● ● ● ● 大門実紀史 Daimon Mikishi  ● ● ● ●

座談会
本格的転換の年に――労働運動の課題を語る(「経済」2008年3月号)
五十嵐 仁(いがらし じん) 法政大学大原社会問題研究所教授、同研究所副所長
坂内 三夫(ばんない みつお) 全労連議長
大門実紀史(だいもん みきし) 日本共産党参議院議員
写真 田沼洋一

 昨年の参議院選挙結果は、政治の新しい局面を開きました。今年は総選挙が予想されるなか、日本の政治・経済の進路をめぐって、国民的な問い直しが始まりつつあります。本日は、労働政策が専門である五十嵐さん、全労連議長の坂内さん、参議院議員として労働問題を取り上げてきた大門さんに、これからの労働運動、国民的運動の課題について話し合っていただきます。最初、この間の状況について、まとまった発言の後、議論をお願いします。編集部

新自由主義的「改革」は何をもたらしたか
 五十嵐 仁


 私は昨年後半、『労働政策』(日本経済評論社、近刊予定)という本の原稿を書きましたので、色々と調べる機会がありました。すると、この二年間くらいで労働問題や貧困問題の新書や単行本がたくさん出ている。フォローしきれないくらいです。この問題をマスコミなどが取り上げるようになって社会的関心が高まり、「反貧困」や非正規問題での新しい運動が拡大していることを痛感しました。

●生活の土台を崩した労働政策の変化
 まず、新自由主義的政策が労働環境や労働現場をどう変えたか、その特徴を五点にわたってまとめてみましょう。
 一つは、雇用の不安定化、劣悪化です。非正規雇用者の雇用者全体に占める割合は、〇七年一〜三月期の平均で三三・七%となって過去最高です。女性では五四・一%と過半数を超え、いつ雇い止めになるか分からない不安定な雇用が広がっています。フリーター、日雇い派遣、ワンコール・ワーカー、偽装請負など、新しい形態による雇用の劣悪化が進んでいます。
 二つ目は、賃金の下落、ワーキング・プア、貧困化という問題です。二〇〇六年の「民間給与実態統計調査」(国税庁)によると、給与所得者のうち年収二〇〇万円以下の人が一〇二二万八〇〇〇人、前年比四・二%増となっています。給与所得者の四・四人に一人が年収二〇〇万円以下なのです。
 日本では七〇年代から八〇年代にかけて、もう絶対的貧困はなくなり、相対的貧困化が問題だと言われました。ところが今日、働いても生活できない、果ては餓死者も出るという絶対的貧困に逆戻りしているのです。モノの豊かさは達成されたと言う「生活大国五か年計画」(一九九二年)は、遠い昔の話のようです。
 しかも、こうした貧困化が社会的な分断・排除、犯罪の多発など社会問題の背景になっている。これらは経済的にだけでなく、政治的にも解決されなければならない問題です。
 三つ目は、格差の拡大です。所得格差の拡大は高齢化が進んだからだという反論があり、「格差論争」が起きました。しかし、今あげた「民間給与実態統計調査」では、年収二〇〇万円以下層とともに、年収一〇〇〇万円以上の高所得層も二二四万二〇〇〇人増えました(前年比四・四%増)。これは明らかに所得格差が拡大しているということです。
 そればかりではありません。都市と地方の格差も拡大し、人口減や高齢化で地域の存続が危ぶまれる「限界集落」が増え、「医療格差」も深刻です。また、教育や就職の機会喪失によって格差が固定化して希望が失われる「希望格差」、その格差の「遺伝」「相続」さえも言われるようになってきています。
 四つ目に、労働現場の困難や劣悪化がすすみ、メンタルヘルス不全、精神疾患の問題が深刻になり、大規模労災も頻発しています。その結果、過労死・過労自殺がなくならないだけでなく、九年連続で自殺者が三万人以上になっています。一人の自殺者が出ると一〇人が悲しむと言われますが、単純計算でも二七〇万人以上に深刻な影響を与えている。そこまで日本社会は生きるのが難しい社会、生きるに価しない社会になってしまったということでしょうか。
 職場の安全問題では、昨年末にも三菱化成の工場火災で四人が死亡する事故がありました。労災全体では減少傾向ですが、一度に三人以上が死傷する重大災害が増大しています。コスト削減で安全対策がおろそかになっている、非正規雇用の増大で技術・技能が継承されないなどの問題が影響しているのではないでしょうか。
 五つ目は、公共性の衰退という問題です。これは労働分野だけでなく社会全体の問題ですが、公的責任を回避し、「自己責任論」を押しつけるという風潮が一般化しました。政府・政治家の責任回避に始まり、社会的なールの軽視、遵法精神の弱体化にまで及んでいます。
 とくに企業社会では、政策面での規制緩和どころか、規制無視が横行し、経営者における企業の社会的責任(CSR)や「コンプライアンス」(遵法義務)の軽視が非常に強まりました。企業不祥事や「偽装」が頻発するのも当然でしょう。

●国鉄分割・民営化は規制緩和路線の象徴
 このように、新自由主義的改革がもたらした問題点が、労働と生活の両面で非常にはっきりしてきたというのが、今日の特徴だと思います。この規制緩和路線は「官から民へ」という掛け声の下で進められてきましたが、およそ三つの段階を経てきたと、私は見ています。
 その第一段階が八〇年代で、国際的にはレーガノミクスやサッチャーリズム、日本で言えば中曽根内閣時代の臨調・行革路線がその始まりです。しかし、日本ではまだ端緒的で部分的なものでした。
 そして、八〇年代末から九〇年代にかけて、アメリカによって「ワシントン・コンセンサス」と言われる新自由主義的路線を国際的に強要する動きが強まりました。これを受けて、日本でも規制緩和路線がバージョンアップされ、全面的なものになっていきます。これが第二段階です。橋本「六大改革」の登場はその一つの到達点でした。
 しかし、橋本首相は消費税アップなど「九兆円の負担増」によって参院選で負けてしまいます。その後の小渕・森内閣で一旦足踏み状態になったのを、ネジを巻き直して激しい攻勢をかけてきたのが小泉「構造改革」でした。これが第三の段階です。
 この規制緩和路線の三つの段階を振り返って、重要なポイントとなるのが国鉄の分割・民営化問題ではなかったかと思います。そこに、問題の性格がよく現れているからです。
 つまり、臨調・行革の中で国鉄の分割・民営化が提起され、一九八七年にJRが発足して「官から民へ」の先駆けとなりました。規制緩和を進める上では抵抗を排除する必要がありましたが、国鉄労働組合(国労)や全動労などの戦闘的組合員を選別して採用を拒否するという国家的な不当労働行為によって、国労や総評の弱体化を図ります。
 また、国鉄分割・民営化は、その後の「民営化による成功例」として受容する国民意識を生み出すうえで、最大限に利用されました。これは、地方の赤字路線を切り捨て、都市部の「成功」だけを宣伝したからです。民営化で運賃値上げはなくなったではないかと言われますが、赤字を切り離して最終的には税金で解決するようにしただけの話です。上手くいった点だけが宣伝され、都市部の住民の多くが「成功」したと誤解してしまいました。
 では、この国鉄分割・民営化が国民にもたらした結果はどうだったのか。とりわけ重要なのは、地方の住民の「足」であるローカル路線が切り捨てられたことです。地方の駅がなくなり、地域コミュニティにとっての「臍(へそ)」=中心点も失われました。民営化は、地方の「足」と「臍」を奪ったのです。
 それに、「効率化」「合理化」「コスト重視」などによる安全の軽視です。その問題点は、一〇七人が亡くなったJR西日本福知山線の大事故によって劇的、というよりも「悲劇的」に示されました。また運動面では、一〇四七人のJR不採用・解雇撤回闘争が粘り強く続けられています。昨年一一月三〇日には全国大集会が東京で開かれましたけれども、ナショナルセンターの違いを超えた大同団結の動きが生まれています。
 つまり、国鉄分割・民営化問題は、攻撃としては最も早く始まり、地方の切り捨てや大事故という形でその問題点が明確に示され、運動の大同団結という形での反撃が始まっている。そういう点で、この国鉄分割・民営化は新自由主義的な規制緩和路線をめぐる象徴的な問題だと思います。

●モノと人間の違いをみない労働法制改悪
 この間の労働法制改革の問題について、詳しくは後に回しますが、一言だけ先に述べておきたい問題があります。
 政府の経済財政諮問会議や規制改革会議などでの議論で、労働の問題は商法で対応すればいいので、労働法は不要だという極めて乱暴な議論があることについてです。八代尚宏さん(国際基督教大学教授、経済財政諮問会議議員)や奥谷禮子さん(人材派遣会社社長、厚生労働省労働審議会労働条件分科会委員)などがそんなことを言っています。
 しかし、商法が対象とするのは商品であり、保存できるモノです。労働力商品は「生身の人間」に宿る力であって、保存できません。モノとは違うのですから、同じように扱うわけにはいかない。違った法律が必要なのです。この単純な原理が理解されていない。困ったことです。「今は景気が悪いから我慢してくれ」と言われても、「仕事がないから働かなくていい」と言われても、「その間の生活はどうするんだ」という問題が残ります。どんな状況であっても、働いて賃金をもらって食っていかなければならないのが労働者なのです。
 このような「労働力商品の特殊性」に対応した特別な法律が必要なのであり、そこに労働法の意義があるわけです。これが要らないというのは無知というほかありません。この労働力商品の性格について、政府審議会の委員の方々は本当に理解しているのか、もう一度ちゃんと勉強する必要があるのではないかと言いたいですね。

新たな情勢変化を生かす共同が求められる
 坂内 三夫


 最近、労働運動や政治の流れが「少し変わってきたな」と感ずる場面によく出合います。その一つは、これまで全労連としてあまり深い親交のなかったところからも、取材や講演の依頼を受けることです。

●一致する運動で連合との共同は可能
 一部を紹介しますと、企業経営者系の雑誌である月刊『ボス』(旧『経営塾』誌)から取材を受けました。内容は、格差や貧困については、労働組合にも責任があるのではないかというものでした。私は、財界や政府と労働組合の責任を同列に論ずることはできないが、男性正規社員の既得権を守ることに偏り、非正規労働者の要求に対応できなかった労働組合にも責任があると答えました(「格差問題の『隠れた共犯』」〇七年一一月号)。
 もう一つは、週刊『金曜日』(〇八年一月一一日号)での佐高信さんとの対談です。佐高さんから、福田・小沢の「大連立会談」を見ると、保守側のたくましさに比べて革新はたくましくない。労働戦線の再編から一九年経って、連合と全労連の「中連立」くらいはあってもいいのではないか、という提起がありました。私は、現場における労働者の個別要求では連合と全労連の垣根は低くなっている。格差や貧困問題など、一致する要求での共同は大いに進めていかなければいけない。組織的統一はともかく、運動の共同はすぐにでも実現可能なことだと答えました。
 全労連が月刊誌や週刊誌の取材を受けることも、労働運動や政治の流れの変化を示すものではないかと思います。今年の春闘は、参院選後の新しい政治状況をみるなら、解散総選挙と結合する可能性を含んでたたかわれています。どの政党・候補者も国民世論を無視できないし、「格差や貧困は当たり前」などという候補者は、次の選挙で勝てないでしょう。この政治状況をふまえ、労働者の要求を前面に立て、経済闘争と政治闘争を結合してたたかうことが重要になっています。

●民主党が「全国最賃」案をだす一幕も
 ここ一〇年ほど、とくに小泉政権の発足以来、労働組合は自分たちの要求や運動によって政治が動くなどと実感を持てずにきました。どんなに大きな集会を開いても、何百万名の署名を集めても、何度国会前に座り込んでも、国会は動かない状況が続き、悪政や悪法の強行に抗議するという結果にならざるを得ませんでした。
 それが参院選後、重要な変化が生まれています。臨時国会で被災者生活再建支援法が改正されましたが、この法律はこれまで、住宅本体は個人財産だからとして適用されませんでした。昨年秋、神戸、新潟、石川などの被災者とともに、国会要請行動、シンポジウムを行いました。過去の集会、行動では共産党以外に政党の参加はありませんでしたが、今回は共産党の他に自民党、民主党、社民党が参加し、この要求は当然だと一致し、国会で住宅本体にも適用する改正案が成立しました。
 また、一一月末に成立した最低賃金法の改正は三九年ぶりです。〇七年度の地域最低賃金は、この間の運動の前進を反映して全国平均で一四円上がったのですが、最低賃金と生活保護基準との整合性をもたせるという与党案に対し、民主党が対案を出しました。最低賃金は、生計費を原則に全国最低賃金を中央で決定し、それを上回る最低賃金を地方で決定するという内容でした。
 この民主党案には、ある意味でビックリしました。全国最低賃金は、全労連がずっと要求してきた全国一律最賃制につながるもので、連合は反対してきたのです。最低賃金を全国一律で決めると、高い地域の最低賃金を引き下げることになるというのが理由でした。結果的には民主党が与党案に妥協して、生計費原則や全国最低賃金法を盛り込んだ改正は実現しませんでしたが、民主党が全労連の主張を反映した対案を出した経過は注目されます。
 さらに、障害者自立支援法の見直しや児童扶養手当の削減凍結でも、私たち労働組合や各分野の運動組織の運動が、一〇〇%ではないにしても、政治に反映される状況が生まれています。多くの組合員に政治の変化を具体的な事実で示して知らせ、確信にしていくことがとても大切になっています。

●憲法問題でも新しい流れが
 憲法問題でも新しい局面が生まれています。六年前に、戦後の首相としては初めて公然と改憲を主張する小泉内閣が登場し、マスコミの改憲キャンペーンとあいまって、二〇〇五年のNHKの世論調査では「憲法改正の必要がある」が六二%に達し、世論は一時、改憲が護憲を上回る状況がつくられました。その路線を安倍晋三が受け継ぎ、〇六年一二月に教育基本法を改悪し、〇七年五月には改憲手続法を強行した。そして昨年の参議院選挙では、公約のトップに「三年後の改憲発議」を掲げました。
 参院選の結果は自民党の歴史的敗北となり、改憲・靖国派のシンボル的存在であった安倍首相も突然辞任しました。ある新聞で右派の学者が、改憲派には「反動の時代が始まった」となげくような状況が生まれました。実際、参院選直後に行った東京大学(社会科学研究所)と「朝日新聞」の共同調査では、改選された一二一人の議員のうち、「憲法改正」に賛成は四八%で過半数を割りました。「憲法九条改正」に賛成は二六%で、「改正反対」が五四%に上りました。もちろん改憲勢力があきらめたわけでなく、「三年後に改憲発議する」という方針そのものは変わっていませんが。
 このような政治と労働組合運動の変化があらわれた背景には、労働者・国民の実態と怒りがあります。五十嵐さんが言われたように、貧困問題がある一線を超えて、絶対的貧困に深化しています。労働者の賃金が九年連続して減りつづけ、年収二〇〇万円以下が一〇〇〇万人を超えた。日雇い派遣、偽装請負、サービス残業、雇い止めなど、世界第二の経済大国でワーキング・プアに陥り、労働者がボロ切れのように使い捨てられています。
 それは労働者だけでなく、農民や中小業者も、青年や高齢者も、実態は深刻です。農民は米価の暴落で、水なら一五〇円のペットボトルに、同量の米を詰め込んでも九〇円にしかならず、一時間あたりの労賃を計算すると二五六円にしかなりません。

●最低生活保障の確立へ国民運動の集中を
 こうした情勢を直視するなら、いま国民運動に求められている緊急課題は明白だと思います。すべての労働者と国民に、憲法二五条にもとづく健康で文化的な最低限度の生活保障を確立すること、ここにすべての労働組合や民主団体が集中して取り組んでいくことです。
 労働者には全国一律最低賃金の確立、中小・零細業者には下請け単価の引き上げ、農民には農産物の価格保障、高齢者には最低保障年金の確立、困窮者にとっては生活保護基準の改善です。これらの運動を、人間が人間として生きていくための最低限の土台を保障するという国民共同の運動に束ねる必要があります。
 全労連に結集する一三〇万人の労働者をはじめ、中小企業団体、農民団体、青年・女性団体などが、この運動に力を合わせ集中するなら、〇八春闘は半世紀以上にわたる春闘の歴史の中でも、画期的な運動に前進すると考えています。

始まった政治の模索。本格的な審判はこれから
 大門 実紀史


 五十嵐さんの新自由主義的改革の「三段階」も踏まえて、自民党政治の「ゆきづまり」についてお話しします。

●「ゆきづまり」は二段階で深まった
 私は、戦後の自民党政治は現在、二段階目の「ゆきづまり」に直面していると考えています。
 第一段階は、いわゆる田中角栄型の「土建国家」政治、つまり財界だけでなく、各支持団体を巻き込んだ補助金と大型公共事業ばらまき政治のゆきづまりでした。八〇年代には、アメリカが押し付けた内需拡大策からバブルを生み、そのバブルがはじけ、経済の長期低迷と借金大国に陥りました。
 それを彼らなりに打開しようと、多国籍企業化した日本の財界のなかでは、新自由主義への傾斜が確実に進みました。
 九〇年代半ばから、新自由主義的な「構造改革」が、五十嵐さんの言われたように何段階かを経て、進められたわけです。自民党政権は、新自由主義とばらまき政治との間を揺れ動きましたが、小泉内閣で一気に新自由主義路線に特化したといえるでしょう。この「改革」路線は、アメリカ政府が「年次改革要望書」で持ち出す要求と一体となって、日米財界の共同要求を実現する形で進行しました。
 それがこの数年で国民の中に痛みを広げ、昨年の参院選できびしい審判を突きつけられることになりました。こういう流れで見ると、自民党政治の「ゆきづまり」は第二段階目を迎えており、それだけ根深いものとみるべきです。
 昨年の参議院選挙の結果は、教育基本法の改悪をはじめ安倍内閣が一気に進めようとした「戦後レジームからの脱却」のうさんくささへの批判、「構造改革」路線へ不満が集中したもので、それが与野党を逆転させるような、きびしい形で示されました。
 ただヨーロッパや中南米で起きたような、新自由主義的改革を拒否する明確な国民の意思表明にまでは至っていないのではないか。ヨーロッパの労働運動では、明確に反新自由主義が旗印にかかげられていますし、南米でも、国民、労働者、農民の地声として反新自由主義が叫ばれ、立ち上がってこれを転換させました。日本での参院選での審判は、まだそこまではいっていない。それまで「構造改革」に賛成してきた民主党が大勝したこともふくめ、まだまだ、「構造改革」そのものは必要だという人たちがたくさんいます。国民多数が自民党、財界の路線を明確に意識し、本格的な審判を加えるのはこれからではないかと思っています。

●「大連立」構想の三つの目的
 ところが財界も、アメリカも、簡単に新自由主義路線を放棄するわけはありません。それを強行するウルトラCとして現れたのが、一一月の自民・民主「大連立」構想でした。もともと民主党は、自民党が国民の支持を失った時の「受け皿」としての役割を最初から持っていましたし、新自由主義「構造改革」推進派でした。かつては民主党がやれば「構造改革」はもっと早くできると主張し、岡田・前原党首時代には改憲主張でも先んじて行っていました。ところが国民に「改革」の痛みが広がり、貧困・格差が社会問題化します。小沢党首になると、急に過去の政策や国会での態度に口をつぐみ、「生活第一」だと選挙に打って出て、票を集めました。しかし選挙でも「構造改革」そのものの転換を訴えたのではなく、基本路線を変えたわけではない。「大連立」構想に一度は乗ろうとしたのは民主党の「地金」があらわれたと見るべきでしょう。
 いずれにせよ、日本の財界、アメリカにとっては、新自由主義的路線は断じてやめるわけにはいきませんから、ウルトラCの「大連立」、政界再編も視野に入れながら、実現を仕掛けてくるでしょう。それは決して甘く見るわけにはいきません。
 では、「大連立」の具体的な目的は何なのか。
 一つは憲法九条を変えることです。憲法を変えるには、国会議員の三分の二以上の賛成が必要ですが、与野党逆転したままの参議院では不可能ですから、これを突破するために連立して三分の二以上を獲得すること。二つ目は消費税増税です。自民党は単独では消費税増税を打ち出したくない。選挙で負けるからです。「年金財源」などを口実に民主党と一緒に打ち出せば怖くないという腹です。
 三つ目は、あまり表面に出ていませんが、選挙制度の改悪も目論んでいるのではないか。自民・民主党が基本的に一致しているのは衆院の比例区を減らす、できればなくすことです。いま自民党は公明党(比例削減に反対)と連立しているからこのことを打ち出せないわけですが、民主党と連立したら二大政党に絶対的に有利な選挙制度に手をつける危険のあることも見抜いておく必要があります。
 しかし「大連立」が実現したら、国会内では衆参とも圧倒的議席を占めるようになるかもしれませんが、今度は国会と国民の民意との「ねじれ」がいっそう拡大することになります。国民の中では、憲法改悪反対、消費税増税反対が過半数です。ましてや選挙制度を変えろという声は皆無に等しい。それでも強行するなら、自民、民主ともにかならず国民のきびしい審判を受けざるを得ません。

●政党の基本路線が問われる時代に
 「大連立」や政界再編がうごめく時代に入りました。「大連立」も政界再編も、要するに政党がそれぞれの基本路線にもとづき離合集散するということです。ですから、次の総選挙や参議院選挙、この二、三年の選挙では、個々の政策課題だけでなく、各政党の基本路線が大きく問われることになります。
 いま日本共産党は党の綱領を語る運動に力を入れています。綱領というと難しく聞こえがちですが、要するに党の基本路線を多くの方に知っていただこうということです。日本共産党は、大きくいって、財界・大企業中心の政治、アメリカ言いなりの政治を変えることを主張しています。
 しかし私たちが、たとえば大企業に適正な税負担を求めると、国民の中からも「大企業の競争力も大事では」という疑問が寄せられます。アメリカいいなりを批判すると、「日本はアメリカに守ってもらっているのだから」という意見が出ます。この点では、財界やアメリカが日本をどうしようとしているのか、彼らの戦略を知ってもらうことが大事です。
 新自由主義が大企業の利益を最大化するために国民の雇用も社会保障もずたずたにしようとしていること、アメリカが世界で戦争を拡大するために自衛隊の海外派兵を求め、改憲も要求していること、その戦略と狙いをもっと知ってもらえれば、「やっぱり財界中心の政治を変えないと自分の暮らしは守れない」「そんな危険なアメリカにいつまでも付いて行っていいのか」となる。個々の政策批判にとどまらず、彼らの考えていることの全体像を明らかにし告発、批判することが、党の基本路線を語るうえでも重要になってきていると思います。
 先ほどヨーロッパや中南米との対比で、昨年の参議院選の国民の審判はまだ第一段階だといいました。福田内閣は、総選挙対策で地方や農業などに若干の配慮は示しているものの、新自由主義「構造改革」は継続するとしています。消費税増税を含め本格的に新自由主義路線への審判を下す、改憲にもイエスかノーか国民の判断を示す、そういう政治決戦が必ずやってきます。参院選では日本共産党は若干議席を減らしましたが、私はあまり落胆していません。本格的な決戦はこれからだと思うからです。

いま、政治と国民の間にどんな変化が起きているか

 編集部 今後の政局、運動の焦点がよくつかめるお話でした。国民と国会運営の「ねじれ」現象が言われますが、参院選後、政治に生まれた変化をどうみるか、いかがですか。

国民意識の変化の底流にある実態

 坂内 これまで、小泉改革をもてはやすマスメディアの影響もありまして、世論が「構造改革」が不可欠だという方向に誘導されてきました。とくに二〇〇五年の郵政解散選挙では、「構造改革」の犠牲をもっとも強く受けている若者や非正規労働者の多くが自民党に投票しました。正社員や公務員労働者が既得権にしがみついているから、自分たちの雇用や生活が大変なんだと、マインドコントロールされている状況があったのですね。
 しかしその後、マインドコントロールも効かないほど格差や貧困が深刻化する中で、はっきりとした意識変化がはじまりました。その典型的な現れが、青年を中心とした非正規労働者が偽装請負、サービス残業の違法を告発し、労働組合を結成したり、加入して立ち上がってきたことです。大門さんも奮闘されましたが、ここ数年、光洋シーリングテクノ、日亜化学、松下プラズマ、キヤノンなどの大企業で、青年労働者が果敢に動きだしました。
 実態を土台にした労働者の意識変化、それを背景とした政治変化の流れは、今後もかなり長い期間にわたって続いていくし、広がっていくでしょう。そういう意味で、大門さんの言った「変化の第一段階」を、大きな変革へつなげていくことが十分に期待できます。
 五十嵐 つまり、国民世論の可動性が高くなり、意識変化が早くなっているということです。それともう一つは、その世論の変化が政治に対し大きな影響を与え、政治家や政党がそれを意識せざるを得なくなっているということですね。
 〇五年の総選挙と〇七年の参議院選挙は、ともにそうした効果が如実に現れたわけです。わずか二年で自民党の大勝から大敗へ、ガラッと変わる。このような世論の急激な変化の恐ろしさを、民主党も自民党も身をもって知ったのではないでしょうか。

生活保護基準の引き下げを拒んだ力

 大門 そうです。政治が世論に対してすごく敏感になっています。
 四月からの後期高齢者医療制度や、障害者自立支援法でも、一部凍結や延期、見直しの動きが出ています。政府は根本的に変えようとは思っていませんが、中止、撤回に追い込む条件は生まれつつあると思います。
 昨年末、生活保護基準引き下げに関して、厚生労働省が検討委員会の報告書を出しました。これに対して、生活と健康を守る会や「反貧困ネットワーク」など様々な運動団体が急速に運動を展開し、わが党も仁比聡平・参院議員などが国会質問で追及し、みんなの力で引き下げを見送らせました。私も「反貧困ネット」の方々と申し入れに行くと、自民党の参議院会長は厚生労働省に対し「こんなことを今やったら、選挙はたたかえないぞ」と言っているという話をしていました。
 坂内 この間の薬害C型肝炎訴訟のたたかいは、本当に象徴的でしたよね。大阪の高等裁判所が出した和解案をめぐって、政府が全員一律救済はしないと言ったものを変えさせて、薬害肝炎救済法を成立させて(一月一一日)、解決の道が開けた。関係者の長年にわたる努力とともに、一二月に年金未払い問題と重なって、福田内閣の支持率が三一%まで急落(「朝日新聞」一二月二一日付)した影響が、モロに効いたのです。

労働法制でのせめぎ合いが

 五十嵐 労働法制改革をめぐっては、今は政府・経営者側と労働者側のせめぎ合いになっています。規制改革会議は、整理解雇四要件の緩和、解雇の金銭解決、公労使の三者構成原則の撤廃の方向を、一二月二五日の第二次答申の中に盛り込みましたが、それがそのまますんなり通るという状況ではありません。規制改革会議は、厚生労働省や労働政策審議会を盛んに批判し、厚労省側はこれに反論するという形で、両者には若干の対立関係が生まれています。
 労働者派遣法の改正問題では、さらに緩和しようという経営者側と、規制を強化すべきだという労働側が、「痛み分け」で動かせませんでした。つまり、官僚や審議会委員の中にも、常識や良識が通じる人たちもいるわけで、その力関係も見ながら、労働側が対応することが必要だろうと思います。
 坂内 今回の薬害C型肝炎訴訟の問題、あるいはトンネル塵じん肺ぱい訴訟や公害大気汚染訴訟、原爆症認定訴訟など国民生活に関わる分野では、裁判での勝利や政策の見直しが続いています。けれども、労働に関する政策、法制度、裁判の流れは変わっておらず、改善の方向にすすんでいないのです。労働の分野は財界・企業にとっては最後の砦ですから、今後の大きなポイントになります。
 労働法制の当面する焦点である派遣法の問題では、全労連も連合も、「九九年の改悪以前に戻せ」という要求で一致してたたかう状況が生まれています。今年は、何としても前進をはかりたいと思います。
 五十嵐 労働政策のこの間の変化の中でも、全部やられっぱなしではなくて押し返している部分もあるわけです。たとえば、労基法に「解雇の自由」を書き込むことは阻止しました。ホワイトカラー・エグゼンプションは象徴的で、これは「残業代ゼロ法案」だという批判的な国民世論をつくり出してストップさせたじゃないですか。安倍内閣の支持率が低下して政権が対応できなかったという面もありましたが、基本的には労働運動や世論が押し返した結果だったと思います。

経済政策の根本、日本の針路が問われている

 編集部 最初、大門さんから「政党の基本路線が問われる時代」だという話がありました。それは結局、日本の政治、経済の大方向が問われているということですね。

三段階ですすんだ「地方切り捨て」路線

 五十嵐 〇七年一月に「希望の国、日本」(御手洗ビジョン)という日本経団連の文書が出たとき、私はある雑誌で、「大企業栄えて民滅ぶというけれど、民が滅んだら企業は栄えることができるのか」という批判を書きました。これは基本的な問題です。非正規化が進んで労働力の質が低下し、技術・技能が継承されず、「エンプロイアビリティ」(雇用される能力)をつけるといっても、非正規労働者にはそんなことは不可能です。
 もう一つ、「民滅ぶ」ことによって「国内市場の狭きよう隘あい化」という問題が生じてきます。ようやく日本経団連も、昨年暮の「経営労働政策委員会報告」で家計の問題も取り上げて、「賃上げを容認」と報じられました。これは当たり前の話です。大企業の方は四期連続の黒字で最高益を上げているのに、その利益は家計に回らず、景気回復の実感はなく、「トリクルダウン理論」のでたらめさが明らかになりました。
 さらに、地域の衰退という問題があります。最初に、国鉄の分割・民営化が地域の疲弊をもたらしたと言いました。最近になって、参議院選挙の結果をうけ、政府・与党は「地方重視」とか「地方活性化」などと言い出しましたが、小手先の対応にすぎません。
 このような「地方切り捨て」政治も、大きく三段階を経て、今日にいたっていると思います。第一段階が、今言った国鉄民営化が始まった時期。第二段階は「平成の大合併」で、町村の合併などによって村・町役場がなくなって支所になる。そして、第三段階が小泉「構造改革」路線による「三位一体改革」や郵政民営化などで、地方交付税を切り捨てて財政的に絞り上げ、地方の郵便局も消えていく。こうして国鉄民営化、市町村合併、三位一体改革と郵政民営化の三段階で進んできた地方切り捨て路線全体を、根本から見直す必要があるのではないかと思います。
 大門 私は各地の大型店問題の運動に関わって、北海道、東北を中心に回っていますが、地方の状況は何もよくなっていない。五十嵐さんが言われた、国鉄改革で地方の「ヘソ」が失われたという指摘は面白いですね。
 五十嵐 かつて、地方でも、役場、郵便局、学校など、主要な公共施設が鉄道の駅を中心として、市町村の中心部にまとまっていたわけです。ところが、国鉄民営化後、駅がなくなり、次には、役場、郵便局、学校が姿を消していく。結果として、コミュニティの崩壊と少子化が広がっています。
 このような事態は「構造改革」にいたる新自由主義的政策の失敗を証明するものでもあると思います。地域社会でこのような問題が起きることを予測せずにやってしまった。その結果、地方は疲弊し、国内市場は狭隘化し、消費の低迷や少子高齢化が進むという事態に陥ってしまいました。
 現在、富山市では「ライトレール」という路面電車による地域再生が取り組まれています。これは「串団子」構想といって、「団子」である駅を中心に都市機能を集約してコミュニティの核をつくり、それをつなぐ「串」として軽量軌道のレールを敷く。これは今後の地域復興の一つの方向性を示していると思います。

政治は企業のためにあるのではない

 坂内 佐高信さんとの対談で、集団就職の頃の状態と今の労働現場を比べてどうかという話がありました。昔も給料は安かったが、一生懸命働けば豊かになれるという将来の希望があった。かつて、企業経営者は従業員の給料を下げざるを得ないときには、まず自分の資産を吐き出してから提案したものでした。
 ところが今は、労働者の数を減らし、雇用を不安定化し、賃金を切り下げると株価が上がり、経営者の儲けが膨らむような経済の仕組みがまかり通っている。そんなアメリカ型の資本主義でいいのかという訴えが、労働者や国民の共感を呼ぶようになりはじめました。
 最近、経済同友会終身幹事の品川正治さんとお話しする機会が多いのですが、品川さんは「企業は株主のためにあるのではない」「政治は企業のためにあるのではない」ということを常に強調されています。「儲けのためなら何をやってもいいというマネー資本主義を問い直せ」という声が労働者の中に広がっています。
 また少子化問題でも深刻な状況があります。国立社会保障・人口問題研究所は、現在一億二七〇〇万人の日本の人口が、二〇五〇年には九〇〇〇万人に減少すると推計しています。とくに一五歳から六四歳までの生産年齢人口は、五〇〇〇万人を割り込むと予測しています。出生率はすでに一・二六まで低下している実態です。
 こうしたことは、企業の生産活動、社会保障、税制度、教育、文化、地域社会など、日本社会の未来にかかわる大変な問題です。少子化対策としても、労働者の働き方の改善が重要ですね。
 五十嵐 財界人でも、それに気が付いている人もいるのです。今、名前の出た品川さんなどはその最たるものでしょう。そのほかにも経済財政諮問会議の民間議員の一人として、「構造改革」を推進している丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長でさえ、『文芸春秋』(〇七年三月号)に掲載された「財界だって格差社会は『ノー』」という論文で、「世界中で『ワシントン・コンセンサス』に基づく政策によって格差が拡大しているのだ」と批判しています。
 財界が、今の「構造改革」路線に大きく転換していくのは九四〜九五年の時期でした。九五年には日経連の「新時代の『日本的経営』」が発表されていますが、その一年前の九四年二月にホテル「ヒルトン東京ベイ」で財界首脳の「舞浜会議」が開かれたと、〇七年五月一九日付「朝日新聞」の「変転経済 さらば日本型経営」という記事が報じています。
 これによると、「今井・宮内論争」と言われる激論があったそうです。「雇用重視」を掲げた今井敬・新日本製鉄社長と「株主重視」への転換を唱えた宮内義彦・オリックス社長が主張をたたかわせました。新自由主義は基本的に「株主重視」で、これに対抗するのはステークホルダー(利害関係者)重視だと、ロナルド・ドーア氏も言っていますが(ロナルド・ドーア『誰のための会社にするか』岩波新書、二〇〇六年)、従業員、顧客、地域社会のことも考えるという立場です。記事の最後には、この会議に出ていた品川正治さんの「結局、舞浜が、企業も国も漂流を始めた起点ということになった」という言葉が出てきます。
 ですから、株価さえ上げればいいという「マネー資本主義」で本当にいいのか、という考え方は財界の中にもあるのです。丹羽氏なども「雇用重視」派かもしれません。このような問いは、これからも続けていく必要があるでしょう。そうしないと、日本の企業や市場を、結局、「株主重視」の「マネー資本主義」に売り渡すことになってしまう。これには、多国籍企業型の国際展開ができる大企業は賛成かもしれないけれど、それでは「国内市場の狭隘化」の問題も、新自由主義路線の弊害も押し止めることはできません。多国籍展開できない企業や国内に基盤をおく中小企業などは、軒並み苦境に立たされることになります。
 ですから、包囲網を広く、主要な「敵」を孤立させる戦略をとるべきで、財界人や経営者も説得できるような問題提起をしていくことが必要です。労働運動の分野でも政策的な説得力を高めていくことができれば、連合と全労連の共同の条件を強めるでしょうし、経営者側も反対しきれない部分が出てくるはずです。

投機マネーへの国際的な規制

 大門 昨年来、国民を直撃している原油高の問題も、その背景に投機マネーの存在、「マネー資本主義」の問題があります。昨年末、北海道に調査に行きましたけれども、灯油が三割高、一冬で八万円も一〇万円も暖房費が増えてしまったら生活保護世帯などは大変なことになります。マネー資本主義はここまで押し寄せているわけで、これを規制しなければなりません。
 労働・雇用制度を底抜けさせてきたのも、株価資本主義で、経営者の判断がマネーの動きによって大きく左右されているからです。
 しかも日本のマネーの動きをみると、外国資本が日本の低金利で調達したお金を世界で運用している。日本の金融機関も金余り現象で、七兆円くらいヘッジファンドに資金をつぎ込んでいる。国民が原油高で苦しんでいるのに、大銀行はそこに投資して大儲けしているのです。
 この投機マネーは世界中を動き回っていますから、一国だけの規制ではできません。投機マネーを規制するための国際的な連携をつくって、マネー資本主義へのきちんとした対処が緊急に必要です。

非正規労働者の組織化と労働組合運動

 編集部 五十嵐さんから最初に、いまの貧困の裏には非正規労働の問題があるという話がされました。労働者派遣法の問題や、違法な働かせ方に対する今後のたたかいの方向についてはいかがでしょうか。

請負派遣会社を追い込んだ国会追及

 大門 わが党は国会で、偽装請負では最大手の請負会社・クリスタルの問題を徹底的に追及し、厚生労働省の姿勢も一定、厳しいものに変えさせました。社会的批判を受けたクリスタルはグッドウィルに買収されますが、そのグッドウィルも、違法派遣で業務停止に追い込まれました。現場のたたかいと国会のとりくみで、派遣会社の実態にメスを入れてきたのは大きな前進です。
 しかし、たたかいはこれからです。偽装請負を告発した請負労働者の大半が直接雇用されない、日雇い派遣で生活していた若者が突然、路頭に迷うなど、犠牲にされています。根本的に請負、派遣など非正規労働者全体の雇用、労働条件を改善するには、派遣法の抜本改正と均等待遇の実現をしなければなりません。たたかいの到達点に確信をもちながらも、実態はシビアにみておく必要があります。
 五十嵐 中小企業とか、外食・サービス産業などでは、たとえば「肩書きだけの管理職」や「名前だけの店長」のように、正規雇用でも低賃金で働かされて残業代も出ない「周辺的正規労働者」が広がっています。そして、その正規社員のまわりに膨大な非正規雇用の人たちが働いています。
 だから、労働組合が組織しているのは、正規雇用でも中心の部分にすぎません。そのような人々の一部でも、賃金が崩壊し、下落するという事態がありました。これに対して、連合の責任は重いと思います。二〇〇二年から連合は春闘でのベア要求を出さなくなってしまった。ところが、その頃から日本経済は「回復基調」に転じています。好景気のもとでも、連合は春闘で賃金の底上げを図るというナショナルセンターとしての役割を発揮しなかった。これが、その後の「賃金崩壊」を招いた大きな要因になりました。
 その頃、さかんに日本の賃金問題は解決したと言われました。確かに、連合傘下の民間大企業労組に加わっていた正規雇用の人々は高賃金だったかもしれません。しかし、そのすぐ周りに、低賃金で不安定な「周辺的正規労働者」や非正規労働者が膨大な数に増えつつあることについて、やはり問題意識が希薄だったと言わざるを得ません。

街頭宣伝が労働相談に

 坂内 アンケートなどを見ても、企業の中で労働組合に対する労働者の信頼は、残念ながらまだ回復されているとは言えないように感じます。劇的に変わりつつあるのは未組織労働者の意識です。埼玉県で、まだどこの組合にも入っていない未組織労働者一三〇〇人から、アンケートを集めました。「あなたは労働組合の必要性を感じますか」という質問に、「いつも必要性を感じます」という仲間が一六・九%いました。六年前の全労連の同じような調査では二・四%でしたから、八倍くらいに増えているのです。
 日本には、どの労働組合にも加入していない未組織労働者が四五〇〇万人いますから、一六・九%というと単純計算で約九〇〇万人が、「いつも組合の必要性を感じながら働いている」ということになります。これはすごい変化です。ただし、そういう未組織労働者たちが行列をつくって組合に入ってくる状況にはまだなっていません。そこに、今日の労働組合運動が探求しなければならない課題があると思います。労働者のおかれている状態悪化、それを背景とした急速な意識変化に対応できる活動スタイルや組織形態など、克服すべき問題も多いと感じます。全労連も連合も、今日の労働組合運動の大きな課題として、非正規の働き方の改善、組織化問題があるという認識で一致してきたのは評価できます。
 いま東京や神奈川など、駅頭で働くルール確立の街頭宣伝をやっていると、「がんばってくれ」という激励の声が多くかかってくるのです。街頭宣伝でしばしば労働相談がおき、署名に行列ができることもあります。運動と組織化を前進させるチャンスを迎えています。
 連合は、昨年一〇月に「非正規労働センター」を立ち上げました。全労連は、すでに臨時・パート労組連絡会やヘルパー連絡会、派遣・請負ネットを結成して運動してきましたが、これらを合流した「非正規センター」を立ち上げる予定です。労働組合だけでなく、学者、研究者も自由に出入りでき、社会的に大きくアピールするセンターが必要だと考えています。

困っている一点で集まる新しいスタイル

 大門 私も労働組合出身ですが、労働組合というと組合に加入して組合費を払って会議に出て、運動日程をきめて行動するという活動スタイルが定式化しています。もちろん労働運動にとって労働者の組織化は基本中の基本です。私は非正規雇用で働く青年たちと関わる中で感じるのですが、労働組合の側が従来のスタイルだけにこだわっていると、救える人も救えない。もう一つ違うスタイルの活動も展開すべきではないか。組織に入らなければ支援を受けられないというのではなく、今、現実に困っている問題の一点で、助けてほしいと集まれるような、一点ネットワーク型のスタイルを開発する。また青年たちが独自で集まり行動することを、あれこれ枠をはめず自由に展開してもらい見守る。そういうことも考えていかないと、彼らは次々と職場が変わるし、日雇い派遣もふくめ急速に広がっている流動的な非正規労働者を救えない。日本の労働運動の飛躍もないのではないかと感じています。
 その点で、いまや携帯、ネットの時代ですので、毎日ネットを検索して、ブログで文句を書いている若い人たちの感覚、発想で集まっていく形も模索できないのかなと思っています。
 坂内 去年五月二〇日に、東京・明治公園で開かれた「青年大集会」では、予想の一・六倍におよぶ三三〇〇人が参加しました。つまり、労働組合などがあらかじめ組織的に掌握できない青年たちがたくさん集まってくるのです。首都圏青年ユニオンや、各地の青年ユニオンが取り組んでいる「非正規」「貧困」などをテーマにした行事では、そういうことがたびたび起きています。
 だけど、こうした集会や行事がただちに労働組合の組織拡大に結びつくかといえば、そういう状況にはなっていません。労働組合の役員の中には、組合員の拡大につながらない取り組みは評価できないという意見もあります。組織拡大はもちろん大事ですが、若者が労働組合に入ろうという意識を持つような、創意、工夫が必要だと痛感しています。

地域を舞台にたたかう

 五十嵐 今、労働組合に一番大きな役割発揮が求められているのは、非正規労働の分野とローカル(地域社会)の領域だと思います。
 雨宮処凛さんが「生きさせろ!」というメッセージを発していますけれど、「生きさせる」上でのサポートを提供できるのは、労働組合だけではありません。中間的な社会運動団体や湯浅誠さんの「もやい」などのNPOなど、さまざまな団体があります。労働組合は、それらの団体とネットワークを組んで連携し、非正規の青年たちを「生きさせる」サポートを提供していくことが必要です。
 もう一つは、ローカル、つまり地域社会をどう再建していくかという課題に取り組まなければなりません。労働組合としては、自治体労働者や学校の教職員組合などを先頭に、その地域をどう立て直していくのか、組織された社会的勢力としての利点を生かして、もっと意識的に考えていく必要があります。行政に働きかけたり商店会などと協力したり、組合員は大手の系列店ではなく地元の小売店を利用するなど、身近で地道な取り組みから始めるべきでしょう。
 地域でも、いろんな社会運動団体や地域組織が生まれ、活動しています。このような社会運動団体と労働組合が連携しながら、運動の活性化と多様化を図っていく。そこでは「組織化」を最初から目的とするのではなく、まず実際に困っている人びとを助けていくということを最優先するべきでしょう。その結果として、組合に加入してくるような形がベストではないでしょうか。
 坂内 その地域の点では、全労連のローカルユニオン(地域労組)が現在、四〇都道府県に一一六あり、この二年間で三県二四ユニオン、約一二〇〇人の組合員が増えました(〇七年五月現在)。
 さらに今、全国的に目だって前進しているのは、自治体からアウトソーシング(外部委託)された非正規職員の時間給引き上げの運動です。昨年の最低賃金引き上げは全国平均で一四円でしたが、自治体の非正規労働者の賃金は時給三〇円から一〇〇円くらいの引き上げを、各地で連続して勝ち取っています。
 民間企業よりも低いか、地域最賃すれすれで雇っている自治体もかなりあるのです。そこで全自治体を調査した具体的なデータを示して、「あなたの自治体では、非正規労働者の時給が他の自治体よりこれだけ低いですよ」と追及すると、引き上げざるを得なくなります。非正規労働者の賃金は人件費ではなく、「物件費」扱いですから、議会の承認が要らないこともあるのですが、この取り組みは非正規労働者の処遇改善運動を全国的に推進するうえで、非常に重要な足がかりだと思います。
 五十嵐 自治体レベルでは、埼玉県などで、アメリカに学んだ生活賃金運動(リビングウェイジ・キャンペーン)や公契約条例の制定が取り組まれてきました。生活できる賃金の獲得をめざすこのような運動は、自治体の外注や外部委託(アウトソーシング)の流れを止める運動と結びつけられなければなりません。アウトソース(外部委託)すれば経費は安くなるかもしれませんが、安かろう悪かろうで、自治体サービスの質がものすごく低下しています。このようなコスト削減一辺倒の流れをストップさせる運動は非常に重要だと思います。
 もう一つは、地域における賃金の社会的相場を底上げしていくという問題です。だいたい、労働組合のない中小企業の賃金は、地域全体の賃金水準を判断基準にして決められています。賃上げを勝ち取って世間相場を引き上げることは、その地域に働く人々全体の利益になるのです。だから、ナショナルセンターはもちろん、自治体や企業内で組織されている労働組合は、地域の未組織や中小企業労働者のことも考えて、賃上げへの取り組みを強めなければなりません。

アメリカ発の新しい雇用形態

 大門 偽装請負だけでなく、日雇い派遣、携帯で仕事を受ける「ワンコール・ワーカー」、個人請負とか、この間、本当に様々な新手の雇用形態がワーっと出てきていますが、これら新種の雇用形態を調べてみたら、日本はアメリカの後追いをしているのです。日本での「個人請負」は、アメリカの「インディペンデント」の方向です。国会で問題が起きてから取り上げても、またどんどん新手の搾取の方法が生まれる。偽装請負への対策が形になってきた時には、すでにもう新しい雇用形態に移っているというような…。これは私自身の反省でもありますが、国会を通じての法規制も現場の労働組合運動でも、後追いではなく先手を打っていかないといけない。
 ただ最近では、日雇い派遣会社の「フルキャスト」や「グッドウィル」で労働組合をつくって、「データ装備費」など不当な名目の給与天引きを止めさせるなど成果を上げています。現場からの機敏な反撃が重要です。
 坂内 最近、連合のUIゼンセン同盟が飲食チェーン店やコンビニなどの流通産業で、大がかりな非正規労働者の組織化をすすめています。調べてみると、実はそういう企業では、最初に偽装請負、サービス残業などの問題で全労連の組合が結成され、裁判などをふくめてたたかってきたところが多いのです。
 そこの企業経営者に対して、UIゼンセン同盟がユニオンショップ協定※による組合をつくる提案をして、従業員が丸ごと組合員になるケースが多いと聞いています。どういう形態にせよ労働者が組合に組織されることは否定しませんが、一人ひとりの労働者がみずからの意思で加入することが大事で、どうやって労働組合としての自覚を高めていくかが重要です。
 ※ユニオンショップ協定=雇用された労働者に労働組合への加入を義務付け、組合に加入しない場合や脱退または除名された者は会社によって解雇されるという協定。
 五十嵐 現在でも、ユニオンショップ制の組合では組合員としての意識が薄く、労働組合員の組合離れが大きな問題になっています。今、いわれたUIゼンセン同盟は、経営者を説得して上から組織するというやり方ですから、それがどれだけ労働組合の力を強めることになるのでしょうか。今後の推移を見る必要があります。
 もう一つ近年の変化は、地域における個人加盟ユニオンや、大門さんが言われた「グッドウィル・ユニオン」に代表される職種別の個人加盟ユニオンの広がりです。そこでは、一人ひとりの労働者が決意して、新たに組合を結成したり、組合に入るという形になっています。
 坂内 国際的にみても、職種別の個人加盟ユニオンが注目されています。たとえば、アメリカのSEIU(国際サービス従業員労組)は一人ひとりの労働者を地域を軸に結集して、組織を大きく拡大しています。一九九六年から二〇〇五年に九〇万人の組合員を増やして、一八〇万人の産業別組合に成長しました。
 そのほとんどは、マイノリティやヒスパニック系の非正規労働者で、地域に結集して活動を展開しています。このSEIUが、アメリカにおけるもう一つのナショナルセンター「勝利のための変革」(CTW)の中心になっています。こうした運動に、日本の労働組合も学んでいかなければいけません。

産業別の労働戦線をどう展望するか

 大門 それに加えて、今後の日本の労働運動を考えると、地域とともに、産業別の労働組合運動をどう構築していくかということが課題にならざるを得ないのではないでしょうか。労組にいたとき、ヨーロッパに調査に行って感じましたが、日本の企業別の労働組合中心と違い、基本的に産業別の労働組合になっていることです。このことが外国人労働者との国際連帯や非正規雇用への対応で統一的な力を発揮していると感じました。
 日本でも家電や自動車などの現場で非正規労働者が立ち上がったときに、やっぱり助けてくれるのは同じ産別の仲間です。これからは、産別の大きな運動を構築して正規、非正規の区別なくたたかうことなしに、労働者の権利は守りにくくなるのではないでしょうか。
 坂内 日本の労働組合は、企業の中で組合を組織する経験は豊富ですが、派遣や請負労働、ヘルパー労働者などは、一つの職場の中でまとまって働いているわけではありません。一人ひとりの点在する労働者の組織化は、全労連の単産や地方組織を含めてまだこれからの分野です。経験があるのは大門さんがいた全建総連で、地域から建設労働者の組織化を前進させてきました。
 これから少子化、高齢化が進行する中で、日本の労働組合の組織も大きく変化していくに違いありません。自動車や電機、鉄鋼などの労使協調の企業内組合が、日本の労働組合運動をリードする時代は、やがて過去のものとなるでしょう。それは、日本の人口推計や産業構造の変化を考えれば必然だと思います。労働組合の組織形態も、当然変わっていくでしょう。

人間の尊厳をかけてたたかう若者たち

 編集部 昨年の一〇月二八日の国民大集会で、青年ユニオンの組合員の発言は、会場に感銘を与えました。長く活動している組合員の方が、そこからエネルギーをもらうような面も大きいと思います。
 大門 この間、企業の中で、たった一人で若い人が立ち上がっているのは、ものすごく勇気が要ることだと思うのです。彼らの話を聞いてみると、結局問題はお金じゃないんですよね。松下プラズマを相手に偽装請負を提訴してたたかった吉岡力つとむさんは、その原点を「人から人間性を奪う会社への怒り。この裁判で訴えたいのは、人間としての生き方なんです」と言っています。東芝家電の小森彦まさるさんがたたかったのも「一人の労働者として認められたい。いい仕事をしたい」からでした。尊厳を傷つけられたことをうやむやにしたら、自分の生き方がおかしくなる、だからたたかう。これは、すごいことです。
 五十嵐 人間として扱ってほしい、認めてもらいたいというのは、戦前からの日本の労働運動の伝統でもあります。お金の問題だけではなく、人間らしく扱われないという理由で多くの争議が起こっています。人間の尊厳、あるいは人間としての誇りを傷つけられることへの怒りを、日本の労働運動は以前から大切にしてきたということでもあるでしょう。

財界・政界の中の変化をとらえ政策論争を
 坂内 五十嵐さんから、財界も一枚岩じゃないという話がありました。私は、日本経団連の経労委(経営労働政策委員会)報告二〇〇八年版を読んで、問題点は多くあるが、少なくともこれまでに比べて高飛車ではないという印象を持ちました。やはりこの間の労働者や国民の実態、世論と運動の影響を受けて、一定そちらにも目を向けざるを得ない側面が出てきていると感じました。
 品川正治さんの話をうかがっても、関西など地方の財界では日本経団連の考え方と一枚岩でない面があることがわかります。大企業に社会的責任を果たさせる点でも、春闘をはじめとしてこの一年の運動は非常に大事になると思います。
 五十嵐 経営者の立場というものはありますし、アメリカ支配層の考え方一辺倒のような財界人たちもたくさんいます。しかし、すでに述べましたように、財界の内部にも見解の相違はあり、さまざまな力関係によって変わりながら動いているという点を見過ごしてはなりません。運動の側もそのような違いや矛盾をとらえて、働きかけるべきだと思います。
 厚生労働省内でも、いまのような悲惨な労働の現状を何とかしたいと考えている人たちがいます。労働政策審議会、その下の部会や分科会の中にも、労働側委員だけでなく、常識の通じる良識的な公益側の委員や研究者もいる。その人たちを説得して味方に付けるために、労働側が政策的な力を高めなければなりません。そのためにも、全労連と連合が政策面で競い合い、一致する課題では共に手を結んで政府や行政に要求・要請していくことが重要でしょう。
 大門 技術で世界に製品を出してきた日本企業でも、いま不良品の比率が上がっているということです。これは、技術者、研究者だけではなく、現場の技能労働者を含め人を大事にしなくなってしまったからです。日本の企業文化が変わってしまったのです。
 しかし日本は資源がなく、労働力と技術でもってきた国だから、そういう事態への見直しは企業側も考えるとは思うのです。ただ昔には戻らずに、コストと商品力のバランスで考えるでしょうが、何らかの見直しをせざるをえない。この問題は経営者に対しても突きつけられています。
 五十嵐 日本という国は、まさに技術・技能でしか生きていけない国です。コストを下げれば何とかなるというのは幻想で、この間、規制緩和やコストダウンで旨い汁を吸ってしまった経営者の堕落・退廃だと思います。
 困難ではあっても、技術に生きる決意なしには、日本の産業や企業はやっていけません。この点で、長期的な人材の育成や技術者の養成がなおざりにされているのは深刻です。この問題でも、経営者のモラルと決意を問いつつ、その転換に向けて幅広い人たちとともに考え、運動していくことが必要でしょう。

憲法問題での焦点軍事利権の徹底究明

 編集部 次に憲法をめぐる問題ですが、まず大門さんが国会でも活躍された、この間の軍事利権の問題との関連を含めていかがでしょうか。

折れない軍事利権派

 大門 昨年の防衛省の軍事利権問題では、山田洋行・守屋氏の事件に端を発し、日米軍事利権のパイプ役といわれる「日米平和・文化交流協会」の秋山直紀氏と、久間・石破・額賀の防衛庁長官経験者との疑惑を追及しました。この問題にとりくむなかでわかったのは、もう一つの財界戦略の構図でした。というのは大企業の国際競争力をつけさせるために国家を動員し、国民には犠牲になってもらうという「構造改革」路線とは別に、もう一つ、国策にからめて企業の儲けを拡大しようという路線があったのです。
 日本経団連の防衛分野で武器輸出の禁止を外してほしい、ミサイル防衛を進めたいという要求に沿った流れが、一貫して進められてきたのです。「日米平和・文化交流協会」の日米で開催された会議の中身をみると、解釈改憲をすすめながら、武器輸出、ミサイル防衛を進め、それで限界があるなら明文改憲にも踏み込むという流れになっています。会議につどうのは、ロッキードマーチン、ボーイング、レイセオンなど米最大の軍需企業と、日本では三菱重工、川崎重工、三菱電機、石川島播磨など軍事大企業、そして米政府関係者と自民、公明、民主の国防族議員です。
 たまたま「山田洋行」が自分たちの内部分裂から焦った工作をやって、利権構造の一部が露見しましたが、利権の本丸はミサイル防衛などもっと大きなところにあり、三菱グループなど巨大企業が中心に座っているのです。
 それで私は思ったのですが、「靖国派」と言われる精神的なナショナリズムの人たちは、安倍前首相のように、ぽきっと折れたりしますが、この軍事利権に巣食う連中は、改憲をめざすうえでもなかなかしぶといのです。なんせ利権と大企業の儲けが動機で改憲を狙うのですから、なかなか折れない。利権追求のためだけでなく、改憲派をぶったたくつもりでこの問題を徹底的に暴露していく必要があると思っています。
 五十嵐 この軍事利権というのは、歴代政府が憲法九条を厳格に守ってこなかったツケで、そのために莫大な国費が失われたということを意味しています。もし、憲法九条を守って自衛隊をつくらなかったなら、初めから「防衛費」などは必要なかったし、まして利権問題など生まれるはずがありません。
 秋山氏に一億円とか、アーミテージ氏に七億円とか言われるような、戦争や武器の商売を食い物にする人たちが生まれたのは、憲法を破壊する政治をずっと続けてきた結果なのです。そのうえ、これからミサイル防衛構想で一兆円、沖縄米軍再編とグアムへの移転で三兆円も出すという。在日米軍への「思いやり予算」だと弁解していますが、「思いやり」なら、もっと国民に向けるべきでしょう。
 結局、「FX戦争」など、防衛装備品などをめぐって歴史的に何回も利権問題が出てくるのは、武器・弾薬はもともと闇に包まれているからです。武器・弾薬の必要性自体、説明不能で、原価などいい加減です。開発費なども適当に決められる。しかも、その発注や調達には政治が深く関わりますから、利権の対象になりやすいのです。
 これまでだって、調達実施本部や防衛施設庁の不正・腐敗がありました。これらは解体されましたが、結局、利権問題はなくなっていません。したがって、根本的には、防衛省自体が解体されなければ問題は解決しないということなのですよ。
 大門 まさにそのとおりです。しかも憲法九条が壊されたら、この利権の額はもっとすごいものになる。自衛隊が軍隊になりアメリカと一緒に世界中で戦うようになったら、軍事費は五兆円規模どころでなくなるでしょう。そうなればさらに社会保障はずたずたになるし、消費税もそこに投入されることになる。憲法九条を守ることは、財政的に国民の暮らしを守ることでもあるのです。
 五十嵐 そういう意味で、今でも憲法九条がもつ経済的効果は大きいと思います。自衛隊がもっと大きくなっていれば、それに関わる利権や不正ももっと巨額になったでしょうから。
 憲法問題では、坂内さんが言われたように、世論はまた憲法を守るべきだという方向に変わりました。私は、この変化した後の世論は、かつて護憲の世論が多数だったときとは、中身が違うと思うのです。その再変化の過程には、「九条の会」をはじめとした膨大な憲法学習運動がありました。憲法九条や現行憲法の意味・役割についての学習が壮大な規模で展開されたのです。私も講演などで話をしたり本を出したりしましたけれど、このように講演会が開かれ、憲法関係の本が出て、多くの国民が憲法を学ぶということは、かつてないことでした。
 だから、やっぱり憲法を変えるべきではない、今の憲法九条は必要だという意見は、かなり確信を伴ったものとして出てきていると思います。この点は、「九条の会」の活動や憲法学習運動、護憲運動の成果としてきちんと評価しておく必要があります。
 もう一つ憲法問題で問われるのは、周辺諸国やアジアとの関係です。中国や韓国など周辺諸国との経済・貿易関係を重視するなら、憲法九条を変え、自衛隊という軍隊を世界に出していくようなことは考えられません。小泉元首相の靖国参拝が、これら周辺諸国との経済・貿易関係をどれほどこじらせたか、経営者の方もよくご存知でしょう。日本が東アジアで生きていこうとするかぎり、現行憲法を変えることは百害あって一利なしです。

戦後労働運動の土台となった平和憲法

 坂内 さきほども触れましたが、日本の戦後労働組合運動はいろいろな弱点や紆余曲折はありましたが、基本的には労働者、国民の生活と権利を守る大きな役割を果たしてきたと思います。
 その土台を支えてきたのは、何といっても日本国憲法です。憲法九条の「戦争放棄」をはじめとして、第一一条の「基本的人権の不可侵性」、第一三条の「個人の自由」、第一四条の「法の下の平等」、第二一条の「集会、結社、表現の自由」もそうです。そして二五条の「国民の生存権」があり、二七条の「勤労の権利」があって、二八条で「団結権、団体交渉権」が保障されている。
 この日本国憲法があればこそ、戦後の日本の労働組合運動は社会的な役割を果たしてくることができました。その憲法が改悪されようとしている。参議院選挙によって若干の情勢変化は生まれているけれど、自民党は三年後の改憲発議のねらいを捨てていないし、「大連立」や政界再編の動きも含みつつ、改憲策動は依然として続いています。こうした中で、国民の多数派である労働組合がどういう立場をとるのか、どういう役割を果たすのか、まさに真価が問われる一年になるだろうと思います。
 連合は、憲法問題について議論を封印している状況にあります。改憲に賛成か反対かどちらも明確にしていません。しかし、改憲発議の動きが強まってくれば、国家の基本問題である改憲についてナショナルセンターが何も言わないわけにはいかなくなるでしょう。
 全労連は、もちろん憲法改悪に反対してたたかっていますが、中立系の組合でも全建総連、新聞労連、全農協労連、出版労連、航空労組連などが、憲法改悪に反対する運動を展開しています。昨年一二月一〇日には、憲法問題では初めてナショナルセンターの加盟の有無や所属の違いをこえて、労働組合の共同集会が開かれました。この運動の芽を大事にしていく必要があります。
 連合加盟組合の中でも、憲法九条を含めた改正に明確に賛成している組合は、UIゼンセン同盟と電力総連の二つしかありません。労働組合の方針として、九条を含め改憲反対を明らかにしているのは日教組、海員組合、私鉄総連などをはじめ数多くあります。こうした組合との多様な形での連携を含め、労働戦線で改憲反対の共同戦線をどのようにして築きあげていくのかは、今後の憲法闘争にとって非常に大きな比重を占めています。
 五十嵐 憲法九条とともに、「文化的生存権」を定めた第二五条も極めて重要です。これについて、ひとこと言いたいことがあります。
 この憲法第二五条は、最初の原案にはなかったもので、国会審議の中で衆議院議員だった森戸辰男の働きかけによって入れられました。昨年から話題の映画『日本の青空』では、鈴木安蔵と憲法研究会が描かれていますが、憲法研究会をつくった高野岩三郎は大原社会問題研究所の初代所長です。鈴木安蔵がつくった憲法研究会の原案には、この「文化的生存権」が入っていたのですが、それを参考にしたと言われるGHQの原案には入っていませんでした。元大原社研の所員で高野の弟子だった森戸は、国会議員になって憲法審議の委員会で主張して、それを入れたわけです。
 この第二五条の「文化的生存権」保障は、戦後日本の社会に非常に大きな意味を持ったと思います。それは今日、ますます重要になってきている。今のワーキング・プア問題についての「生きさせろ!」というスローガンは、まさに憲法第二五条の具体化を求める声そのものだと言えるでしょう。

総選挙をひかえ政治転換へ大事な年

 編集部 議論のなかで触れられたように、国民の力で政治を本格的に変えていく上で、大事な年になりそうですね。そこでの焦点について、最後に一言お願いします。

二大テーマで「活憲」を

 五十嵐 今、紹介しましたが、現行憲法の制定では大原社研の高野岩三郎元所長や森戸辰男元所員が大きな役割を果たしました。映画『日本の青空』には、大内兵衛元所員も登場しています。このような研究所の先輩の後に続こうと、私も改憲阻止の運動に加わり、憲法の理念の具体化をめざして「活憲」を唱えてきました。幸い、昨年は安倍首相を退陣させることができましたが、この力を発展させて、今年は二つの方向での「活憲」に取り組む必要があると考えています。
 一つは憲法第九条の具体化で、在日米軍の再編を契機にした日米の軍事的一体化と軍事力の強化を阻み、軍事利権を解明することです。この点では、大門議員に大いに期待したいところです。解散・総選挙に追い込み、自民党を政権の座から引きずり下ろしていただきたいものです。
 もう一つは憲法第二五条の具体化で、「反貧困」運動の本格化と非正規雇用問題の解決です。私は、週刊『金曜日』(一月一八日号)でもコメントしましたが、全労連と連合の政策化、組織化、運動の発展における競い合いや、一致できる課題での共同行動の進展にも注目しています。この点では、坂内議長のイニシアチブに期待するところ大ですが、是非、労働運動の新たな局面を切り開いていただきたいと思っています。

一万円の賃金底上げ、「貧困撲滅」へ

 坂内 御手洗経団連会長は、〇八年版経労委報告の序文で、「わが国の労使関係は、対立の構図が現実とは無縁なイデオロギーの産物にすぎないことを共通理解とし、協調的労使関係を築き上げてきた。企業内労使関係を特徴とする日本型雇用システムは健全に機能している」と述べていますが、これほど現実離れした言葉はありません。
 現実は、この五年間に企業収益、役員報酬、株式配当は二倍・三倍に増えたのに、労働者の賃金は九年連続下がり、生活保護以下の年収二〇〇万円以下が一〇〇〇万人を超えたのが実態です。財界は、こうした実態に目をつむり、企業第一主義の労使協調の労働組合を賛美し、たたかう労働組合を「現実とは無縁のイデオロギーの産物」などと攻撃せざるを得ない。このこと自体が、進行する絶対的貧困化の深刻さとこの撲滅を求める労働者のたたかうエネルギーの高揚に対する危機感のあらわれだと思います。
 労働者・国民の要求と運動が政治を動かすという新しい変化のもとで、〇八年春闘では誰でも一万円以上の賃金の底上げ、時間給一〇〇〇円以上の引き上げ、日雇い派遣の禁止などを実現することが、労働組合に求められる社会的使命だと認識しています。これを共同のたたかいで実現したいと思います。
 それは焦点の「貧困撲滅」の運動とも重なります。全労連は最低賃金闘争や非正規労働者の課題で、業者団体では消費税など税金の課題で、女性団体は児童手当削減の課題で、農民団体は米価下落の課題で、それぞれ各分野でがんばって運動を前進させています。これらの運動を「貧困撲滅」の共同戦線に結集して、憲法九条と二五条を柱として掲げつつ広げることが、いま早急に求められているのではないでしょうか。

対決の相手は「新自由主義」にあり

 大門 予想される総選挙を前後して、自民、民主の勢力は「大連立」も含めて、様々な思惑で動くでしょう。ただし私たちの側は、相手がどう出てこようと、中長期的なスタンスを固めて臨む必要があります。
 それには、新自由主義という対決の相手を分かりやすく国民の中に示すことが必要です。彼らは、この路線のもとに、雇用も社会保障も、税制も地方自治体も、全部作り替えようとしてきました。国民運動として、それにバラバラでそれぞれ反対しているのでは力が入りません。そうではなく、今、様々な分野の運動の根っこは、みんな新自由主義というイデオロギー、政治的手法とのたたかいでつながっていて、ここへ運動を集中して、本格的審判を下していく。このことを広く、明確にしていく必要があります。新しい本『新自由主義の犯罪』(新日本出版社、二〇〇七年)を書いたのも、そういう思いからです。
 政策軸では、憲法にしろ消費税にしろ、すでに「自民・民主の大連合」対日本共産党のたたかいが始まっています。この対決軸を大いにわかりやすく訴え、総選挙で必ず前進をしたいと思います。
 編集部 本日は、政局と運動について、それぞれ展望のわいてくるお話でした。ありがとうございました。
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