけではないと。ただ、やはり従来、余りにも霞が関という言葉で代表されるような官の世界の中の考え方だけでやってきたものですから、何遍も同じことを申し上げて恐縮ですけれども、これは年に一遍の大掃除、六十年に一遍の大掃除であって、先ほども申し上げました、ある県の担当者の、ポニーに乗せる、漢字だけで考えることに頭はなってしまっているわけですね。ですから、そういう意味での私は、公務員制度の改革というよりも、むしろ公務員の頭の中の洗濯の方がそういう意味で大事ですし、そういう意味でもこれは効果があるんじゃないかなと、こんなふうに考えております。

○大門実紀史君 ありがとうございました。
 じゃ、稲継参考人にお聞きいたします。
 私は、何でもかんでも官でやるべきだとか、また逆に何でも民間がやればいいというふうにも思いませんし、公務員が多ければいいということも思いません。効率化は重要だと思います。ただ心配なのは、この間の国会の議論も、マスコミも学者の皆さんもそうなんですけれども、何かみんなが官から民がいいと。みんな一つの方向に、私これ危険な状況じゃないかと。やっぱりアンチテーゼがあっていいし、本当、細かいなという世界があっていいし、きちっとした冷静な議論なしに、とにかく公務員は少ない方がいいんだと、とにかく官から民がいいんだと、これが非常に、マスコミを含めて、学者の先生方も含めて、山家先生みたいな方いらっしゃいますけれども、一つの方向に行っているのは非常に危険じゃないかなということを思います。
 そういう点で、官から民というのは一体何なのかということをよく見極めなきゃいけないと思って、国会でも審議に入っているところでございますけれども、私、国会で今調べていることでいくと何のことはないと、官から民とかいったって、特定の企業のもうけ話だったりしたりするわけですね、裏を返せば。そんな話は結構転がっているわけですよね。何が官から民だというふうに思ったりもしたりする部分もあります。
 そういう点でいくと、官から民がいいことなのかどうかというのは、公と民との行動原理の違い、論理の違い、こういうものをきちっとまず踏まえないといけないと思います。民間企業が存立するといいますか、存在して活動するのは、もう紛れもなく、当たり前のことですけれども、利益を出さなきゃいけませんから、利益を追求するわけですね。それは公務、パブリックとは行動原理が違います。これをきちっと見極めないで、ただ民がやればいいというふうにやっていったその先に何が起こるのかと。一番悪い例が、全部民になって民が利益追求をひたすらやると、もう耐震偽装だとかライブドアとか、こういう世界になるわけですね。そこのところをよく見極めないといけないと思います。
 それで、今まで官がやっていたものを民にする場合、そのことをちゃんと見極めなきゃいけないと思いますけれども、そういう点で、官から民を冷静に見た場合のメリット、デメリットという点を稲継参考人はどういうふうにとらえていらっしゃいますか。教えてもらいたいと思います。

○参考人(稲継裕昭君) 大変難しい質問を最後にいただいたわけであります。
 行動原理、それぞれ官と民と異なるわけですけれども、官には官の、民には民のそれぞれのメリットがあって、歴史的には官から民へ、あるいは民から官へ動いた時代がございます。二十世紀初頭以降の福祉国家現象の中では、民でやっていたものをどんどん官に吸い上げてきた時期が、これ一九四〇年代、五〇年代ございました。一九七〇年代の終わりに、サッチャー、レーガン以降ですけれども、今度は官から民にという歴史の振り子が逆に動いているわけです。二百年、三百年単位で見ますと、これは行ったり来たりしているという状況で、今は官から民へという流れの段階だと思います。
 ただ、官から民、民だけにメリットがあるわけではなくって、官でなくてはできない仕事もたくさんございます。それがめり張りを付けて是非必要だと申し上げた安全、安心にかかわる分野、例えば耐震偽装の建築確認申請をするようなところはやはり官に残しておくべき部分であったかと思います。逆に、多くの自治体で既に民間に委託しているような業務を官で全部抱えているような、直営でやっているようなものもたくさんあります。全国で集めるとこれ数十万人単位の規模になるわけですけれども、そういうところは、既に民でできているところはどんどん民に任していけばいいと思います。逆に、どうしても官でなければならないところをきっちりとこれは守っていく必要があるというふうに思います。

○大門実紀史君 以上でお聞きしたいことは終わりましたんで、終わります。
 ありがとうございました。

(午後)

○大門実紀史君 今日はお忙しい中、ありがとうございます。
 また駒場参考人の方からお聞きしていきたいというふうに思いますけれども、今公務員攻撃というのが、すさまじいバッシングといいますか、国会議員もバッシング受けておりますけれども、今はもう公務員と国会議員が受難の時代というぐらい絶えずこういろいろ言われるようになっているわけですけれども、公務員が働いてないんじゃないかとか楽をしているんじゃないかと、こういうマスコミ含めた宣伝というのはすっと国民に入りやすいところが、この不況の時代といいますか、民間が大変だということで、隣の公務員は安定しているとか、すぐこう入りやすい、そういう風潮になっていて、私はそれそのものが非常に危険なことではないかというふうに、よく見る必要があると思っているところでございます。
 そういうものが今回の行革推進法の議論でも絶えずバックグラウンドにあって、当たり前だと、公務員減らすの当たり前だと、楽しているはずだというふうにこう、もう背景を成しているようなところがあって、まずその問題で駒場参考人、現場出身でございますからお伺いしたいわけですが、私は地方自治体いろいろ訪問いたしますけれども、まあ今は相当地方の公務員、現場でも頑張っておられますし、非正規雇用も増えておりますですね。そういうことをまず実態として国会のメンバーがもっと理解すべきだと思っております。
 先ほど公営企業の話がありましたけれども、本体の中の公務員の皆さんの今の働き方、働いている実情、もちろん、一部報道されているような是正すべき点はしなきゃいけないという点はもちろんありますけれども、みんなどういう状況で今働いているか、簡単で結構ですが、お聞かせいただきたいと思います。

○参考人(駒場忠親君) 今お話がありましたように、行政の現場のところで働いている職員が実に何がつらいかということで言われた場合、やっぱり働いてないんじゃないかとか、それから、実際にはかつかつでやっているにもかかわらず、そこの現場のところでは人が多過ぎるのではないかとか言われることがやっぱり一番切ない、つらい。もちろん、住民の目線から見てかなり議論になった自治体の例もございますけれども、住民の目線から見て明らかに無駄だと思われるようなやつについての是正、これは当然是正しなければならないものだと、このように思っているところであります。
 例えば、今行政の現場のところでいいますと、福祉事務所のケースワーカー、生活保護の受給世帯数が過去最大で百三万世帯になったと、生活保護人員についても百四十万を超えたと、こういうふうに言われている下で、現実のところ、先ほど私冒頭意見で申し上げましたけれども、ケースワーカー、生活保護担当現業員の充足率というのは非常に少のうございまして、満たないというのが現実になっています。そういう下で、私もケースワーカーの経験があるんですけれども、やはり話を聞いてあげるというのが一番相談に来られた方々にとっては有り難く思われることだし、ああ、役所というのは本当に有り難いんだなというふうに住民に喜ばれることでございますけれども、それができない。実際に相談に来た人の相談に乗ってあげる時間が少ない。
 ですから、北九州で、結局のところ、民生委員さんは一生懸命、生活保護を受けたらどうですかということで地域のセーフティーネットワークですか、地域のところでのそういうサポートもされたんですけれども、結局、役所が遠くて、つまり役所との本人の距離感があって、ああいう餓死事件のようなことが起こると、こういうのがあるわけですね。
 それからもう一つは、これは保育園の保育士さんたちの例なんですけれども、今、民営化の話がどんどん出ておりまして、現実に民営化されております。それで、現実に民営化をされて、自分が保護者だった方から、民営化された園に預けているお母さんから話を聞くと、例えばこれは十五日付けの雑誌、週刊誌ですが、アエラに出ていた中身でもあるんですけれども、例えば民営化された保育所の職員は一年契約だと。ですから、そこの職員の経験年数とか何かというのはほとんどないに等しい職員なわけですが、そこの職員の人が子供、乳児にミルクを上げているそのスタイルを見たときに、とてもとてもあれはミルクを上げていることに慣れていない姿であって、その乳児のお母さんにはとても見せられないと、その姿を。それを思うと涙が出てくるというのは、これは私が言うんではなくて、週刊誌のアエラのところで今週出ていた中身なんですけれども。
 そういう話を、例えば民営化された際に、実際にその行政の現場のところで働いていた保育士さんがはたからまた聞くという、そういうのが一番つらいことなんですね。
 ですから、官から民へということでいろいろ動きもあるわけでございますけれども、やはり官でやらなければならないことは何なのかという視点で御議論していただければなと、このように思っているところでございます。

○大門実紀史君 ありがとうございます。
 じゃ、佐伯参考人にお伺いいたします。中小企業金融、銀行の貸し渋り、貸しはがしの問題、私もずっと取り上げてまいりましたので、佐伯参考人の言われたのは非常に切実に、非常によく現場のこともイメージされる貴重な御意見だと思いますし、御要望だと思います。
 政策金融機関あるいは商工中金でございますけれども、具体的には、いろいろ御要望ありました。今、澤委員ともやり取りありましたけれども、今のところ政府答弁は、制度設計の中で悪いようにしないといいますか、何とかしていく、中小企業の支援も引き続きやっていくというふうな答弁をしておりますけれども、これ率直に言って、佐伯参考人はそういう今の政府答弁というのは信用されておられるんでしょうか。

○参考人(佐伯昭雄君) 非常に難しい質問で、信用するしないというよりも、我々は、今の政府を信用して、是非、中小企業の政府系金融機関といいますか、商工中金と、我々中小企業の味方になって、心強い我々の相棒になるといいますか、味方になって中小企業の経営を援助していただきたいというふうに思っております。
 以上です。

○大門実紀史君 これから私も質問していきたいと思うんですが、ずっと金融機関問題やってきた人間としてあり得ないと。民営化された後、御希望のような銀行になることは、細かい資金調達の話とかいろいろありますけれども、結局は民間銀行はカルチャーが違うんです。しかも、この数年で大きく変化しちゃったわけですね。昔は民間銀行だって結構面倒見よかったわけですよね。それが全然変わっちゃったわけですよね。そういう世界に入るわけですから、場合によってはいろんなファンドが入ってくることも含めて、大変心配をしているところですけれども。
 そういう点で、この機会に、せっかくおいでいただいたんで、今の銀行の在り方も一言お聞きしたいと思うんですが、〇四年に中央会として公正取引委員会の意見募集で大変先見的な意見を出されておりまして、優越的地位の濫用を融資機関、銀行がやってもらっては困ると。そういう兆候がいろいろあったわけですよね。実際に、昨日もここでやりましたが、三井住友で優越的地位を濫用して行政処分受けたという事態が起きてしまったわけですが、そういう今の銀行、民間の銀行の方ですね、どういうふうにこの間見ておられるか。せっかくの機会ですから、御意見をお伺いしたいと思います。

○参考人(佐伯昭雄君) 民間銀行が、業務が証券とか保険とか、あるいは投資信託とかの販売までできるような拡大に伴って、優越的な地位を利用して我々中小企業に不利益な取引を発生するのではないかと、そういった懸念がされるということで、平成十六年の十一月に公正取引委員会に全国の中央会として委員会に提出をしたわけでございます。ところが、今先生がおっしゃったように、不幸なことに一部メガバンクの、先生名前言いましたけれども、金利のスワップなどの販売体制というんで行政処分を受けたというふうなことで、これは私どもが本当に懸念していたことでございます。
 ですから、今後はこういうことは多分私としてはなくなるだろうというふうには希望しているんですけれども、銀行の名前は言いませんけど、利益優先ということであれば、また痛みを忘れた辺りに復活する可能性があるかもしれないんで、そこら辺は心配はしているところでございます。
 ですから、景気回復に向かって民間金融機関も積極的に貸し出すようにはなってきております。しかし、そうはいうものの、やっぱり選別は強化されているということも事実でございますので、我々は利益優先の民間金融機関のみではどうも安心できないというのが本音でございまして、ここら辺は是非先生方に政府系金融機関あるいは商工中金も含めたこれからの対応というのをお願いをしたいというところでございます。
 以上です。

○大門実紀史君 どうもありがとうございます。
 御要望、御意見踏まえて国会で審議していきたいと思います。
 樫谷参考人と穂坂参考人、共通して一つのことをお伺いしたいと思います。
 誤解のないように申し上げておきますけれども、午前中も申し上げましたけれども、我が党は行政の効率化に反対しているわけではございません。公務員も多ければ多いほどいいなんて思っているわけでもございません。ただ、行き過ぎた議論がこの間横行しているんじゃないかと思っておりまして、その点を指摘しているわけですけれども、官から民原理主義といいますか、もう何でもとにかく前提としていいことだと、官は悪くて民は善だと。そんなこと全然ないわけですけれども、さっきの三井住友のことを見たってですね。あらかじめ何かそんなことでずっと、さっきの公務員攻撃と同じような議論が続いていると。
 私に言わせれば、小さな政府も、今ごろこんな騒いでいるのは日本ぐらいじゃないかと。クリントンの二期目の就任演説のときに、忘れもしませんけれども、今から八年ぐらい前ですかね、もはや小さな政府は終わったと言って、クリントンが何をやろうとしたかというと、アメリカで国民健康保険をつくろうとしたと、ヒラリー夫人とですね、まあとんざしましたけれども。イギリスでも、サッチャリズムがもういい加減にしろということになってブレア政権に替わったという流れがあるわけですね。何を今ごろ日本だけこんな騒いでいるのかと。どうしてそういうふうな、マスコミも含めてみんながそういう方向になっているのが大変気になっているところでございます。
 ですから、一つ一つのことをじっくり冷静に吟味してみる必要があると思っておりまして、官から民の議論もそうですけれども、先ほど、今日市場化テストの話が出ましたけれども、私、そもそも、大塚委員からもそもそも論がありましたけれども、何で官と民が競争しなきゃいけないのかと、何でわざわざ競争するんだろうと。大体こんな話は世界でやっているんだろうかといったら、やっている国少ないですよね。どこでも世界じゅうやっているわけじゃないんですよ。一部の国でやっているだけなんですよね。しかも、イギリスの市場化テストだって全部うまくいっておりません。しかし、何かとにかくそういう流れの中で当たり前のように議論されていることが非常に気になるわけでございます。
 私、樫谷参考人が言われるコストということも大事ですけれども、余りこの問題でコスト、コスト、コストと言いますと、もう味気のない話ばかりになってくるというふうにも思っておりますし、コストでいくと、ちょっと持論を言わさせていただきますと、最大限効率化された官の仕事、つまり人件費と経費が民間と同じレベルにもし効率化されたと、私は今でもそんな非効率とは思っていませんが、仮に一緒になったとしますね。そうしたら、民間の方がプラス利益分を乗っけるだけ価格、サービスは高くなるはずです。これは一つのモデルですけれどもね。そんなことも考えて、何も分析もせず、ただただ官から民がいいと言っている今の議論が非常に私は気になっているところでございます。
 もう一つは、国民にとってどうなのかということですけれども、公がやっていることが民になりますと、民の世界というのは受益者負担でございます。サービスが価格化されます。応益、応能負担ではありませんね。一つのサービスは一つの値段になります。中身の濃いサービスは値段が高くなります。つまり、所得の格差がサービスの格差になるのが民の世界でございます。官から民になるときにはそれをよく気を付けなきゃいけないというふうに思うわけですね。
 つまり、今格差社会が言われておりますけれども、民のサービス価格というのは所得に応じた提供になります、価格によって変わるわけですから。ここの問題を考えることなしに官から民という議論をすべきではないと思いますけれども、この点、樫谷参考人と穂坂参考人のお二人の御意見を聞ければと思います。

○参考人(樫谷隆夫君) 樫谷でございます。
 私自身も、民が良くて官が悪い、官が良くて民が悪いというふうには思っておりませんし、国民から見れば、官でも民でも、より良くてより安いサービスを提供していただくというのがベストであると、こういうふうに思っております。
 したがって、そこで、官民との競争というんでしょうかね、同じサービスをしているものであれば官民で一遍やってみたらどうですかと。その中で官が勝っていいわけですね、別に民でなくても官が勝てばいいわけです。そして、しかし、それは一定のサービスということで、やはり市場を一定にしないと、質の部分も議論を併せてしていかないと、確かに先生がおっしゃるように、コストだけで議論をしてしまう、例えば民間だってコストだけで議論するということは、製品作るときにコストだけで議論するということはあり得ないわけですね。質と、品質とコストと併せてものづくりをしているわけです。これは同じだと思うんですね、官も。
 そういう意味で、官と民とが質競争とコスト競争と併せてしてみて、ああ、官の方がいいという、外国でも官が結構勝っている、大変な官が勝っていると、こういう話も聞いておりますので、これは民がいい、官が悪い、逆だということはあり得ませんので、それは一つの競争原理も私はやはり働かせないと国民が、要するに誤解も確かにあって、誤解もあって、どうしても国家公務員というとうらやましいと、自分のところはリストラされて生活も困っていると、公務員、隣の公務員はどうもそういうことの心配は要らないということもあって、誤解もあってされているので、誤解を解くという意味で品質とコストと併せてきちっと説明をするということが私は大事ではないかと、こういうふうに思っております。

○参考人(穂坂邦夫君) 本来、官でやるべき仕事と民でやるべき仕事、私は違うと思っているんですね。どれもこれも官民で競争するというのはおかしい。本来的にやっぱり原則をしっかり踏まえるべきだと思います。これが一点です。
 それからもう一点は、官でやるべき仕事でも、それはもうすごい非効率でやってもいいのかということではないと思うんです。ですから、それは官でやるべき仕事をどういうふうに最小の費用で最大の効果を上げるか、これは官自体の努力だと思います。
 ですから、それはそれで必要なんですが、私は、官でやるべき仕事、民でやるべき仕事、あるいは形を変えた中央でやるべき仕事、地方でやるべき仕事、その辺のをやっぱり明確にすべきだというふうに思います。

○大門実紀史君 そういう上で市場化テストを見ますと、駒場参考人に最後お聞きいたしますけれども、私、いろいろ調べていると、結局、地方の部分の市場化テストといいますか、部分も、結局全国展開の大企業がどんどん入ってきていると。何のことはない、民間の一定の一部の企業のもうけ話じゃないかというふうにして今いろいろ調べているところですけれども、そういう点、いかが思われますか。

○参考人(駒場忠親君) 御指摘のとおり、全国展開の大企業に有利な市場化テストの制度設計になっておりまして、結果として、地域の経済との関係から見てもうまくいかないのではないのかなと、問題があるのではないのかなと思っています。
 それが一つと、それから、今、穂坂参考人の方から、官でできるものと民でできるものは違うのではないかという話がありまして、私、これはすべてそのことについて同意しているものではございませんけれども、今回の市場化テストの対象とされているいわゆる戸籍事務の市場化テストの内容については、明らかにこれは官でやらなければならないものをゆだねて、要するに対象にしているという点で極めて問題ありと。
 つまり、総務省自身もそれから地方自治体関係者の有力な方たちも、例えば小さな政府ということで仮に民にゆだねていった場合、最後に残るのはいわゆる戸籍事務ではないか、公権力の権力性の強い戸籍事務ではないのかと。選挙人名簿登録等々の問題に全部連動する、こういう話もございますので、そういった点から見ても極めて問題ありと、このように考えているところでございます。

○大門実紀史君 終わります。
 ありがとうございました。
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