● ● ● ● 大門実紀史 Daimon Mikishi  ● ● ● ●

「必要なのは実効性のある公共事業評価制度」(「前衛」00年11号)
公共事業の抜本改革への道
 七月の総選挙では、無駄な公共事業にたいする国民のきびしい批判がしめされた。しかし、与党が八月末に発表した「抜本見直し」案は、国民の批判を小手先でかわそうとする姑(こ)息(そく)なものである。また、来年の通常国会には公共事業の見直しをふくんだ「行政評価」制度を提案するとしているが、これも浪費をなくす歯止めとはならず、国民の期待を裏切る可能性が高い。公共事業の浪費と環境破壊の構造を抜本的にあらためるために、何が必要なのかを考えてみたい。
 
 □公共事業の抜本的な改革とは何か
 
1 与党の公共事業「抜本見直し」案
 
 与党が八月二十八日に発表した「抜本見直し」案によれば、中止が勧告される事業は、全体で約二百三十三事業、事業費は二兆八千億円である。仮にそのすべてが中止されたとしても、各事業の工期を平均十年とすると、単年度では二千数百億円程度の削減にすぎず、年間五十兆円の公共事業費のわずか〇・五%である。そもそも、中海干拓事業のように暗礁にのりあげている「問題事業」を中止するのは当然のことである。途中で目的を失い中断している事業が何百もあること自体、政府がすすめてきた公共事業がいかにデタラメであったかをしめしている。
 さらに自民党・亀井政調会長は「公共事業費の総額は減らさない」と明言し、五十兆円という総枠は何としても維持するかまえである。そのため、建設国債の使途をIT関連投資などに拡大することや、補正予算での公共事業の追加をもくろんでいる。
 与党の「見直し」案は、若干の事業を中止してお茶をにごし、公共事業費の総額を維持しようとするもので、「抜本」とは名ばかりである。ゼネコンむけ公共事業に執着する自民党の姿をあらためて国民の前に露呈したにすぎない。
 
2 公共事業の抜本的な改革にむけて、、不破委員長の「二つの提案」
 
 公共事業の本来の目的は、国民生活を向上させるために必要な社会資本の整備をおこなうことにある。事業の必要性を裏づけるのは、あくまで国民の要求である。さらに、公共事業は税金をおもな財源とすることから、費用対効果や採算性も検討されなければならない。環境保護にたいする十分な配慮も必要である。
 ところが、現在の公共事業は、その多くが国民の要求を反映したものとはいえず、浪費的な事業が積み重ねられている。また、国と地方の財政破たんの元凶となり、社会保障など暮らしの予算を圧迫している。そのうえ大型開発が日本の貴重な自然環境を破壊してきた。
 いま求められているのは、事業の必要性、採算性、環境への影響の三点で、公共事業を総点検し、事業費の削減に踏み出すことである。
 日本共産党の不破委員長は、すでに七月三十一日の衆院代表質問で、公共事業のあり方を抜本的に改革するために、二つの具体的な提案をおこなっている。
 第一に、公共事業予算の執行過程を透明化し、政・官・業の利権構造を排除することである。
 公共事業のあり方を、ここまでゆがめてきた大もとには、政・官・業の癒着と利権構造がある。自民党は、ゼネコンや一部の大企業のために公共事業を拡大し、必要性や採算性に問題があり環境を破壊する事業でも、野放図にすすめてきた。公共事業を食い物にする利権構造にメスをいれることがどうしても必要である。
 第二に、民主的で実効性のある「事業評価制度」を確立することである。
 欧米では、住民参加と第三者機関の点検が保証された「事業評価制度」が確立され、浪費や環境破壊をチェックし、無駄な事業に歯止めをかけている。日本の事業評価は、住民参加も第三者機関による検証も不十分で、事業官庁の「お手盛り」の制度になっている。民主的で実効性のある評価制度の確立が必要である。
 不破委員長の二つの提案こそ、無駄な公共事業をなくして財政再建に道をひらくうえでも、事業の中身を国民生活優先の「くらし・福祉」型に転換するうえでも、建設的な役割をはたすものとなる。以下、この二つの提案をふまえ、具体的な課題について検討する。
 
 □予算のあり方をただし、政・官・業の利権を排除する
 
1 予算のあり方をただす
 
 @「総額さきにありき」から必要な事業の積み上げ方式へ
 公共事業予算の第一の問題点は「総額さきにありき」方式にある。
 必要な事業を積み上げるのではなく、さきに総額を決めたあと、その配分を考える。この「総額さきにありき」方式が、政治家や官僚による予算の恣(し)意(い)的な配分を許し、公共事業の政治的な利用を可能にしてきた。自民党はその見返りにゼネコン業界から票と献金を受けとり、官僚は天下り先を確保させてきたのである。
 「総額さきにありき」の根源になっている「公共投資基本計画」や各分野の「長期計画」は廃止すべきである。開発至上主義の大もとである「全国総合開発計画」(全総)も不要である。いま必要なのは「開発計画」ではなく、むしろ「環境保全計画」である。
 住民要求にもとづいて必要な事業を積み上げる方式へ切り替えることが、政・官・業の利権集団のつけいるスキをなくす最大の保証となる。

 A「箇所づけ」の透明化をはかり、点検するシステムをつくる
 「箇所づけ」(どの事業にいくら予算をつけるか)が密室で恣意的にきめられていては、不正はなくならない。「箇所づけ」の過程を透明化し、政治家などが不当に介入する余地をなくすことが不可欠である。そのために、一定規模以上の事業については、国会や地方議会でチェックするしくみをつくること、すべての事業について「箇所づけ」がおこなわれる過程と理由を公開することが必要である。

 B地方分権と住民参加の事業策定システム
 次に、住民要求から公共事業を積み上げる方式について考えてみたい。
 住民要求からの積み上げ方式とは、具体的には、地方自治体が住民の要求を集約して事業を策定し、優先度を総合的に判断したうえで、計画的に実施することである。
 そのためには、いまの地方公共事業のあり方もあらためなければならない。
 第一に、国がおこなうべき事業をのぞき、地域の公共事業は地方自治体が自主的に判断して実施できるようにすることである。
 国は「補助金」をはじめさまざまな手法で、地方の公共事業を先導あるいは制約し、自治体の自主的な公共事業の策定を妨げてきた。
 戦後、国は補助事業をつうじて地方の公共事業を先導してきたが、八〇年代にはいってからは、地方に補助事業より単独事業の拡大を要求するようになる。しかし単独事業といっても、国の基本計画、施策の枠内でおこなわざるをえないのが実状である。
 とくに九二年以来、十一回におよぶ「景気対策」では、膨大な金額の単独事業の実施が要請された。自治体の多くは、これ以上、単独事業を拡大できないだけでなく、補助事業の地方負担分さえ重荷になっている。政府がいくら「景気対策」をうちだしても、地方は公共事業の積み増しができない状況である。そのため自治省は、昨年十一月に「補助事業についても地方債の発行を認め、その全額を交付税によって補(ほ)填(てん)する」「単独事業についても四五%は交付税で手当てする」という通達をだした。いぜんとして、地方に公共事業を拡大させる方向である。
 国の補助金(ヒモつき)公共事業と、事業拡大の押しつけが、地方の自主性を奪い、地方財政を危機に追い込んできた最大の要因である。
 住民要求から事業を積み上げる方式に切り替えるには、国主導ではなく、地域の計画は地方が自主的に策定できるようにすることが必要である。そのためには、必要な財源を地方に移譲することも検討されなければならない。
 第二に必要なことは、地方自治体自身の放漫な公共事業推進の姿勢をあらため、住民要求から公共事業を策定するしくみを確立することである。
 浪費的な公共事業を拡大してきた責任は、自治体自身にもある。自治体の多くは、住民要求から公共事業を策定するより、国から補助金がでる事業、国から手当てされる事業(起債を交付税で補填)を優先してきた。このことが、住民要求とは無縁の不要不急の公共事業を積み重ねる結果になった。
 たとえば、「地域総合整備事業債」である。これは、地方の「まちづくり特別対策事業」「防災まちづくり事業」「ふるさとづくり特別対策事業」などにたいして、地方債のうち九〇〜七五%を交付税で補填するというものである。多くの自治体が各地でこれを使って、○○ホールやコミュニティーセンターなど、いわゆる無駄なハコモノを競ってつくった。現在これらが、その維持管理もふくめ、各自治体の財政を圧迫するものになっている。
 自治体の放漫な公共事業推進の姿勢をあらため、住民要求から事業を策定するシステムを本格的に確立しなければならない。
 そのためには、住民をたんなる意見聴取の対象ではなく、まちづくりや地域整備の主体として位置づけ、情報公開の徹底と計画策定の段階から住民参加を保証する必要がある。
 この点では、現在の都市計画における住民参加のあり方を抜本的に改善するとともに、横浜市や岐阜県など一部の自治体で試行的に始められている住民参加型の道路づくりの方法も、もっと普及すべきである。
 国がおこなう事業についても、関係する都道府県の住民団体や環境保護団体の意見を、計画段階から取り入れるシステムが実現されなければならない。
 
2 汚職防止の立法と組織的な癒着構造にメスを
 
 政治家などが特定の業者のために、個別の事業などに関与して「口利き」をおこない、見返りを受けとることを防止するには、厳格な汚職防止法の確立が必要である。
 同時に、法の網の目をくぐりぬけるための組織的な収賄構造にもメスをいれなければならない。
 たとえば、地方の建設業団体である。総選挙後、入手した資料によれば、栃木県N市の建設業組合では、公共事業の入札に参加する指名企業が受注に見合った「会費」を組合に納め、組合から地元選出の自民党国会議員に政治資金がだされている。国会議員が公共事業の予算をもってくる見返りに、受注企業が「組織」をつうじて資金を提供するという構図である。
 こういう組織的、間接的な収賄の構造にメスを入れるためには、入札制度の改革とともに、企業・団体献金の禁止が必要である。
 入札制度については、政府は九四年一月、部分的に一般競争入札の導入を決定したものの、まだ指名競争入札が主流である。指名競争入札は、発注官庁が事前に入札に参加する業者を指名するもので、官庁側の裁量がはたらき、政治家の「口利き」や業者の「談合」、さらには官庁主導の「官製談合」など、政・官・業の癒着の温床となっている。
 日本共産党は、指名競争入札をやめ、工事規模に応じて入札参加を限定する「条件付一般競争入札」を導入すること、予定価格や入札経過の事後公表を提案してきた(八二年「公共事業と入札制度の民主的改革のために」)。予定価格の公表など、一部の自治体ではこれらの改革がすすんでいる。入札制度の抜本的な改革を急ぐとともに、企業・団体献金の禁止に踏み切るべきである。
 
□民主的で実効性のある「事業評価制度」の確立を
 
1 欧米の事業評価制度の特徴
 
 民主的で実効性のある公共事業の評価制度とはどういうものか。
 この点では、欧米各国の事業評価制度が参考になる。欧米の制度の内容や歴史的経過については、本特集の各論文が詳しく紹介している。ここでは、各国の制度の特徴点だけ整理しておきたい。
 欧米の制度は、次の四点を制度に組み込むことにより、その実効性を確保している。
 @計画、事前、事後の三段階での評価
 欧米の評価制度では、計画段階からの評価が常識になっている。事業をはじめる段階の評価(事前評価)だけでは、計画の変更や事業の中止に困難をともなうからである。計画段階で評価をしっかりおこなうことで、目的や効果のはっきりしない事業は、最初から除外される。
 オランダなどでは、事後の評価制度(モニタリング)がもうけられ、計画や事前段階の評価が妥当であったかどうかがきびしくチェックされる。事後評価の結果が次の計画に生かされることになり、計画↓事前↓事後↓次の計画というフィードバックのしくみが有効にはたらいている。

 A複数の代替案(事業をおこなわないこともふくめた)の検討
 アメリカなどでは、計画段階から「その事業をおこなわない」こともふくめた複数の代替案を検討することが義務づけられている。何がなんでもその事業をおこなうという立場ではなく、事業をおこなわない場合はどうなるか、あるいは別の方式ではこうなるといった複数の代替案を検討することが、結果的に浪費や環境破壊を防ぎ、事業の目的を達成するためのもっとも効果的な案をうみだすことになる。

 B住民参加と情報公開の徹底
 欧米の制度では、住民参加と情報公開が徹底している。
 アメリカでは、評価の各段階で住民の意見が反映されるしくみになっている。公聴会も、事業推進側と反対側の双方の意見を審議委員が聞き、論議を深めていくという「裁判形式」でおこなわれている。オランダの公聴会も、徹底した討論が保障されている。イギリスやカナダでも必要があれば、公聴会は何十回と開催される。さらに、カナダでは、環境評価の自主調査をおこなう住民団体に連邦政府から補助金が支給されている。欧米各国とも、住民との合意形成をどこまでも追求する姿勢がつらぬかれている。
 情報公開についても、アメリカではアセス準備書、評価書だけでなく、住民から寄せられた意見や審査会の議事録、評価にかかわる基礎資料など、ほとんどすべてが公開されている。ドイツでも、環境情報公開制度がもうけられている。カナダでは、アセス評価書そのものをインターネットで公開している。
 これらの住民参加の保障と情報公開の徹底が、評価結果に客観性と信頼性をもたせている。

 C中立的な第三者機関による審査、点検
 オランダでは、事業官庁から独立した「アセス評価委員会」がもうけられ、専門的、科学的な立場から事業を評価し、事業官庁にたいし許認可決定を左右するほど強い助言をおこなっている。
 アメリカにも、大統領直属の「環境諮問委員会」(CEO)があり、強い権限をもって評価制度にかかわっている。
 
2 日本の評価制度の現状と問題点

 つぎに日本の事業評価の現状について見ていきたい。現在、公共事業を評価する制度としては、環境アセスメント(環境影響評価制度)、事業の「再評価」、新規事業採択時評価、地方自治体が独自におこなっている評価制度の四つがある。

 @環境アセスメント
 ここでは、現行制度の問題点だけおさえておくことにしたい。
 第一の問題点は、対象となる事業があまりにも少ないということである。アセスの対象は、規模によって第一種事業と第二種事業に機械的に区分されている(図1)。第一種事業は必ずアセスメントをおこなうものである。しかし、第二種事業は、アセスが必要かどうかは事業官庁が判断することになっていて、簡易審査ですまされる場合が多い。いまの制度では、大半の事業がアセスの対象外になっている。
 規模で対象を限定するのではなく、アメリカのように環境に影響のない特別な事業をのぞき、いったんすべての事業を評価の対象にすることが必要である。
 第二に、日本ではアセスをおこなうのは、事業官庁自身である。欧米では、事業官庁から独立した第三者機関が審査に関与するが、日本は事業官庁がみずからアセスをおこなっている。
 第三に、住民参加と情報公開が不十分だということである。住民は、スコーピング(アセスの方法の決定)の段階と、アセスの結果が出た段階の二回、意見書を提出することができる(アメリカでは、住民が意見書を出す機会が四回も保障されている)。しかし、その意見がどう処理されたかはまったく不明である。公聴会を開くことができるとなっているが、公聴会とは名ばかりで、事業官庁側が説明をし、住民の意見は聞きおくだけに終わっている。住民参加が内実で保障されている欧米にくらべ、日本は事業官庁の方針で住民を説き伏せようという姿勢が強い。情報公開についても、アセス準備書は一カ月、公告縦覧されるだけである(アメリカでは四十五日)。
 第四の問題点は、計画段階のアセスではなく、事業段階のアセスになっていることである。事業をはじめる段階でのアセスでは、計画の変更や中止に困難がともなう。環境庁は今年八月に「戦略的環境アセスメント研究会」の報告書を発表し、ようやく計画段階での評価を具体化するためにガイドラインの作成にはいった。

 A再評価制度
 一定期間、停滞している事業について「再評価」を実施して、事業の中止、休止などの対応をはかろうとするもので、九八年度より、公共事業関係五省庁(建設省、農林水産省、運輸省、北海道開発庁、沖縄開発庁)が実施している。
 この再評価制度は、途中でゆきづまった事業を見直すだけのもので、本来的な事業評価制度とはいえない。計画、事前、事後のどの段階の評価にもあたらず、しいていえば「中間評価」という性格のものである。八月末の与党の「見直し案」は、この再評価制度をベースにして、見直しの基準だけをいじったものにすぎない。
 そもそも、事業が途中で頓(とん)挫(ざ)してしまう理由は、計画段階、事前段階できちんとした評価をおこなわず、ともかく予算をつけ、見切り発車で事業をスタートさせたからである。事業を開始して一定の事業費をつぎこんでから、中止に追い込まれること自体、大変な税金の無駄づかいである。
 しかも、この再評価制度そのものにも問題が多い。
 第一の問題点は、客観性に欠けた制度であるという点である。
 図2は、再評価の実施フロー図(建設省の場合)である。評価の対象や手法を決めるのは、各省に設けられた「評価システムに関する検討委員会」である。直轄事業や公団施行事業は、地方建設局や公団が評価をおこない、対応方針は建設本省がきめる。補助事業なども、地方公共団体、地方公社が評価をおこない、対応方針は建設本省がきめる。要するに、自分たちの事業を自分たちで評価しているだけのことである。客観性が担保されず、信頼性にいちじるしく欠ける。
 一応、学識経験者などから構成される「第三者機関」である「事業評価監視委員会」を設置し、意見を聞くことになっている。しかし、「監視」委員会の委員を選ぶのは、監視される側の事業官庁自身である。これでは、厳正な評価も監視もおこなえるわけがない。実際、地方建設局や都道府県の委員名簿をみると、公共事業になんの関係もない分野の学者や、公共事業を推進する立場の地方経済界の代表まで選ばれている。しかも、委員会にだされる「監視」のための資料も、監視される側の事業官庁が準備している。「監視」委員会とは名ばかりで、「第三者」の体をなしていない。「第三者機関」と呼べるのは、欧米のような事業官庁から独立した委員会のことである。
 第二の問題点は、情報の非公開性である。
 評価結果と対応方針、「事業評価監視委員会」の議事録のごく簡単な要旨が、記者発表されているだけで、評価の根拠となる資料などは公表されていない。この点では、今年、五月に総務庁・行政監察局が発表した「公共事業の評価に関する調査結果」でも、情報公開をもっと推進するように通知がされている。

 B「新規事業採択時評価」
 この制度は、公共事業の新規採択時(事業費、調査費などを予算化するとき)に、費用対効果の分析などの評価をおこなうもので、事前段階での評価である(図3)。
 この制度も、評価をおこなうのは事業官庁自身であり、客観性が確保されていない。
 学識経験者などから構成される「評価手法研究委員会」が作成した評価手法(マニュアル)にもとづき、各事業官庁が分析をコンサルタント会社などに委託するというしくみである。「評価手法研究委員会」の委員を選ぶのは事業官庁である。これも「第三者機関」とはいえない。
 そこで作成されたマニュアルも、全省庁で統一したものがなく、各省が独自に事業ごとに作成していて、類似の事業でも、省庁により計算基準がまちまちになっている。自分たちの事業に都合のいいように基準がきめられている可能性が高い。さらに、現在ある二十一のマニュアルのうち、環境への影響を基準に入れているのは、九マニュアルだけである。行政監察局の調査でも、評価基準の統一をはかるように通知がされている。

 C地方自治体のとりくみ
 自治体独自のアセス条例は、四十四の都道府県・政令都市で制定されている。うち、三十八の自治体では、住民が意見をのべる公聴会の開催が規定されており、また第三者による審査会の設置は四十四すべての自治体できめられている。
 なかでも東京都は、計画段階からの評価、住民参加の充実を盛り込んだ「総合アセスメント」の導入をすすめている。
 東京都では、一九八〇年に「東京都環境影響評価条例」を制定し、一定規模以上の事業を対象として、事業者にたいし環境影響評価(条例アセスメント)手続きを義務づけてきた。
 しかし、この条例アセスメント制度は、事業の実施段階でおこなわれる手続きのため、計画内容の見直しがおこないにくいことや、広域的な開発のように複数の事業を含む計画については、その複合的な環境影響に適切に対応できないことから九八年六月、「総合環境アセスメント制度試行指針」を定め、「総合アセスメント制度」を導入することとした。
 制度(試行)の主な特徴は、@計画段階でのアセス、A複数の計画案の作成と比較評価、B住民参加の充実(「環境配慮書」の公表、説明会の開催や意見書の提出に加え、「都民の意見を聴く会」の開催、「審査委員会」に公募で選ばれた都民が参加)、などである。
 また川崎市でも、川崎市環境基本条例で計画段階でのアセスを導入している。
 さらに岐阜県では、計画段階から住民参加で事業を評価する制度を今年度から開始している(詳細は、本特集の大西論文を参照)。
 これら地方自治体のとりくみは、国よりは先行しているものの、まだ欧米にくらべ不十分な点が多い。
 都市計画策定まで評価を広げるとともに、さらに住民参加と情報公開を徹底し、住民との合意形成を追求することが必要である。

 D「行政評価制度」と公共事業の評価制度について
 政府は、来年一月の中央省庁再編に合わせ、「政策評価制度」の導入を予定している。総務庁は八月、そのための「政策評価にかんする標準的ガイドライン」を発表した。さらに、来年の通常国会に「行政評価法」の提出をめざすとしている。
 この「政策評価制度」は、行政活動を費用対効果の観点から見直すというもので、すでにアメリカ(「政府業績評価法」)やイギリスなどで導入されている。もともとは、レーガンやサッチャーの「行革」路線に端を発し、「行政の効率化」を看板にして、実際には、福祉や住民サービスの切り捨て、職員の大幅削減をねらってすすめられてきたものである。
 本稿は「政策評価制度」の検討が主題ではないが、この「制度」は、応能負担で負担増をはかったり、事業の民間委託でコスト削減をすすめるのが特徴で、住民サービスや必要な施策の切り捨てにつながる危険性だけは指摘しておきたい。
 与党、とくに公明党は、この「政策評価制度」のなかで、公共事業の見直しを法制化すべきであると主張している。また、財界系のシンクタンクである日本経済調査協議会の提言(「利用者と納税者のための公共事業改革」)でも、「行政評価法」を制定し、公共事業の評価(費用対効果)をおこなうよう求めている。
 しかし、公共事業は行政の事務事業一般とは性格のちがう事業である。多額の税金をつかうだけでなく、借金返済や維持管理費が将来の財政を制約する。利権の入り込む余地も大きく、まちづくりや自然環境にあたえる影響も多大である。
 官庁が自分たちの事務事業を自分たちで評価することを基本とした「政策評価制度」では、スポーツ選手が審判も兼ねるようなもので、チェック機能が十分にはたせない。それゆえ、アメリカやイギリスでも政策評価制度とは別に、住民参加で公共事業の評価制度を確立しているのである。
 公共事業の評価は「政策評価」一般に埋没させず、独自の評価制度が必要である。
 
3 どういう事業評価制度が日本に必要か

 以上、見てきたように、現在の日本の事業評価制度は、欧米にくらべ、ずさんで実効性に欠けるものである。どういう評価制度を確立すべきなのか、その基本点をまとめると、次のことになる。
 第一に、総合的な事業評価制度とし、それを法制化することである。
 現在は、環境アセスメント、再評価、新規事業採択時評価(費用対効果)が、別々の体系でおこなわれている。しかも、法律で義務づけられているのは環境アセスメントだけである。
 一つの事業を、「事業の必要性」、「費用対効果」、「環境への影響」という観点で、複数の代替案(事業をおこなわないという選択肢もふくむ)を検討する制度が必要である。さらに、開発される地域や更新される建物の歴史的、文化的価値も考慮されなければならない。
 こういう総合評価制度を、国、地方の一定規模以上の事業に義務づけることを法制化すべきである。
 第二に、その評価をおこなう時期は、計画、事前、事後の三段階でなければならない。
 第三に、計画段階からの住民参加と情報公開の徹底である。このことが評価の客観性、実効性を担保するカギとなる。
 住民が意見書を提出できる機会をふやし、住民の意見をすべて公表すること、それがどう審議に反映されたかの経過を明らかにすることが必要である。公聴会も欧米のように、事業官庁と住民が対等に意見をのべられる形式にあらため、住民の合意形成を尊重する制度にすべきである。
 これらの住民参加は、情報公開が徹底されてこそ、有効に機能する。一部の情報を官報にのせたり記者発表だけですますのではなく、インターネットなども活用してあらゆる情報を積極的に公開すべきである。
 第四に、事業官庁から独立した第三者組織である「事業評価委員会(仮称)」を設置することである。
 事業官庁内部の審議会などでは、評価の中立性、客観性が担保できない。国と地方の各段階に、事業官庁から独立した「事業評価委員会(仮称)」を設置すべきである。この委員会には、住民代表や環境団体、その推薦する学者、専門家も参加できるようにしなければならない。そして、委員会の評価結果を、事業の許認可に反映させることが不可欠である。
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