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「属国ニッポン・経済版」をゆく小泉内閣(「経済」2003年2号)
 経済研究者の工藤晃氏は、本誌二〇〇二年一一月号「今日の経済情勢を考える」のなかで「アメリカ帝国主義と『属国ニッポン』」と題し、歴代政府の「大失策」の一つが、外交だけでなく経済的にも米国につき従うという「属国ニッポン・経済版」の政治を続けてきたことにあると指摘している。工藤晃氏のこの指摘は、小泉内閣にも鋭く突き刺さるものである。
 それはたんに小泉内閣が米国の圧力に屈してきたという意味ではない。むしろそれを積極的に受け入れてきたと見る方が正確だろう。なぜなら、もともと米国が発信元である「構造改革」を前面にかかげ、それを繰り返し叫ぶことで「人気」と政権を維持してきたのが小泉内閣だからである。
 本稿では、・属国ニッポン」政治をひた走る小泉内閣の経済政策と米国の要求が、具体的にどう結びついているかを考えてみたい。
米国の軍事戦略と日本マネー
米国の「国家安全保障」に不可欠の日本経済
 ブッシュ大統領は、二〇〇二年九月一七日に「国家安全保障戦略」(The National Security Strategy of the United States of America」以下「戦略」)を打ち出した。この「戦略」の中で米国政府は「自由市場」と「自由貿易」を世界中に広げることこそ人類に平和と繁栄をもたらすものであると訴え、そのためにはテロリストや「圧政者」と戦う必要があると説いている。米国自身が現在のテロリズムをアメリカ主導の「グローバル化」(以下、本稿では「アメリカン・グローバリズム」と呼ぶ)への批判、抵抗と受けとめていることがわかる。
 この「戦略」は国家安全保障に関する文書であるにもかかわらず、わざわざ第六章に「『自由市場』と『自由貿易』を通じてグローバルな経済成長の新しい時代に火をつける」という項目をおこし、「市場経済こそ貧困をなくし繁栄を促進する最良の方法である」「『自由貿易』というものは経済学がそれを中心にすえる以前から『moral principle』(道義上の原則)であった」とか、「投資資金の国際的な流れこそが各国の経済発展に必要」などと好き勝手な理屈を並べて、「アメリカン・グローバリズム」の正当性をアピールしている。いかに米国が「反グローバリズム」を意識し、警戒しているかを表すものである。
 また、この第六章では「ヨーロッパと日本が力強い経済成長を取り戻すことは、米国の国家安全保障にとって不可欠(vital)である…ヨーロッパでの経済的な『構造改革』や日本での不良債権処理の取り組みは特に重要である…彼らの経済成長をうながす政策について我々は定期的な協議を続けていく」と述べている。
 日本の不良債権処理が、どうして米国の国家安全保障に結びつくのかは知らない。「戦略」の文脈から読み取れるのは、日本経済の動向が米国の国家安全保障、すなわち軍事戦略にとって不可欠(vital)なものであるということと、「アメリカン・グローバリズム」を一層、推進する姿勢(日本もその対象であることは言うまでもない)である。
 このことが具体的には何を意味するか。以下、米国の軍備拡大と日本マネー(投資資金)の関係、「アメリカン・グローバリズム」と小泉「構造改革」の関係、という二つの側面から探っていきたい。

米国の財政収支の赤字と軍備拡大
 図1は、米国の国防関連支出の推移である。レーガン政権下(八一年〜八八年)に国防費の増大などで米国の財政赤字は急速に拡大したが、その後、ソ連・東欧の崩壊があり、ブッシュ政権(八九年〜九二年)、クリントン政権(九三年〜二〇〇〇年)にかけて、国防費は削減され、財政再建も進められた。しかし、現ブッシュ政権、とくに二〇〇一年九月の同時テロ事件以降、急速に国防費が増大する。
 米国財政は、二〇〇二会計年度(二〇〇一年一〇月〜二〇〇二年九月)で五年ぶりに、一五九〇億(約一九兆八〇〇億円)の赤字に転落した(一〇月二四日、米行政管理予算局発表)。景気低迷による税収の落ち込みもあるが、テロ対策費や国防支出などの増加がおもな原因である(二〇〇二年度国防予算は、三四八〇億で前年度比一二・八%の大幅な増加)。
 また、昨年二月にブッシュ大統領が示した二〇〇三会計年度(二〇〇二年一〇月〜二〇〇三年九月)の「予算教書」でも、対テロ戦争の勝利、国土防衛、経済再生の三点をあげ、その成果達成のために財政赤字を容認するとしている。この「教書」でも、最も重点が置かれているのが国防予算で、三七九〇億(約四五兆五〇〇〇億円)、前年度比八・九%増加の高い伸びとなっている。そのため議会予算局(CBO)による二〇〇三会計年度の赤字見込みは、一四五〇億にのぼる。
 現在、米国が声高に叫んでいるイラク攻撃がもし強行されるならば、この財政赤字にさらに拍車をかけるのは間違いない。湾岸戦争の場合、戦費全体は六一〇億だったが(九二年一月米国防総省発表)、このうち同盟国等が約五四〇億(うち日本が一一〇億)を拠出している。しかし、今度のイラク攻撃には同盟国からの戦費負担が期待できない場合も米国は想定しており、リンゼー大統領補佐官(当時)は「一〇〇〇〜二〇〇〇億かかるだろう」(「ウォールストリートジャーナル」紙とのインタビュー)と述べている。また、一〜二ヵ月の戦闘期間という想定でも、下院予算委員会が試算した総費用は三〇六〜五九八億、議会予算局(CBO)の試算では二一二〜三六五億となっている。

米国の軍拡と日本マネー
 米国の財政資金はどう調達されているのであろうか。米国の二〇〇一会計年度の財政収支は一二七一億の黒字であった。二〇〇二年度の赤字転落を考え合わせると、〇一年度から〇二年度にかけて相当の財政資金需要のシフトが生じたと考えられる。しかし米国は、国内の低貯蓄率と経常収支の赤字から、海外からの資本調達に頼らざるを得ない。実際、米国の民間資本収支の純流入額は、九九年の三二一六億から、二〇〇一年の四五五三億へと急増している(米商務省資料)。
 海外からの資本調達のおもな手段は米国債の発行であり、その最大の引き受け手は日本である。
 表1は、国別の米国債の保有残高を示す資料である(米国財務省統計)。日本の購入分は、二〇〇二年九月で見ると、諸外国のうちダントツの第一位で三五八五億(約四三兆円)、二位の中国の四倍、三位の英国の四・八倍である。さらに米国債のうち、外国が購入している分の全体に占める割合は、日本が九九年一二月の二五・七%から〇二年九月の三一・九%に大幅に増加させているのに対し、イギリスは一九・五%から六・六%に、ドイツは七・八%から三・六%に、フランスは二・五%から一・五%にそれぞれ激減させている。ヨーロッパがユーロの発足と一定の景気の持ち直しで資金を引き上げているのにたいし、日本だけが一生懸命、米国財政を支えているという「属国ニッポン」の姿が浮かび上がる。
 表2は、米国の二〇〇二会計年度(〇一年一〇月から〇二年九月まで)の、米国の「財政収支」、日本の「米国債購入」状況と「外貨準備高」の推移を並べたものである。その間の米国の財政赤字が一五七七億(約一八兆九〇〇〇億円)、日本の米国債購入の増加額が四七〇億三四〇〇万(約五兆六四〇〇億円)、すなわち米国が出した赤字の約三割を日本が米国債を買い足して支えたのである。さらに外貨準備高(これには米国債だけでなく外貨預金も含まれる)も五五〇億二四〇〇万(約六兆六〇〇〇億円)増加している。この一年、米国が軍事費拡大で招いた財政収支の赤字を日本が支え続けてきたことがハッキリとあらわれている。
 日本で米国債を買っているのは、ほとんどが政府、日銀と銀行などの機関投資家である。
 この一年間、政府と日銀がブッシュの軍拡を財政的に支え、銀行も、超金融緩和で日銀からジャブジャブに供給されたお金を市中に回さず、中小企業にたいする貸し渋り・貸し剥がしまで引き起こしておきながら、そのお金で米国債をどんどん買って、ブッシュの軍事戦略を後押ししてきたという許しがたい構図である。
 米国が「国家安全保障戦略」で、日本経済が米国の国家安全保障にとって不可欠(vital)と表現した意味は、この日本マネー(投資資金)の確保に他ならない。
 ジャパン・エコノミックパルス副社長の上坂郁氏(金融コンサルタント)によれば、九月の日米首脳会談前に、ブッシュ大統領から小泉総理に「親書」が送られたという。その中でブッシュは「米国債の売却自粛」を求めたとされる(『金融ビジネス』二〇〇三年一月号)。「親書」の有無は別にしても、米国の軍事戦略にとって、その最大の財政的な保証が日本マネーの確保であることは間違いない。

なぜいま「円安」誘導なのか
 この間、米国政府が不良債権処理「加速」とセットで強く要求してきたのが、日銀による一層の金融緩和である(ハバードCEA委員長、テーラー米財務次官など)。日本の長期にわたるゼロ金利政策と量的緩和で、日本国内では莫大な国民の利子所得が奪われる一方で、大量の資金が日本から米国株式市場や米国債に流れ、クリントン時代の「ニューエコノミー」を支えてきた。しかし、現在、米国では、バブル崩壊後の景気減速に加え、エンロンやワールドコムの不正事件以来、企業の会計不信も広がり、株安、ドル安の「米国売り」基調が続き、資金の流出が懸念されている。
 二〇〇二年一一月六日、米国連邦準備制度理事会(FRB)は、フェデラル・ファンド(FF)レートの誘導目標を現行の年一・七五%から同一・二五%に〇・五%引き下げる大幅な追加利下げを決めた。短期的な株価の押し上げ効果をねらったものと思われる。しかし米国は、海外の資金を引き寄せるために、金利を高めに維持する必要性がある。とくに日本との金利差が縮まれば、資金は日本から米国へ流れにくくなる。米国が再三にわたり、日本の金利が上がらぬように金融緩和を求めてきた理由はここにある。同時に、日本が一層の金融緩和を進めれば、円の価値を引き下げることにつながり、円安・ドル高への誘導策となる。米国の「ドル安」基調を食い止めたいもくろみが読み取れる。
 これに対し日本政府、日銀は「円高抑制」のためとして、二〇〇一年の九月と二〇〇二年の五月に欧米の外国為替市場でそれぞれ三兆円、四兆円規模の「円売り・ドル買い介入」をおこなっている。その後も塩川財務大臣はたびたび「円安容認」発言をくり返している。もちろん、これには円安誘導で輸出の伸びを期待する日本側の思惑が大きい。ただこれが米側の「円安・ドル高」誘導と軸を一にする面も見逃せない。
 しかし、ドル安が進行している根底には、米国に集中し過ぎた資金を、景気が回復しつつあるユーロ圏に移動させようというマクロ経済の変化と、株価低迷や大企業の相次ぐ不正経理問題などでの米国の景気の先行き懸念がある。要するに米国流「株価資本主義」のバブル崩壊がおおもとにあるのである。米国が日本に金融緩和や「円安・ドル高」誘導をいくら要求しても、当分、ドル悲観論の広がりを食い止めることはできないだろう。「円売り・ドル買い介入」で購入したドルもほとんどが米国債の購入にあてられる。米国が日本に円安を求めるということは、米国債の購入を求めるということでもある。結局、日米共同の「円安・1668ドル高」政策は日本の米国債の保有残高が増え、米国の軍拡を支えるだけにすぎない。
アメリカン・グローバリズムと小泉構造改革
 次に米国が進める「アメリカン・グローバリズム」と小泉「構造改革」の関係についてふれたい。

米国が日本に求める「構造改革」とは

 そもそも米国は、日本の「構造改革」になにを求めてきたのだろうか。
 この点では、米国「外交問題評議会」(The Council on Foreign Relations 略称 CFR)が二〇〇〇年一二月にまとめた提言「新政権のための対日経済指針」(Future Direction for U S Economic Policy Toward Japan)が重要である。
 米国「外交問題評議会」は、四〇〇〇人のスタッフをもつ巨大シンクタンクで、米国の外交方針の策定に深く関与してきた機関である。CFR自身も「一九二一年の設立以来、「『外交問題評議会』は、栄誉ある有力な非政府組織として、米国が国際社会でいかなる立場をとるかを論じる壮大な舞台の監督の役割を果たしてきた」(ピーター・グロース著『世界的外交シンクタンクの誕生〔米国外交の本懐〕』原題「Continuing the inquiry)と自負するように、米国政府が外交方針についての提言や調査研究をCFRに委託するという関係である。
 この「新政権のための対日経済指針」は、二〇〇一年一月に発足したブッシュ新政権のために提言したものであり、日本の「構造改革」路線を検証したうえで、「規制緩和」や「金融改革」などの分野で今後何をどのように日本に要求すべきかについて述べている。
 それまでの「構造改革」路線について、「すでに現実となっている金融システムの改革は米企業の利益や目的に合致しており、米国は今後も日本市場で起きている改革路線を支援するべき」(『Foreign Affairs』日本語版、二〇〇〇年一二月号、七六頁)と一定評価したうえで、「だが構造的な変化と改革のプロセスは本物だが、それは一貫性に欠けるし、ペースもひどくゆっくりとしている。改革が後退する危険も十分ある。政治、ビジネスの指導者たちのなかで、こうした変化を支持する者、反対する者の根深い対立が存在する以上、反対派の力を侮ってかかるべきではない」(同七九頁)という危惧も示している。ここで言う反対派とは、のちに「抵抗勢力」のレッテルを貼られる自民党内の「構造改革」消極派のことを指しているのであろう。
 さらに「指針」は、具体的な対策として、@日本に外国からの直接投資の受け入れをさらに促すような「規制緩和」と不良債権処理を求める、A会計、監査制度や企業合併・買収(M&A)などの競争促進政策について交渉すべき、B日本への投資を容易にするための連結納税改革、C「一世紀前の代物である」日本の商法を改正し、現代的な金融取引(株式の発行・分割、ストックオプション、年金の通算制度)の障害を取り除く、D税制では、親会社と海外子会社の取引移転価格、ベンチャー・キャピタル投資、外国企業との株式交換などにたいする源泉税率など諸問題の交渉、E日米間の反トラスト規制、F日米の財界指導者間の公的な「対話」の形成と促進(それを通じて日本の財界指導者から日本政府に圧力をかけさせる)、Gサービス産業とくにテレコミュニケーション部門の「規制緩和」(とくにNTTの独占を問題視)、の八項目を提言している(同八三頁)。経済指針」というより米国企業の「ビジネス戦略」といった内容である。
 また「アプローチについての提言」では、「日本国内の改革勢力が力を得ていくにつれて、こうした勢力は、日本市場を開放することを目的に行使されたこれまでの『外圧』に取って代わる役目を果たすようになるだろう」「米国政府は、日本で有意義な経済改革が進展した場合にはそれを評価・称賛し、改革のデザインと実施については、テクニカルな支援を申し出るべきであろう」(同八六頁)と述べ、日本の「構造改革」勢力を支援することが、外圧の役割を果たし、米国企業の利益になることを強調している。

「ローラ・タイソン・グループ」リポート

 もともとこの「対日経済指針」は、CFR内の「ローラ・タイソン・グループ」のリポート(二〇〇〇年一〇月二四日発表)が下敷きになっている。このグループの長であるローラ・タイソンとは、クリントン政権下の初代経済諮問委員会(CEA)委員長であり、当時はカリフォルニア大学バークレー校ビジネススクールの学部長である(現ロンドン・ビジネス・スクール部長)。タイソンはその著書『「閉鎖大国」ニッポンの構造』(九四年、日刊工業新聞社)で、日本市場の閉鎖性を問題視し「市場開放」を求めている。
 この「タイソン・グループ」リポートでは、・対日指針」より詳細かつ露骨に米国の「ビジネス戦略」が展開されている(全文訳『週刊ダイヤモンド』二〇〇一年三月三〇日号)。
 なかでも「多くの日本企業や金融機関が、倒産の瀬戸際に追いつめられたり大規模なリストラが迫られるなかで、外国の資本や専門的な知識を求めるようになった。外国企業にとってまたとない参入のチャンスが到来している」「不良債権を外国企業が買い取ることで銀行危機が回避できるなら有り難いと支持されている」など、不良債権の処理促進こそが米国企業の参入を促すと強く主張している点に注目すべきである。

米の「指針」そっくりに動き出す日米政府

 ブッシュ政権発足の二ヵ月後、二〇〇一年三月の日米首脳会談で、ブッシュ大統領はさっそく「対日経済指針」どおりに、森前首相にたいして日本に不良債権処理の促進を求め、森内閣も四月の「緊急経済対策」で不良債権の直接償却(オフバランス化)を打ち出した。
 また六月には、米国務省がブッシュ大統領に「日本への直接投資促進のためのレポート」を提出している。これは日本の経済産業省と共同で作成されたもので、「対日経済指針」同様、日本への直接投資(米国企業の進出)のためには一層の「規制緩和」(とくに倒産、会計、企業再建などに関する法改正)が必要であることを提言している(六月三〇日「副報道官声明」ホワイトハウス・ホームページ)。
 そして六月末に出された小泉内閣の「骨太方針」には、「対日経済指針」で提言された「規制緩和」や不良債権の「早期最終処理」などの「構造改革」メニューがそっくり盛り込まれている。米国にとって「構造改革」を前面にかかげる小泉内閣の発足は、「一貫性に欠け、ペースもひどくゆっくりとしている(対日経済指針)」森内閣に比べ、まさに「評価・称賛し、改革のデザインと実施についてテクニカルな支援を申し出るべき(同)」存在と写ったに違いない。実際、小泉内閣は米国の期待通り、不良債権処理はもちろん、「規制緩和」の諸施策を具体化していったのである。
 ちなみに、小泉首相は、二〇〇二年九月の日米首脳会談の前日、ニューヨークでおこなわれたCFR主催の講演会で、「二一世紀の日米同盟・三つの挑戦」と題して講演し、そのあとの質疑で「私は不良債権処理を加速するという結論に達した」と宣言し、拍手喝采を浴びている(九月一〇日、「CFR」講演録)。また、一一月二五日の予算委員会で、私が質問通告をせずに「総理は、『対日経済指針』を読んだことがあるか」と尋ねたのにたいし、小泉首相は「読んだことはないが、要約は伺っている」と答弁している。
 以上、見てきたように、米国が日本の「構造改革」に求めるものは、第一に米国企業の日本進出を促進するための「規制緩和」、第二に不良債権処理の「加速」である。この二点について、その要求がどう実現していったのかを次に述べてみたい。

米国企業の日本進出のための「パートナーシップ」

 『通商白書・平成一三年版』(各論)は、「新政権下での日米関係に関するこれまでの主な動き」のなかで、「ローラ・タイソン・グループ」のリポートを取り上げている(第三部・第五章・第二節)。表3は、経済産業省が、二〇〇〇年一一月の米国大統領選挙の時期から、昨年六月の「成長のための日米経済パートナーシップ」がまとめられる間までの動きをまとめたものである(経済産業省ホームページ「対外経済政策総合サイト」米国)。
 「ローラ・タイソン・グループ」のリポートが出されて以来、そのシナリオどおりに平沼通商産業(現経済産業)大臣が「日米ニューエコノミーイニシアティブ」(日米「官民会議」の設置と「次官級協議」の定例化)を提唱し、二〇〇一年六月三〇日の日米首脳会談では、新たな日米経済関係の枠組みとして「成長のための日米経済パートナーシップ」が発表された。
 しかし考えてみれば、いくら外交問題評議会(CFR)が巨大で影響力があるとは言え、日本政府が外国のシンクタンクのリポートを、対外経済政策をまとめた経過表にエポックとして書き込むこと自体おかしな話である。最初から米国の戦略に飲み込まれた「パートナーシップ」であることを、政府自ら告白しているようなものである。
 この「日米経済パートナーシップ」は具体的なテーマとして、@「規制改革及び競争政策イニシアティブ」(電気通信、情報技術、エネルギー及び医療機器・医薬品の四分野については分野別作業部会を設置し、「法制度改革」や「商法改正」問題などは本作業部会で議論する)、A「財務金融対話」(マクロ経済と不良債権問題などで意見交換を行う)、B「投資イニシアティブ」(直接投資促進のための法令、政策及び他の措置を扱う。企業ガバナンス、破産、雇用の流動化、土地流動化を含む)、C「貿易フォーラム」(貿易及び貿易関連の問題を扱う)などをあげている。これらのテーマは、「対日指針」が日本に要求すべきとした項目そのものである。

身勝手な要求をなし崩しに商法などの「改正」

 その後、二回の次官級会議や、ワーキング・グループ会合、「日米投資セミナー」を経て、二〇〇二年六月二六日に出された「日米投資イニシアティブ報告書」(経済産業省)では、今後の具体的な取り組みとして、「会社法改正」(米国型コーポレートガバナンスを選択する余地の拡大、ストックオプション制度の完全自由化)、「会計制度の見直し」(連結会計の導入等)、「土地流動化」(REITの導入等)、さらに「雇用の流動化」と「弁護士・会計士等専門サービスについての制度改革」などをあげている。
 二〇〇二年一一月二二日に開催された「ワーキンググループ」では、米国側から提起された商法等の関連事項(合併手続の柔軟化、「産業再生法」改正や「商法」改正によって三角合併及び現金合併などの手続を可能とすること)や、企業統治の改善(株主への委任状書類送付期間の拡大など)について意見交換が行われている。
 そもそもこの数年の商法関連の「改正」が、「ストックオプション」や「会社分割制度」などいかに「アメリカン・スタンダード」の持込みであったかは、井上哲士・日本共産党参議院議員が『前衛』一二月号「グローバル・スタンダードの破綻と日本の商法改正」で詳しく解明している。
 二〇〇二年五月に成立した商法「改正」(日本共産党だけが反対、他の全会派賛成)では、企業が社外取締役を起用することを条件に監査役の廃止を認めた。米国の要求であったコーポレートガバナンス(企業統治)の「アメリカ化」である。また、株式交換を国外企業にも可能にするなどの商法「改正」は、二〇〇五年度にむけ作業が行われる予定となっている(法務省)。また、早い段階からリストラや採算部門の切り売りをできるようにする会社更生法「改正」は、この臨時国会で与党と民主党などの賛成で成立した。同じく不良債権処理のスピード化を狙った産業再生法の「改正」も次期国会に提出される予定である。電気・通信分野の「規制緩和」についても今後、各事業法の「改正」が予定されている。
 グローバル化一般や規制改革の全てを否定するものではないが、「アメリカン・グローバリズム」の身勝手な要求に、ただなし崩し的に対応していく日本政府の姿はみじめとしか言いようがない。
 筆坂秀世・日本共産党政策委員長(参議院議員)は、「『前衛』二〇〇二年一一月号の論文「グローバル化をどうみるか」のなかで、アメリカ主導のグローバル化とどう対峙するかについて、@公正・互恵の貿易関係、A各国主権の確立、B規制緩和一辺倒でなく必要な政府の介入を認める、C金融投機への規制、DIMF、WTOなどの民主的改革、という五点での改革方向を示している。政府は主権国家として当たり前のこういう判断基準をきちんと持つべきである。
 もちろんこの間の流れには、リストラ促進や雇用の流動化、破たん大企業の早期「再生」を求める日本の財界の意向も働いている。米国政府と日本財界の要求が両面合わさって、一連の法「改正」が進み、今後も進められようとしていると見るべきだろう。そのなかで常に犠牲になり、切り捨てられてきたのが、大量に解雇された労働者であり、弱い立場にある関連中小企業である。
米の圧力で「加速」する不良債権処理
表4は、この一年半余りのおもな日米政府の動きと不良債権処理策の推移をまとめたものである。二〇〇一年三月一九日、森(前)首相とブッシュ大統領の会談をきっかけに、不良債権の「最終処理」が日本の政府の中心課題に浮上する。ここからすべてが始まったと言える。
 しかし、米国の催促で始まり「進展」してきた不良債権の「早期最終処理」であるが、その後、米国の求める「不良債権の市場への早期売却」(表4)はあまり進まず、この点で米国側の「苛(いら)立(だ)ち」がしだいに募っていくことになる。

銀行の「追い込み」と外資への売却

 事態が急展開するのは、二〇〇二年九月の日米首脳会談以降である。
 六月のカナナスキス・サミットでの日米首脳会談の段階では、ブッシュ大統領から不良債権処理の加速を求められた小泉首相は「なかなか見えにくいかも知れないが、昨年来、日本なりの方法で着実に進めている」と日本の取り組みを説明し理解を求めている。ところが、そのわずか三ヵ月後の九月一二日の日米首脳会談では、小泉首相は一転して不良債権処理の遅れを認め、・不良債権の処理を加速する」と強い決意を表明することになる。
 この会談を境にして、今までの不満を一気に爆発させるかのように、ハバード大統領経済諮問委員会(CEA)委員長をはじめ米国政府高官が、あからさまに不良債権処理「加速」に口を出してくる(表4参照)。
 この際に米国が求めてきたのは、今までのように大銀行の存続を前提に不良債権をオフバランス化するというものではない。銀行そのものの「追い込み策」である。従来より格段に厳しい検査と自己資本の査定で銀行を追い込み、存続可能な銀行と破たんさせる銀行を選別する。存続が可能なら公的資金を投入し「国有化」する(その先には長銀のように外資への売却が待っている)。同時に、不良債権(破たん企業、担保の不動産など)の市場(外資)への早期売却である。
 そして出てきたのが米国の要求とそっくりウリ二つの竹中「加速策」(金融再生プログラム)である(表5)。米国の注文どおり、まぎれもなく「銀行追い込み策」である。(以上の詳細は拙稿『前衛』一月号の「米国はなぜ不良債権処理『加速』を求めるのか」をご参照いただきたい)。
 一一月二五日の予算委員会で、私は、小泉総理に竹中「加速策」と米国の注文がウリ二つではないかとただした。小泉は「アメリカが色々考え方を述べるのは歓迎すべき」「アメリカの意見を日本が採用するかどうかは日本政府が独自に考えるべきこと」と答弁した。しかし、日本政府が独自に考えるのは当たり前のことで、「考えた」結果、米国の意見をそのまま採用したということは、結果がすべてを物語っている。
 こんなシナリオどおりに不良債権処理を「加速」すれば、さらに大量の倒産、失業が発生し、経済も国民の暮らしも取り返しのつかないことになってしまう。不良債権も新規発生が止まらず結局、残高は増えるばかりである。さらに、莫大な公的資金の投入で国の財政も完全に破たんする。小泉内閣はそういう極めて危険な道に踏み込もうとしている。

不良債権市場米金融資本に「チャンス」

 なぜ米国政府は、これほど執拗に日本に不良債権の「加速」を求めるのだろうか。その背景には、米国金融資本(その中核は投資銀行、証券会社、投資ファンドである)の日本の「不良債権ビジネス」にたいする強い欲求がある。
 九六年に始まった日本の「金融ビッグバン」(これそのものも米国の要求が背景にあったが)に期待したアメリカの投資銀行や証券会社は、デリバティブ(金融派生商品)など彼らの金融手法を駆使し、日本の個人資産一四〇〇兆円の取り込みを狙って日本に上陸した。
 しかし、「金融ビッグバン」で、投資信託や保険の銀行窓口販売、銀行と証券の相互参入などの「規制緩和」は進んだものの、不況の長期化や株式市場への国民の不信も相まって、個人資産の証券市場への流入や年金など機関投資家の運用の変化はほとんど進まず、見込んだような収益をあげることはできなかった。メリルリンチ証券は、山一証券から引き継いだ店舗を二八店舗中、二〇を閉鎖。モルガンスタンレー証券も個人部門から撤退。ジェネラルやチャールズシュワブも撤退を余儀なくされた。そのなかで、瑕疵担保特約付きで旧長銀を買収し、収益をあげているリップルウッドは、数少ない日本での「成功モデル」となっている。
 その外資が、一昨年の時点で日本の不良債権市場に対し何を考えていたのか。「日経新聞」がニューヨークで直接、外資のトップにインタビューをしている(日経」二〇〇一年八月二日)。
 このなかでマイケル・ニール(GEキャピタル社長)は「提携、買収、どれも経済が好調のときはあまり出てこない」「経済が難しい状況にあるからこそ、日本は外資にはチャンスだとも言える」「この数年で三百億(約三兆七千五百億円)日本に投資した。今後二年で倍の事業にしたい」と述べている。テイモシー・コリンズ(リップルウッドの最高経営責任者、旧長銀を買収)は、記者に「日本でさらに大手銀行を買う意志があるか」と尋ねられ、「もちろんある。金融当局が外資のノウハウをみれば、我々を使いたいと思うだろう」と答えている。
 モーリス・グリーンバーグ(世界有数の保険会社・アメリカンインターナショナルグループ会長、旧千代田生命を買収しAIGスター生命を発足)も、「東京生命の買収にも手をあげたが、今後も買収を続けるのか」と聞かれ、「もちろんだ。それが我々の戦略だ」と答え、さらに「破たんした邦銀を外資が買うことに対するアレルギーが日本にあると思うが」との問いには、「長銀の例もあり、大きな問題とは思わない。それよりまず、政府が資金を入れて不良債権を除去することだ。債務超過を解消しないことには買い手が現れるはずがない」と述べている。
 九八年から二〇〇〇年くらいまでの間、米国系外資は、韓国の不良債権処理にともなう大企業と大銀行の買収に「ビジネス」を集中していた。それも一息ついた外資が、日本の個人資産一四〇〇兆円は当面、動かないと判断したうえで、・三〇兆円市場」と言われる日本の不良債権マーケットでの「ビジネス」に本格的に乗り出したいと考えても何の不思議もない。

米国投資銀行やファンドの絶大な政治力

 しかも、この投資銀行や投資ファンドは絶大な政治力を持っている。『週刊ダイヤモンド』九八年五月二三日号で、米国コロンビア大学のジャグディッシュ・バグワティ教授(GATT・関税および貿易に関する一般協定の経済政策アドバイザーを務めた)は、「資本の神話・資本移動の自由を謳歌するウオール街『財務省複合体』」と題し、次のように述べている。「米国金融界は政界に尋常ならざるコネを持っている…『パワー・エリート』と呼ぶべきだろう」「ルービン財務長官はウオール街出身(ゴールドマン・サックス)、アルトマンはウオール街から財務省(クリントン政権時の財務副長官)を経て再び金融界に戻った。ブッシュ政権(父)時代の財務長官ニコラス・ブレイディ(投資銀行ディロン・リード社出身)もその後、金融界に復帰している…この他にも例をあげればキリがない」(カッコ内は大門調べ)。付け加えれば、クエール前副大統領(クリントン政権)はサーベラス社顧問になっているし、次期大統領補佐官に予定されているスティーブン・フリードマンはゴールドマン・サックス元会長である。さらに次の項で述べる「カーライル」社の政界との驚愕すべき人脈などを考えると、投資銀行やファンドが、米国政府をつうじて日本に圧力をかけさせることなどたやすい話である。

巨大軍事投資会社「カーライル・グループ」の怪

 ここでどうしてもふれておきたいのが、米国投資ファンド「カーライル・グループ」のことである。
 一九八七年に設立された「カーライル・グループ」は運用総額一三〇億、総勢二七〇人のスタッフをもつ世界最大級の「プライベート・エクイティー・ファンド」である。プライベート・エクイティとは、未公開企業の株式を購入し、転売するもので、銀行や年金基金などの機関投資家と一部の超資産家だけに開かれたビジネスである。過去一〇年間の平均で年三四%という驚異的な配当をおこなっている。「カーライル」が所有する会社は一六四社、社員数は七万人、売上高一六〇億(二〇〇〇年)である。
 創業者はディビット・ルービンシュタイン(カーター政権の大統領補佐官)で、会長は元ブッシュ政権の国防長官だったフランク・カールッチである。ほかに、上級相談役には同政権の国務長官だったジェームス・ベーカーが就いている。ヨーロッパの顧問団に英国のメージャー元首相、「カーライル・アジア」の顧問団には、元フィリピン大統領のラモス、韓国の朴泰俊(パク・テジュン)元首相も名を連ねている(米国「カーライル・グループ」本社・ホームページ)。
 そしてブッシュ元大統領は、「カーライル・アジア」のシニア・アドバイザー(上席顧問)である。九七年から始まる韓国の経済危機の際に、ブッシュ元大統領は韓国の首相や他の政府高官、財界の首脳陣などと会談、その結果「カーライル」は「韓美銀行」の所有権を巡る熾烈な競争に勝ち、筆頭株主となったと言われている。
 しかし「カーライル」は、ただの投資ファンドではない。軍事投資会社である。
 二〇〇一年三月六日の「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」(「旧ブッシュ陣営の新しい戦い」レズリー・ウェイン)によれば、「過去十年間にカーライル帝国はその領域を三つの大陸に広げ、世界のほとんどを網羅した。多数の会社を所有し、米国最大の兵器メーカーを傘下に収めると同時に、世界の通信分野における主要企業でもある」「戦車、航空機の翼、その他さまざまな軍事用品を製造する会社を所有することによって、米国十一番目の兵器メーカーになった」という。
 この軍事投資会社が、二〇〇一年八月に日本に進出し「カーライル・ジャパン」を立ち上げた。二〇〇二年六月一九日、来日したジョージ・ブッシュ元大統領は、小泉首相に会ったあと、日本政策投資銀行の小村総裁と会談している。そのあと一〇月一日に政策投資銀行は「カーライル・ジャパン」に四〇億円の出資を決定する。日本政策投資銀行が「企業再建のためのファンド」に出資することは、小泉内閣の「改革先行プログラム」で決められ、一三年度補正予算で一〇〇〇億円の投資ワクが設けられた。しかしなぜ、本業が軍事投資会社であり、バイアウト(企業買収)専門のファンドに日本政府が出資をする必要があるのか。
 この点を一一月二一八日の参議院財政・金融委員会で小村総裁に質問した。小村総裁は「カーライルを出資先に選んだのは、あくまでも企業再生能力があるから」という答弁を繰り返し、「ブッシュ元大統領からの『要請』はなかったのか」という問いに対しては、「大政治家でありますから、私ごときに個別の事業についてどうこうというお話は一切なさりませんでした」と否定をした。「私(、)ご(、)と(、)き(、)に、特別な用もないのに会いに来るのがおかしいではないか」と詰めても、ひたすら「『要請』はなかった」と繰り返すだけだった。
 巨額マネーを操る「カーライル」にとって、四〇億円の金額に意味があるとは思えない。目的は「信用づけ」である。日本で投資マネーを集めるためには、国策事業に名前を載せること、すなわち政策投資銀行もカーライルに出資しているという「お墨付き」が欲しかったのである。いま政策投資銀行に、この「お墨付き」欲しさに数十社という投資ファンドが殺到していることは、業界では周知の事実である。
 政策投資銀行の出資金の原資は財投資金など国民のお金である。結局、政策投資銀行が「カーライル」の「広告塔」にされ、その広告代は国民のお金でまかなわれたということになる。米国の巨大な軍事投資投資会社である「カーライル・ジャパン」が、日本で一体、何を狙っているのか、厳しく監視していく必要があるだろう。
 
 以上、国民を犠牲にし平和を脅かしてまで「属国ニッポン・経済版」の道をひた走る小泉内閣の姿を明らかにしてきた。こんな内閣は一日も早く退陣に追い込まなくてはならない。
 なお、本稿では触れることができなかったが、「属国ニッポン・経済版」のもう一人の主役である日本の財界が、米国と小泉内閣の両方を睨みながら、何を考え何をしようとしているのかも今後明らかにする必要があると考えている。
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