● ● ● ● 大門実紀史 Daimon Mikishi  ● ● ● ●

[所得税法第56条廃止へ]財務省を追い詰めた国会論戦(「議会と自治体」2009年9月号)
党参議院議員 大門実紀史
 日本の経済を根底で支えているのは、中小業者です。その中小業者の経営は、大半が事業主と家族の労働によって成り立っています。とくにこの大不況のなか、中小の事業所や商店では人を雇う余裕などなく、事業主の妻や子どもの働きによって苦境を乗り切ろうと懸命の努力をされているのです。
 この家族従業員が果たす社会的役割を思慮するどころか、その権利をふみにじり、経済的な損失をあたえてきたのが、「悪名高き」所得税法第五十六条です。
 所得税法第五十六条がもたらしている実際の弊害や歴史的経過については、本号の牧野由子さん(全商連婦人部協議会事務局長)の論文にくわしくふれられています。牧野さんがのべておられるように、この間、第五十六条をめぐる政府、財務省の姿勢に変化が生まれてきたのは、全商連婦人部をはじめとした現場のねばり強い運動の成果です。長年のご奮闘に、この場をお借りして心から敬意を表します。
 拙稿では、牧野さんの論文をふまえ、国会論戦にしぼってのべたいと思います。

財務省の「理屈」に三つの矛盾点
 これまでも日本共産党は、所得税法第五十六条の問題について、何度も国会で取り上げてきました。大先輩の故正森成二元衆院議員をはじめ、石井郁子前衆院議員、吉井英勝前衆院議員などが、その不当性を国会の場で追及しました。
 今年三月、私としては初めてこの問題を取り上げるにあたり、諸先輩たちの過去の議事録を読み返し、財務省(旧大蔵省)が、所得税法第五十六条の必要性、存在理由として長年、国会で答弁してきた「理屈」をあらためて整理してみました。
 官僚はつねに、かれらなりの「理屈」をもって政策の「正当性」を主張します。したがってその「理屈」を崩されるのをいちばん嫌がりますし、それが崩されたときには政策の変更を余儀なくされることがあります。五十六条廃止にむけて一歩でも前にすすめるためには、こちらの主張を展開するだけでなく、具体的にかれらの「理屈」の矛盾点を突き崩すことが重要だと考えました。
 そこで、委員会の場で質問する前に、財務省主税局の担当者を私の部屋に呼び、かれらが言ってきた「理屈」について、徹底的に議論しました。そのなかで、財務省の「理屈」の矛盾点は、主につぎの三点にあると考えました。
@法律の一つにすぎない所得税法が、なぜ人間が実際に労働したという事実を否定することができるのか
 所得税法第五十六条の最大の矛盾は、家族従業員の給与を経費として認めないこと、すなわち、実際に働いている人間の正当な給与(対価)を、税法上、否定していることにあります。
 人間が働いたら、その労働にふさわしい給与を受け取るのは当然のことです。かりに家族従業員が、世間的な常識での評価として年間百五十万円の給与に匹敵する労働をしても、所得税法第五十六条のもとでは、妻の場合、事業専従者控除額八十六万円だけ、その他親族の場合は五十万円だけしか認めない――これは、おかしな話です。
 外に働きに出れば、百五十万円の給与が得られる労働をしているのに、家族従業員というだけで、実際に人間が働いたという事実も、その給与(対価)も認めない――これは、家族従業員の人格を税法上、否定していることになります。
 財務省主税局の担当者に、「たかが法律の一つに過ぎない所得税法が、なぜ人間が実際に労働したという事実を否定することができるのか、その根拠をしめせ」と詰め寄ると、答弁に困り黙りこんでしまいました。
Aなぜ青色申告なら家族従業員の給与を経費に認めるのか
 財務省は、「青色申告にしてくれれば、家族従業員の給与を経費に認めます」と、くり返し国会で答弁してきました。青色申告制度とは、一定の帳簿書類をそなえつけ記帳をした者にたいし、税制上の各種の特典をあたえようというもので、第五十六条の例外として家族従業員の給与(専従者給与)を必要経費に認めています。
 そもそも、実際おこなわれた人間の労働について、当局が申告形式をもって、認めるとか認めないとか勝手に判断すること自体、おごりも甚だしいことです。
 さらに、所得税法第五十六条の目的と「青色申告なら認める」という例外規定の間には、まったく整合性はありません。
 財務省によれば、所得税法五十六条の目的は、要するに中小業者が家族に給与を支払うかたちをとって意図的に「所得分割」をおこない、納税額を低くするのを防止することにあります。
 たとえば、事業主の事業所得が一千万円の場合、実際には働いていないのに家族に何百万円も給与を支払ったことにして所得を分割すれば、それぞれに低い税率が適用され、トータルで納税額を低くおさえることができる――こういう意図的あるいは脱法的な「所得分割」を防ぐためだ、というわけです。
 もちろん、労働の実態がないのに家族へ給与を支払ったことにするなどは、あってはならないことです。しかし、所得税法第五十六条は、こういう一部の意図的、脱法的な「所得分割」を防ぐために、実際にまじめに働いている家族の給与(対価)まで、すべて否定してしまっているのです。
 また、意図的な「所得分割」は、青色申告でもありうることで、いくら記帳していても、税務調査のさいに、家族従業員への支払い給与(専従者給与)が労働実態より過大であるとして否認されるケースがあります。「所得分割」と申告形式とは関係がないのです。したがって所得税法第五十六条の目的からすれば、青色申告だけ例外として家族従業員の給与を経費に認める根拠は、なにもないのです。
 もともと青色申告制度は、税務署が税務調査に入ったときに、調査をスムーズにすすめるために奨励してきたものです。記帳や帳簿の保存を義務づけておけば、調査がはかどるからです。この青色申告制度を普及するために、特別控除や家族従業員の給与(専従者給与)を経費に認めるなどの特典をつけたのです。財務省が「青色申告にしてくれれば……」というのは、五十六条とは関係なく、税務調査を効率的にすすめたいから言ってきただけのことなのです。
 この点も財務省の担当者に問いただしましたが、なんの反論もありませんでした。
B記帳が条件というなら、白色申告者も一九八四年から記帳義務となっているではないか
 また、わが党の「諸外国では家族従業員の給与を経費に認めているではないか」という追及にたいし、財務省は「それらの国では記帳が義務づけられている」と答弁してきました。家族従業員の給与を経費に認めるには、記帳が大前提というわけです。「だから日本では記帳義務のある青色申告にしてもらいたい」の一点張りです。
 ところが、じつは日本でも一九八四年(昭和五十九年)から、青色申告者以外の白色申告者でも、年間所得が三百万円をこえる場合は、記帳と記録の保存義務が課されているのです。
 また、諸外国の記帳義務というのは、それほど厳格なものではなく、日本の白色申告者が求められる記帳、記録の保存程度です。したがって「(諸外国のように)記帳をしてくれれば家族の給与も経費に認める」というのなら、八四年から白色申告者も家族従業員の給与を経費に認めるべきだったのです。
 この点こそ、私の部屋に呼んだ財務省の担当者がもっとも答弁不能に陥った点でした。
「研究する」と、画期的な大臣答弁を引き出す
 以上のような事前の財務省の担当者とのやりとりをふまえ、三月と四月の二回、実際に委員会の場で質問に立ちました。また、総選挙の結果、政権の変化もありうる情勢ですので、民主党の見解も聞いておくことにしました。以下は議事録の抜粋(要約)です。

〇九年三月二十四日 参議院財政金融委員会

 大門 家族経営の中で働く女性、業者婦人の方々が経済全体に果たしている役割は大きなものがあると思うが、大臣の認識はどうか。
 与謝野馨財務大臣 私の地元でも、ご主人と奥様ないし家族の方が商店、中小企業をやっておられるのが実情でございます。
 大門 そういう業者婦人の方々の長年の要望になっているのが所得税法第五十六条の廃止だ。この五十六条は何の目的で定められたものか。
 加藤治彦・財務省主税局長 所得税法第五十六条では、事業主から生計を一にする親族が事業に従事したこと等により支払を受ける対価については、その事業主の事業所得の計算上、必要経費に算入しないこととしております。
 具体的に申しますと、事業主がご主人で、奥様が一緒に働いておられる、奥様に給与をお支払いになった場合に、その支払ったものは事業主の所得計算上は必要経費に算入しない、つまり、事業主の事業所得として計算をいたしますという規定でございます。
 これは、昭和二十四年のシャウプ勧告において所得税の課税単位を個人単位とするように指摘がされましたが、その際あわせて、家族従業員を雇用することによって「所得分割」を抑制する措置を併せて導入すべきという指摘があり、この制度が昭和二十五年度税制改正において導入されたものでございます。
 なお青色申告者については、正確な記帳と帳簿書類の保存を求めまして、その申告には各種の税制上の優遇措置の適用を認めることになっております。そのなかで所得税法第五十六条の例外といたしまして、専従者給与について実額での必要経費算入が認められております。青色専従者の給与制度の適用を受けるということをぜひともお願いしたいとおもっております。
 大門 これは、実際に働いている人がいて、その人が働いているという事実を、その人格を税法上、認めるかどうかという基本的人権にかかわる問題だ。それを当局が勝手に、青色申告なら認めます、白色は認めませんなどというのはおごりであり、やってはならないことではないか。
 与謝野大臣 同じように働いている人、同じ税制が適用されるというのは、先生のおっしゃるとおりだと思いますが、やはり税務署が見てある程度の確信を持てなければいけないわけでして、そういう意味では帳簿を整備していただくかいただかないかというので差が出てしまう。これはやむをえないことだと私はおもっています。
 大門 「税務署が見て」という考え方がまちがっていると申しあげている。また、青色申告で記帳していても、実態とかけ離れた専従者給与を支払った場合、いわゆる「所得分割」に該当するわけで、「所得分割」は申告形式とは関係がない。
 そもそも青色申告制度は、記帳や資料保存を義務づけて、いざ税務調査のときにスムーズにおこなえるようにしようというものだ。青色申告制度普及のインセンティブとして、専従者給与を認めただけのことで、「所得分割」の抑制とは何の関係もない。
 いままで財務省は、「諸外国が家族従業員の給与を経費に認めている前提として記帳義務がある。日本でも青色申告では認めています。だから文句があるなら青色申告にしてくれ」と繰り返し答弁してきた。ならば聞くが、昭和五十九年から白色申告にも記帳義務、資料保存が義務化された。その時点で白色申告の家族従業員の給与を必要経費に認めるべきではなかったのか。
 もし白色申告でも記帳が義務化されたが、青色申告の方がより精緻な記帳義務であるというのなら、それは特別控除とか別の特典で配慮すべきであり、人の給与など税法上の人格にかかわることで差をつけるべきではない。この点を研究、検討すべきだとおもうが、大臣どうか。
 与謝野大臣 ……少し研究してみます。

〇九年四月二十三日 参議院財政金融委員会

 大門 三月二十四日の質問で、所得税法第五十六条の問題を取り上げた。そのとき与謝野大臣は「研究する」と、いままでにない答弁をされた。当局としても研究せざるを得ないと思うが、主税局のスタンスを聞いておきたい。
 加藤主税局長 所得税法第五十六条の見直しにつきましては、先般大臣からのご答弁ございましたが、この問題、記帳、帳簿等の保存義務のあり方もからみます。まさに個人事業者の所得の把握をどうするかということとも連関します。いずれにいたしましても、委員ご指摘の点、それから外国での取り扱いもふくめて、きちっと真摯に研究して、抜本税制改革の中できちっと研究していきたいと考えております。
 大門 所得税法五十六条について民主党の考えも聞いておきたい。
 峰崎直樹参院議員(民主党提出法案・発議者) 私ども、この所得税の青色と白色というものの、よくきちんと記帳しているか、していないかということが根拠になっていたものが、白色もじつは記帳しなければならないとなっているので、これまで税務当局がおっしゃっていた根拠はなくなったのではないかという大門委員のご指摘は、私どもも非常に説得的だったと思っています。零細企業の方々の、いまお話しなさったような配偶者の労働にたいする対価をどのように測ったらいいかと、これは本当にしっかり議論しなければならない。大変いいご指摘をしていただいたと思っておりますので、民主党の税制調査会の会長代行をやっておりますが、ぜひそれをしっかり議論の俎上にのせていきたいと思っております。

◇      ◇

 六月一日に全商連婦人部協議会の代表の方々と財務省を訪問し、主税局にたいし、所得税法第五十六条について具体的な見直し作業をすすめるように迫りました。
 担当課長は、「税制の抜本改革のなかで研究、検討していきたい」と答え、事務方もなんらかの検討作業に入る準備をしている感触をえました。
 一方で、したたかな財務省ですから、「税制の抜本改革」――すなわち消費税増税――と引き換えのものとして「検討案」を出してくるのではないかという危険性も感じました。このたたかいは、消費税の増税阻止と並行してすすめることになると思います。
 いずれにせよ、この間の大臣答弁や財務省の姿勢の変化は、従来からすれば画期的ですが、廃止までの道のりを考えると、まだ端緒的な前進に過ぎません。
 すべてはこれからの運動にかかっています。全商連婦人部の百万署名を成功させ、諸団体の参加をふくめさらに運動をひろげるとともに、地方議会での意見書採択など、全国から「所得税法第五十六条廃止」の大きなうねりをつくることが決定的に重要です。
 日本共産党は、ひきつづき現場の運動と力を合わせてがんばる決意です。
(だいもん・みきし)
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