● ● ● ● 大門みきし Daimon Mikishi  ● ● ● ●


■2011年4月18日 予算委員会 福島原発事故――菅首相、東電社長に責任ただす
○大門実紀史君 東京電力の清水社長に伺います。
 私はあなたの四月十三日の記者会見をインターネットで見て大変頭にきました。あなたは記者会見で、津波対策はしかるべき基準に従ってやってきたと、つまり土木学会の指標ですね。しかるべき基準でやってきたんだと、ただ、今回のような事故が起きたので津波対策の基準は今後見直されるべきだろうと、まるで人ごとのような、東電には責任がないかのようなことを言っておられます。謝罪についても、福島県民や国民に多大な迷惑を掛けたというおわびはあるんですけれども、事故を起こしたことに対する責任は一切明言されないで、その点での謝罪がございません。
 我が党は、あるいは市民団体の方々がもう何年も前から再三にわたって、あるいは東京電力に直接申入れをして今回のような事故が起きる危険性について指摘をしてきたわけですが、東京電力は一切耳を傾けなかったわけでございますし、その土木学会の想定した津波の高さというのは最低基準で、しかも甘い基準でございまして、東京電力はただそれをよしとして、いろんな知見に耳を傾けずに対策を怠ってきたというところに今回の原因があるわけですから、まずその津波対策が怠ってきた、事故を東電自身が起こしたという責任をはっきりと認めるべきではありませんか。
○参考人(清水正孝君) 今回の福島第一原子力の事故に関しましては、これから徹底した検証、委員会において分析をしてまいるつもりでございますが、津波に関して申し上げますと、これまで、十四、五メーターという今回の津波の大きさというのはこれは想定はできませんでした。これ残念ながら、そういう意味での想定は甘かったと言わざるを得ないと思います。
 これまでの私どもの津波に対する対策としましては、当初、一九六〇年のチリ津波を基にした基準に基づいて対策を打ってまいりましたが、その後、平成十四年に土木学会から示された新しい基準に基づいてポンプのかさ上げ等々の手を打ってまいりました。この現状で推移してまいりましたが、先ほど申し上げましたように、これまでのまれに見る大きな津波による影響が、による原因、それがどこにあるのかということについては、徹底した分析をこれからしていきたいと思っております。
 それから、おわびという件がございました。これは私の本当に心からの気持ちとして、御心配、御迷惑をお掛け申し上げたということについては改めて私からおわびの言葉を申し上げさせていただきたいと思います。
○大門実紀史君 あなた、お分かりになっていないんだけど、東京電力が、東京電力があんな低い想定の津波しか想定していなかったと。それに対する自己批判、きちっとした責任と謝罪がないと、またやるんですよ。またどこかの甘い物差しをそのままやってきただけだと、うちの責任じゃないというふうになるんですよ。
 幾つもあなた、東京電力には、特に我が党の福島県議会は現地から直接何度も、福島には起こり得る可能性があると、このままじゃ駄目だということを再三指摘してきているわけだから、そういう言い方はないんじゃないか。どこかの基準の問題という訳に済まないだろうが。あなたたちがそれを聞かなかったから起きたんじゃないですか。はっきりしてください。その責任を認めるべきじゃないか。何を言っているんだ、今ごろになって。
○参考人(清水正孝君) 今申し上げましたとおり、これからの想定される事件にどういう対応をするかというのは、今回の事故分析によってしっかりと検証した上で対策を立ててまいりたいと、このように考えております。
○大門実紀史君 総理、国会での議論もありました。甘い想定でこんな事態を起こしたんだから、その想定の仕方、その程度だったことにやっぱり責任があると、これはもう人災に近いということを国会でも議論があったわけですけど、一向に分かってないですよ、あの人。
 総理、いかがですか。いいんですか、あんなので。
○内閣総理大臣(菅直人君) 今回の事故の原因、もちろんある段階で徹底的な検証が必要でありますが、少なくとも地震によって原子炉本体が停止をする、あるいは外部電源が途絶をする、ここまではあり得るという認識の下で、その場合には非常用電源、ディーゼルが稼働して冷却機能は維持されるというのが基本的な形であると認識をいたしておりました。その非常電源のディーゼルがそれまでの考えられていた津波の上限をはるかに超えてきたがために落ちた、それが、電源がダウンしたということは、やはりどこかにそういった予想なり予測の甘さがあり、それが一つの原因になったということは私は免れないことだと、このように考えておりまして、広い意味で政府もそういったことを十分に事前にチェックできなかったことについてはおわびを申し上げたいと思います。
○大門実紀史君 東京電力というのは事故後の対応も責任重大なんです。
 資料をお配りいたしましたけれども、今日も若干議論がありましたが、要するに、いろんな知見があるんですけれども、これは我が党の吉井英勝衆議院議員が衆議院で海江田大臣、保安院に指摘したときに使った報告でございますが、原子力安全基盤機構が昨年の十月に、全電源が喪失した場合どうなるかということを出して報告を既にしているわけでございます。要するに、全電源が喪失したら十六・五時間後には格納容器の熱が上がり過ぎて破損が起きて放射性物質が外部に流出するということがあるわけでございます。
 こういう知見について東京電力は全く承知をしないままに全電源が喪失した後の対応をぐだぐだぐだぐだやっているんですね。で、結局、三月十二日の十五時三十六分には一号機で水素爆発が起きたわけでございます。ようやく三月十二日の二十時五分になって海江田大臣が東電に海水の注入などを命令されて、二十時二十分に一号機に海水の注入が開始されるという経過でございまして、なぜもっと早く海水の注入が、政府に命令される前に東電自身がやらなかったのかと。これもしやっていたら、もっと早くですね、爆発は起こらなかったかもしれないし、これだけ放射能汚染を広げて福島の皆さんにこれだけの苦しみを与えなかったかも分からないわけですね。なぜもっと早く東電は自らの判断で海水の注入をやらなかったんですか。
○参考人(清水正孝君) 原子炉の冷却、注水についてはこれは最優先に進めてきたわけでございます。
 注水に当たりましては、まずは手近な使用可能な水槽の操作あるいはそれによるポンプによる注入というのを優先的にやってきております。同時に、淡水には当然限度があるということから、海水の注入に備えてホースの引き回し等々の準備を並行して進めてまいりました。そういう意味で、大変通信手段等の様々な途絶等の厳しい条件の中にあっても、最善の努力で海水注入をやったと私どもは理解いたしております。
 それと、海水を入れるということに関して言いますと、やはり海水に含まれる不純物によって燃料の冷却の効率が悪くなるとかあるいは非常に腐食が進みやすくなるというようなことは、これはまあ科学的、技術的に分かっていることでございますので、当然その注水の順番というのはまず淡水からしっかりと始めてきたということも併せて申し上げておきたいと思います。
 以上でございます。
○大門実紀史君 最善の努力をやっていてなぜ爆発してしまったんですか。何を言っているんだ。効率じゃないでしょう、海水入れたら廃炉にせざるを得ないと、駄目にするのが怖かったんでしょう。そういうことじゃないか。何言っているんだよ。
 ちょっと時間の関係で、もう要するに元々ふだんから備えもしていない、そして起きたときも廃炉を怖がってなかなか海水を入れない、しかもこういう原子力安全基盤機構が出していた知見さえ知らないと。もう二重に人災なんです。しかも、政府の対応も、菅総理が自ら認められたように政府の対応も含めてだけれども、特に東電の責任というのは大きいですよ。自覚しなさいよ、ちゃんと。
 ちなみに、総理に伺いますけれども、総理はあれですか、このお示ししました原子力安全基盤機構のこの予測、報告というのは御存じでしたか。
○内閣総理大臣(菅直人君) この事故が起きる以前には詳細は承知しておりません。
○大門実紀史君 もし知っておられたらヘリコプターでちょうどこの時間に現地に視察に行かれましたか。
○内閣総理大臣(菅直人君) 私が十一日に最初に電源が落ちたときにいろいろ保安院あるいは原子力安全委員、そして東電の関係者と一緒に議論したときには、最初は電源を、電源車を送れば大丈夫だというか、冷却機能が回復をするというところから始まり、それを送る手当てをいろいろいたしておりました。
 しかし、そういう中で、ベントが必要だということが、基本的に、そういう皆さん、専門家の皆さんを含めて一定の合意になりましたので、たしか十二日の午前一時三十分だったと思いますが、私も了解の下、海江田大臣の方からベントをするようにという指示を出しましたので、私としては当然指示に沿ってベントは的確に行われるものと考えておりました。
 私は、いわゆる津波の被災もきちっと見たいし、また福島の原発の現場における状況もきちんと把握したいということで、あの後出発をした次第であります。
○大門実紀史君 要するに、全電源を喪失したのは十一日の三時四十二分で、総理がヘリで出発されたのは十二日の六時十四分ですよね。申し上げたいのは、この図にしたとおり、この全電源の喪失から十数時間というのが、これがもうポイントなんですよね。この一瞬一瞬の判断、それも、しかも適切な判断をしなきゃいけないと。やらなければ、東電がああいう体質ですから、やらなければすぐやらせるということをやらなきゃいけない十何時間だったわけでございます。そのときに、やっぱり、官邸を離れられて、しかも保安院も一緒に連れていくなんということは大変不適切だったと私思います。
 仮にこういうものを知らなかったとしたら、今となってはやっぱり不適切だったと。総理は午前中の答弁で、何ですか、現地の状況をつかむことも必要だと、その後の対応に有効だったと、一般論でいえばそういうことかも分かりませんが、後で、後から、知らなかったかもしれないけど、こういう時間だったということを後から分かったら、やっぱり不適切だったと今お認めになるべきじゃないですか。
○内閣総理大臣(菅直人君) 私は、まさにあらゆる人がこういうことが事実上初めてのまさに経験であった中で、少なくとも当時、ベントに関してもなかなか、官邸にあった対策本部から東電関係者、集まっていた関係者にこれでいこうといって指示を出してもそれが実行されない、こういう中で、やはり官邸と本店と現地という三段階でなかなか事実関係を含めて状況が把握できないという中で、大変な状況であるからこそ私としてはやはり現地を見て、現地で責任を持っている人の話を聞こう、現実に話を聞くことができて、ベントも私の方も改めて指示をしてその後の対応につながったと私は思っておりまして、そういう意味では、そのことは、私はその後の対策を考える上で一定の効果があったと、このように考えております。
○大門実紀史君 私はあえて、総理、御存じなければ、今はどうですかということをお聞きしているんですよ。今でもまだそんなことをおっしゃって、もしあのときにいて、総理が、あんな東電ですから早くベントやれと、早く海水注入やれと指示していたらあの爆発は起きなかったかも分からないんですよ。そういうことを含めて、今から思えばそんな、現地見て良かったとか、そんな悠長な時間じゃなかったんですよ、あのときは。何でそれがお分かりにならないんですか。
 これは重大な問題でございますから、また改めてやりたいと思いますが、よく考えてみてください。今となっては不適切だったということをちゃんと反省なさるべきだということを申し上げて、質問を終わります。
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