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対論
世界の中の日米関係と日本の進路(「前衛」2008年4月号)
石川 康宏 (神戸女学院大学教授)
大門 実紀史 (日本共産党参議院議員)

目次
1 世界構造の大きな転換の中の日米関係 石川康宏
2 アメリカ追従で思考停止の日本外交 大門実紀史
3 日米関係と福田内閣・大連立問題 石川康宏
4 経済面での対米追従がもたらしたもの─新自由主義「構造改革」 大門実紀史
5 ドル体制の不安と日本の進路 石川康宏
6 もう一つの「属国ニッポン」─日米軍事利権の構造 大門実紀史
対論のおわりに

 編集部 昨年の参院選での国民の審判により、参院での与党自民・公明の過半数割れという新しい情勢が生まれました。安倍首相の辞任と後継した福田内閣のもと、自民党政治の行きづまりがいろんな分野で噴出しています。一方で、海外派兵の恒久法や消費税増税、さらには憲法改悪などの基本問題を「大連立」によって反動的に打開しようとする動きも強まっています。
 本日は、こうした動きの背景にある日米関係をどう見るか、世界の構造変化が大きく進むなかでの日本の選択はどうあるべきかを、経済問題、日米軍事利権問題などを深めながら論じていただきます。

1 世界構造の大きな転換の中の日米関係
 石川康宏


 与えられた報告テーマについては、どれも少し問題提起的にやってみたいと思っています。まずは世界構造の大きな転換の中での日米関係、特にアメリカにおける外交戦略の新しい転換の兆しについてです。アメリカは二〇〇一年九月一一日の「同時多発テロ」をきっかけに、アフガニスタンやイラクで「対テロ」を名目とする戦争を行ってきました。しかし、大統領選挙でも大きな焦点の一つになったように、これらの戦争政策に対する一定の見直しの動きがアメリカ支配層の内部に出てきています。
 そうした見直し論が、単に戦争そのものがうまくいかないという理由からだけではなく、戦争に集中しているあいだに世界全体が大きな変化を遂げてしまった、これにアメリカがうまく対応できずにいるという問題意識から生まれてきているところが特徴的です。その根底には、アメリカの力の政策ではどうにもコントロールすることのできない世界のパワーバランスの変化、構造変化があります。

安保・外交戦略の再編を語るスマートパワー委員会報告
 ここで注目して取り上げたいのは、そのバランス変化に対するアメリカ支配層内部の新しい認識を示した文書です。二〇〇七年一一月六日に、リチャード・アーミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイ元国防次官補を座長とする「スマートパワー委員会」(戦略国際問題研究所が設置)が、〇八年末の大統領選を前に、次期大統領の採るべき安保・外交戦略を提案しました。
 同報告書の基本的な問題意識は、ブッシュ政権の対外政策はもっぱらハードパワー(軍事力)に依拠してきたが、それではうまく世界をリードできない、今後はもっとソフトパワー──それは外交・文化・理想などをつうじて“同意を形成する能力”などとも言われていますが──の活用に習熟し、ハードとソフトの二つのパワーを組み合わせたスマートパワー(賢い力)で世界をリードせねばならないというものです。そうしたことを言い出すさらに一歩手前の問題意識としては、イラク戦争等によるアメリカの国際的な信頼の低下、国際的な孤立の進行という認識があります。
 たとえば、こういう具合です。アメリカは二〇〇一年から「戦時下」にあり、その間に「恐怖と怒り」を世界に輸出してきた、それがアメリカのイメージと影響力を低下させた最大の原因である、いまや「イラクとテロに焦点をあてた狭い物の見方」でない世界全体をみた「より広い目標、戦略」が必要になっている。そして、新しい戦略として次期大統領は誰であったとしても、次の五つに取り組まなければならない。・同盟関係の強化と国際機構の再編、・途上国への開発支援、・市民レベルの外交の推進、・国内外での経済的格差の是正、・環境問題での技術革新など。
 ・は、国連の同意なしに有志軍という非公式な集団で戦争を行ったことが不信感を広めてきたという問題意識にもとづいていますし、国際機構の改革という点もアメリカの方針を国連などにオーソライズさせることを目的としてのものです。日米関係は、こうした同盟強化の対象となるものです。日本をふくむ東アジアとの同盟やNATOの強化も語られています。世界の意志を無視して、反対意見を振り切って力ずくで何でもやるということではなく、できるだけ多く、世界の合意を上手に取り付けながら、力の行使も行っていくということです。これがソフトパワーとハードパワーの結合です。
 ・については、後にもふれますが、特に中国がアフリカ諸国等との関係を深めていることに注目し、これに対抗する行動の必要性を強調しています。
 また、・については、地球温暖化問題での京都議定書など国際的な取り決めをたびたび拒否してきたことが、アメリカの信頼低下につながった、この点で姿勢の転換が求められているといっています。ブッシュ政権が参加したCOP13(気候変動枠組条約第一三回締約国会議、〇七年一二月)では、アメリカ、日本、カナダの姿勢に対して強い国際的な批判が起こりましたが、こうした批判をこそ鎮静化させる努力が必要だと、この文書はいうわけです。
 こうした方向は、すでにブッシュ政権に浸透しているところもあります。この報告書が出された二〇日後の一一月二六日に──報告書はただちに議会の公聴会にも届けられているわけですが──ロバート・ゲーツ国防長官が「軍事力などの『ハードパワー』ではなく、外交や経済支援などの『ソフトパワー』を強化すべきだ」と、同じ用語を用いて、同じ趣旨のことを語っています。「軍事費は引き続き確保する(が)『イラクとアフガニスタンでの戦争で最も重要な教訓は、軍事的な成功だけでは勝利できない』」ことだと述べ、さらに「米国の職業外交官の数は六千六百人で『空母打撃群一個の人員よりも少ない』」「軍隊は『文民や専門性の代わりにはならない』」と語っています(「しんぶん赤旗」一一月三〇日)。こうして、もっと外交を重視すべきだということを、現役の国防長官が語らずにおれないところに、アメリカの戦争政策のゆきづまりが良く表れているといえるでしょう。

二国間では米中関係を最重視
 報告書は、世界各地の状況分析を行ったうえで、世界の安全保障にとって今日「最重要」な関係は米中関係だと指摘します。これは、いまある米中関係をそのまま重要だというのではなく、この関係をどれだけアメリカに有利にコントロールしていくことができるのか、それが重要だということでしょう。一方で、北朝鮮の核問題への対応などに見られる米中の緊密化に一定の満足を示しながら、他方で、中国が「ソフトパワー」を活用してアフリカはじめ世界の各地や国際機関などへの影響力を拡大していることに警戒と対抗が必要だと述べています。別の機会にアーミテージ氏は「中国はアジアの覇権を着実に握ろうとしており、中国の影響力は米国をしのぐ可能性もある」と述べ、その上で、ブッシュ政権がイラク問題のみに没頭し、その間に中国の台頭を許していると批判しています(AFPBP News、二〇〇七年九月三日)。
 大統領選に名乗りをあげている民主党のヒラリー・クリントン上院議員は、内容上これに大きく重なる外交政策を発表しています。『フォーリン・アフェアーズ』〇七年一一・一二月号に掲載された論文「二一世紀の安全と機会」(邦訳は『論座』〇七年一二月号掲載)で、ポスト・ブッシュ政権の外交政策を広く展開したクリントン氏は、人権問題や通商問題などでの対立はあったとしても、米中関係は二一世紀の最も重要な二国間関係であり、両国の協力を深めていくことが第一義的に重要だとしています。
 同論文は、イラク戦争についても、一人残らずの完全撤退は拒否していますが、政権発足から六〇日以内にイラクからの米軍撤退を開始するとして、イラク戦争の終結がアメリカの「指導力回復の最初の一歩」であると強調しています。基本的な問題意識は、スマートパワー委員会報告とかなりの共通性をもつものです。

自立した世界各国が生み出す加速度的な構造変化
──ヨーロッパ・南米・アジア

 以上のような戦略再編の大きな背景になっているのは、世界構造の急速な変化に対する認識です。アメリカの顔色をうかがう必要をもたない本当に自主的な内政・外交を展開する国々が増加し、またそれらの国々が縦横に交流しあう新しいネットワークを形成しています。自分の国がどういう政治を行うかを決めるときに、いつでもアメリカの顔色をうかがっている日本は、世界の圧倒的な少数派です。こうした自主独立と連帯の政治の流れは、ヨーロッパ、南米、東アジア、南アジア、ロシア、アフリカ、中東と、世界のどこでも力を増しています。
 昨年から今年にかけての大きな動きのいくつかを見てみると、ヨーロッパではEU(欧州連合)が二七カ国首脳会議による「ベルリン宣言」(〇七年三月二五日)で、さらに互いの統合を深め、新たにEU大統領(欧州理事会常任議長)や外相を置き、欧州議会の権限を強めていくことを決めました。イギリスはイラク戦争でアメリカと肩をならべる役割を果たしましたが、有力なシンクタンク国際戦略研究所の「二〇〇七年版戦略概観」(九月一二日)は、アメリカのイラク政策は失敗だ、湾岸諸国やアジアで外交・安保でのアメリカ離れが始まっていると述べています。また同じくオックスフォード・リサーチ・グループは、多国籍軍はイラクから全面撤退することが必要だと述べています(一〇月七日)。英仏独伊の四カ国有識者アンケートは、「今後重要になるEU以外の相手国は」との問いに、中国三九%、アメリカ二七%、インド一二%、日本九%と回答しています(調査は〇七年二〜三月)。さらにEUは、フランスとベトナム、イギリスとマレー半島、オランダとインドネシアなどのかつての宗主国と植民地という大きな対立を乗り越えて、TAC(東南アジア友好協力条約)への加盟を表明しました(八月一日)。
 中南米では、小さなスペースでは到底紹介できないほどの大きな変化が起こっています。「ボリバル代替統合構想」(ALBA)が〇四年にスタートし、キューバ、ベネズエラ、ボリビア、ニカラグアが加盟していますが、これは単に共同市場をつくるというだけでなく、互いの連帯のなかでいかに貧困を克服していくかという強い意識に貫かれたものとなっています。キューバとベネズエラの協力による白内障患者の無料手術は一〇〇万人を超えたといわれます。さらにオブザーバーの六カ国も参加して開催されたALBAの第五回首脳会議(〇七年四月)では、ベネズエラが中国と合意した「大戦略基金」(六〇億ドル)をALBAの事業に活用する見通しも語られました。また第一回の「南米エネルギー首脳会議」(四月)、「ペトロカリベ」(加盟一七カ国)第四回首脳会議(一二月)と、中南米カリブ諸国のエネルギー協力が急速に成長しています。ベネズエラは二〇〇五年のハリケーン・カトリーナによる被災以後、毎年アメリカ国内の低所得者に対する暖房支援を行っています。さらに南米南部共同市場(メルコスル)に参加する五カ国による南米議会が、二〇一〇年に発足することになっています。加盟国はアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ブラジル、ベネズエラです。
 加えて、この地域では社会主義への挑戦をめぐる議論と実践が活発です。ベネズエラ、ボリビアの社会主義への挑戦。ガイアナの政権党である人民進歩党も「科学的社会主義」をかかげているそうですし、ブラジルの政権党である労働党も第三回大会(八月)で社会主義を多いに議論しています。かつての「アメリカの裏庭」は、いまや世界の激動の最大の焦点となっています。
 アジアの動きでは中国とアフリカ諸国との関係強化が目立ちます。胡錦濤国家主席がアフリカ八カ国を歴訪し(〇七年二月)、「中国・アフリカ協力フォーラム首脳会議」(〇六年一一月)で約束したアフリカ支援の具体化をすすめています。その後、アフリカ開発銀行の総会が一九〇〇名という史上最大の規模で中国で行われ(五月)加盟はアフリカ五三カ国、域外二四カ国となっており、中国は八五年に加盟しています、さらに中国アフリカ発展基金(最終的には五〇億ドル)の創設(六月)、国連本部での中国・アフリカ四八カ国外相会議(九月)と続きます。またASEAN(東南アジア諸国連合)は二〇一五年の共同体実現に向け、一一月に「ASEAN憲章」への署名を済ませました。さらにアメリカには、イラクの次はイランとの戦争を求める動きがありますが、これに対抗して、第一四回南アジア地域協力連合首脳会議はイランを準加盟させていますし(四月)、カスピ海沿岸首脳会議五カ国(ロシア・トルコ・イラン・トルクメニスタン・アゼルバイジャン)は対イラン戦争に自国領土をつかわせないことを確認しています(一〇月)。
 隣接した地域の統合だけではなく、大陸をこえた交流も活発に進められています。インド・ブラジル・南アサミット(IBSA)は、第二回首脳会談(一〇月)で貿易や環境問題をめぐる先進国主導の動きに懸念を表明し、IMF(国際通貨基金)中心のアメリカ主導の通貨体制を改革するよう求めています。また同じ一〇月の第四回外相会議では「新興国サミット(G5、IBSAと中国、メキシコ)」を提案しました。
 新聞で目についたものをザッと紹介するだけでこのようになっています。短期間に非常に大きな世界構造の変化が起こっている。だから、アフガンとイラクに没頭しているあいだに、アメリカは変化の波に乗り遅れてしまった、世界支配のための包括的な視野がもてなくなった、そういう先の報告書のような自覚が生まれてくるわけです。アーミテージ氏等に、アフガンとイラクの戦争に没頭してきたブッシュ政権の視野の狭さを批判させ、より広い戦略をもつことの緊急性を語らせたのは、こうした世界の急速な変化です。その間に、有志連合の主力であったイギリスやオーストラリアで戦争政策の転換が焦点となって政権交代が起こり、また日本でもテロ特措法が期限切れになるわけです。とはいえ、あくまで報告書は、アメリカの世界支配の再編を目的としたものであって、支配をあきらめるというものではありません。

米国から日本への軍事的貢献強化の要求
 さて、こうした世界の中での日米関係です。先のクリントン論文には、そもそも日米関係がどこにも登場していません。今年の一月二一日になってようやく対日配慮のために声明を出し、日米関係は「極めて重要」と述べた程度です。またクリントン政権が実現すればその国務長官候補だと報道されるホルブルック氏は、同じ日の講演で「日本は無視されたと感じるべきでない」と語りました。このような日米関係の位置づけは、おそらく最重要問題である米中関係をコントロールする手段として日本を活用するのは当然なのだが、その日本の自由な活用という点については取り立てて語らねばならない大きな課題はないということでしょう。すでによく出来上がった従属国だということです。
 スマートパワー委員会報告も、ブッシュ政権のもとで日米同盟が強固になったことは評価していますが、日米関係に多くを費やしてはいません。しかし、ジョセフ・ナイ氏は、日本に対して「ソフトパワーで周辺諸国を引きつけるだけでなく、自衛隊をつかって国際秩序維持に参加すること」「インド洋での給油活動はハードパワーの正当な行使だった」と述べ、特にハード面(軍事力行使)での対米奉仕強化を求めています(「朝日」〇七年一二月五日)。改憲への圧力や、日米同盟強化、日本の対米従属的な軍事的一体化、米軍への奉仕の要求はますます強いものとなるでしょう。
 こういう角度からみると、日本の外交上の進路については、自主独立と相互の協調や連帯を当然視し、アメリカにへつらうことのない世界に向かう大きな流れに日本が加わるのか、あるいはこうした動きに正面から刃向かい、アメリカによる世界支配をなんとか再編・維持していこうとするアメリカの従属者の立場に立ちつづけるのか、そこが大きく問われるわけです。アーミテージ氏が共和党の大統領候補であるマケイン氏の外交顧問に就くという報道もありますが、ポスト・ブッシュに向けたアメリカ国内での安保・外交戦略論議の一つの大きな軸点として、スマートパワー委員会報告には注目が必要ではないかと思っています。

2 アメリカ追従で思考停止の日本外交
 大門実紀史


 アメリカが世界からの孤立を認識し、若干の反省をこめてスマートパワーの方向を模索し始めているようですが、石川さんのいわれるとおり、あくまでアメリカの世界支配の再編を意図したもので、一国覇権主義の方向を捨てたわけではないとおもいます。むしろ自国の一国覇権主義に各国を組織化しようとしているのではないか。アメリカはソ連崩壊後、共和党政権であれ民主党政権であれ、やり方の違いはあっても一国覇権を一貫して追求してきました。
 いま国の外からだけでなく米国民の中からもイラク戦争への懐疑の声、軍事力一辺倒のやり方にたいする批判が出てくるようになった。ソフトパワーへの方向転換を模索し始めたのは、やはり米国内の世論の変化が第一の要因ではないでしょうか。

経済政策への批判も
 アメリカの一国覇権主義への批判は、イラク戦争だけでなく、アメリカ主導のグローバル化、新自由主義路線に対するものも根強くあります。それが中南米の変化をうみ、各国の労働運動や社会運動でも新自由主義とのたたかいが大きなテーマになっています。
 この点ではアメリカ国内も同じです。〇六年一一月のアメリカの中間選挙で民主党が勝った背景にも、イラク戦争批判だけでなく、新自由主義政策がもたらしたアメリカ国内の経済格差、貧困の拡大に対する不満の広がりがありました。ブッシュ政権の自由貿易路線にも反発が示されました。中国などへの海外投資ばかりが優先され、国内の産業、雇用が守られていないという不満です。ブッシュへの支持が低下してきたのは、経済政策への不満だと指摘する声もあります。今回の大統領選挙でも、民主党の政策の目玉は、イラク問題というよりヘルスケア政策、医療保険制度の構築です(それも政府主体の制度ではなく民間保険を活用したものですが)。大統領指名候補争いの流れを決めたといわれるニューハンプシャー州の予備選でも、投票した人の一番の判断材料はイラク問題よりも経済問題でした。現地の報道によると、出口調査で何が最重要課題かとの問いにたいし、民主党員では、経済問題と答えた人が三八%、イラク問題という人が三一%でした。共和党員でも経済が三一%でイラクは二四%。党派を超えて、イラクよりも経済が大きな大統領選挙の判断材料になっています。
 イラク戦争に対する反発と同時に新自由主義路線に対する批判が、世界からもアメリカ国内からも出ている。この両面で方向の切り替えを迫られているのだとおもいます。

注目はアメリカの対中国外交
 アメリカの対中国外交がどうなるかも注目点です。アメリカは中国の軍拡や対中貿易赤字に警戒心を抱きながら、石川さんがいわれるように、クリントン候補は米中関係が「今世紀で最も重要な二国間関係になる」といい、オバマ候補は「自分が当選したら『一つの中国政策』をとる」と表明しています。
 問題は対中経済政策です。アメリカの一番の貿易摩擦の相手は、かつては日本でしたが、いまは中国です。しかし中国は日本のように何でもアメリカの言うことを聞くわけではありません。そこでソフトパワー重視ということなのでしょう。ただ、アメリカの貿易赤字の最大の原因が中国製品の競争力だという不満が米国内に相当あり、それは自由貿易主義を掲げる共和党を支持する経済界からも出ています。その主要な要因が人民元の過小評価であるとし、人民元レートの切り上げ要求もかなり強いものがあります。
 しかし人民元はいまも基本的にドルと連動するしくみになっていますし、中国はドルによる外貨準備をまだ大量に抱えており、この間、減少させているとはいえ米国債の保有も日本に続き世界第二位です。アメリカも大幅に人民元を切り上げろとは言えないわけで、短期的な柔軟性(変動幅)を導入するよう求めるのがやっとです。一般に民主党は保護貿易主義だと言われていますが、アメリカにとって中国との貿易と投資の関係は表裏一体なので、民主党が次期大統領になっても、制裁的な措置は容易ではないとおもいます。
 したがって当面、米中関係は経済的により親密度を増す方向になるとおもいますが、中国のドル離れがすすむと同時に人民元レートがアメリカの許容範囲をこえるときが米中関係見直しのきっかけになるのではないでしょうか。この点、なにがあっても米国債を買い取り保有しつづけてアメリカに奉仕する日本の姿は異常です。

思考停止の日本外交
 石川さんからお話があったように、大きな世界の変化にもアメリカの今後の政策展開にもまったく鈍感なのが自公政権です。なんでもアメリカいいなりで、世界に向けた独自の外交戦略というものがない。アメリカも、そういう日本を、ただ自分たちのために活用する対象とだけ考えていて、ソフトパワーなど弄する必要はない相手と踏んでいるのでしょう。アメリカの有力大統領候補のうち、共和党のマケイン候補だけが日本に言及し、「国際社会のなかで日本の台頭をのぞむ」と言っていますが(『フォーリン・アフェアーズ』〇七年一二月号)、それも日本を中国包囲網の先陣に仕立てようという意図のようです。石川さんの「よく出来た従属国」という表現は、日本人の一人として情けないかぎりですが、まったくその通りだとおもいます。
 アメリカいいなりの極めつけが新テロ特措法の再議決でした。参議院で否決したにもかかわらず、衆議院で五七年ぶりの再議決を強行しました。この点でもイラク戦争とは何だったのかと世界的に懐疑の声が広がり、米国内でもイラク政策の見直しの世論が高まっているときに、ブッシュ政権の顔色しか目に入らない。
 世界の変化がわからず、アメリカ追従なのは経済政策でも同じです。政府の来年度予算でも、中身は細かく触れませんが、要するに世界的には見直しの対象になり、米国内でも怨嗟の声が出ている新自由主義「構造改革」をまだ継続しようとしています。「構造改革」路線とは、かんたんに言えば、多国籍大企業の国際競争力をつけるために政府あげて応援するということです。そのため雇用も社会保障も税制のあり方も根本的につくりかえる。来年度予算でも、総選挙対策として医療、農業、地方などには若干の「配慮」をしているものの、社会保障費を二二〇〇億円抑制しながら、大企業むけの研究開発減税は四三〇億円の大盤ぶるまいで、従来の「構造改革」路線を継承しています。
 私たちが様々な問題でアメリカいいなりを批判すると、政府・与党は、共産党と違って日米同盟は国の根幹だと思っていると開き直るだけで、日米同盟の中身やもたらしている害悪に目を閉じてしまいます。立場は違っても、これからの日米関係について具体的に議論をしようとしても受け付けない。まさに思考停止ですね。
 世界の流れが見えないのは民主党も同じです。たまに米軍への「思いやり」予算などについて批判的な質問をする議員もいますが、それは額が多すぎる程度の話で、日米同盟そのものの批判には至りません。もともと民主党も日米同盟を絶対視する立場は自民党と変わりがないのです。
 民主党は、与党の新テロ特措法にたいし、自分たちの対案を出しました。その中身は、陸上自衛隊をアフガンの本土に派遣だの、武器使用要件の緩和だの、国連決議がある場合は海上阻止活動に自衛隊が参加できるとか、与党案よりも憲法九条を踏みつけにするものでした。
 民主党は、当初、小沢代表が言っていたように、ブッシュはあと一年もない、アメリカの民意もイラク戦争への反発が出ている、次期大統領になればイラク政策に変化があるとおもい、与党のテロ特措法の延長に反対し政局に持ち込もうとしました。ところがシーファー駐日大使との会談などをつうじ、民主党のうごきがアメリカ側の相当の怒りを買っていることを知った。そこでアメリカの機嫌をそこねないほうがいいと判断し、対米協力により積極的な対案を出して歓心を得ようとしたのではないでしょうか(実際、民主党の対案はコーエン元国防長官などにほめられました)。
 昨年の臨時国会のはじめ、小沢代表は、与党が参院で否決した新テロ特措法を衆院で再議決したら、参院で首相の問責決議案を出して解散総選挙に追い込むと意気込んでいたのに結局そうしなかったのも、また再議決の本会議に棄権、欠席して反対の一票を投じなかったのも、アメリカへの気兼ねがあったからではないか。小沢代表が自民党との「大連立」に一度は傾いたのもアメリカの方を見ていたような気がしますし、アメリカ追従という点では、自民党も民主党も同じだとおもいます。

改憲にむけた「大連立」構想と「国際貢献論」
 福田首相と小沢代表の「大連立」騒動は、自民党より、むしろ民主党の日米同盟を絶対視する姿勢が「地金」をあらわしたものといえるでしょう。
 いま国会は「ガソリン国会」といわれ、自民、民主がいかにも激しく対決しているかのような構図で描きだされていますが、根底ではこれからも大連立や政界再編の動きをはらみつつ推移していくのではないかとおもいます。連立や政界再編の最大の目的は、自衛隊の海外派兵の恒久法化と消費税増税、そして憲法を変えるということです。しかし実際に二大政党が手を組んで改憲をすすめるということになれば、国民世論の厳しい審判を受けざるをえないでしょう。なぜならいくら国会で圧倒的多数を握っても、憲法九条を守れという声は国民の過半数以上だからです。
 そこで彼らは世論を誘導するために、さらに「国際貢献論」を前面に押し立ててくるだろうとおもいます。
 あとで石川さんからお話があるとおもいますが、靖国派的なナショナリズムが歴史を歪めてまで愛国心を煽って国民を戦争に駆り立てようとしても、そういうのはどこか国民から見透かされるところがある。参院選でも安倍前首相が唱えた「戦後レジームからの脱却」には多くの国民が違和感を示しました。
 ところが新テロ特措法にたいする世論調査では、反対のほうが上回っていたとはいえ、賛成も四割ぐらいあった。賛成と答えた人たちは別に愛国心を煽られたわけではなく、「国際貢献論」に傾いた人が多かったのではないか。
 驚いたのは日本のマスコミの姿勢です。新テロ特措法の再議決の翌日の大手新聞の社説はひどかった。日米同盟に疑問を抱かないし、自民、民主の「国際貢献論」をそのまま垂れ流しているに等しい。マスコミの姿勢も日米同盟が大前提ですから、自民・公明も民主も、全然不安がないのでしょう。ますます「国際貢献論」で世論を組織しようという動きが強まるのではないかとおもいます。その分、「国際貢献論」とはなんなのか、その本質をより鮮明に示していくことが重要です。
 この点では、日本政府の場合、アメリカと一緒にやっていくことが「国際貢献」なのですから、アメリカの世界戦略=軍事覇権と経済覇権が表裏一体となった一国覇権主義がどうして「国際貢献」なのか、という点を具体的に明らかにしていく必要があるとおもいます。

外交の軸足をアメリカから東アジアへ
 日本の東アジア外交のあり方も、世界の変化と流れから位置づけて考えなければならないのですが、国会での自民党や民主党の議論は程度の低いものが目立ちます。 
 私は参議院の国際問題調査会に二年ほど所属し、東アジア外交はどうあるべきかを議論したのですが、例えば、中国にたいしても自民党議員も民主党議員も共通して二つの意見しかない。一つは中国脅威論です。軍事的、経済的な脅威をさかんに煽り「仮想敵国」として中国を描き出そうとする。それを根拠に日本の防衛力の増強を求めるという流れです。もう一つは日本財界の代弁です。中国との関係が悪くなれば、中国と取引している日本企業はどうするんだという目先の企業利益論です。東アジアの中で日本はどう生きていくのか、そのなかで中国との関係はどうあるべきか、歴史問題をとらえる、経済や企業の関係を考えるという議論はほとんどありません。私がそういう提起をしても、結局、自民党も民主党も中国脅威論か目先の企業利益論に戻ってしまうのです。
 そういう思考回路になるのも、ふだんから何でもアメリカ追従で大きな外交を自分の頭で考えられないからだとおもいます。日米同盟を絶対視し、そのもとで東アジアも中国の問題も考えるというスタンスが固定化しています。
 私は東アジアでの連携なしに、日本経済の未来も国民レベルの生活向上もないとおもっています。時間の関係で結論だけにしますが、東アジアの連携をすすめるうえで三つのことが重要だと考えています。
 第一は、金融面での連携です。新自由主義の特徴であるマネー資本主義のもと、投機化したマネーが世界中を駆け巡っています。国際的な規制も模索されると同時に世界の各域内での金融協力がすすむでしょう。今後、世界通貨は四極化していくのではないかといわれています。東アジア、中東産油国、ユーロ、ドル(北米、南米)です。この根底にはドルに対する懸念があります。ドル暴落の可能性というのは何年も前から言われているのですけれども、〇四年ぐらいからもうドル安の傾向ははっきりしているのではないか。中東の産油国もこの間、ドルからの独立を模索するうごきが強くなっています。中国も一時、米国債を増やしてきましたが、いまはユーロに分散し始めています。またドル圏でも、昨年一二月一〇日、中南米の七カ国が「南の銀行」(バンコ・デル・スルー)をつくることを決めました。アルゼンチン、ベネズエラ、ボリビア、ブラジル、エクアドル、パラグアイ、ウルグアイの七カ国による南米地域の銀行です。これはアメリカが世界に、とくに途上国に押しつけてきたIMF(国際通貨基金)によるワシントン・コンセンサス、新自由主義路線に対する金融面での反発、対抗軸という側面があります。必ずしもドルの傘下でいつまでもやっていないぞという意思表示をしているのではないでしょうか。
 東アジアの域内金融も一定すすんでいます。九七年のアジア通貨危機の際、アメリカなどのヘッジファンドにやられた苦い教訓から、いざという時に東アジアで助け合おうという気運がASEAN諸国に生まれました。すでにいくつかのスキームができています。「チェンマイ・イニシアチブ」は、ある国に通貨危機などがあった時に緊急に必要な資金をお互いに用立てる二国間のスワップ協定で援助する仕組みです。「アジア債権市場の育成」は、アジアの通貨建てで東アジアに債権市場をつくることが目的です。日本もこれらのとりくみに積極的に支援しています。問題はこれらのとりくみが今後どの方向に発展するかです。複数通貨と連動したレートの固定相場制である通貨バスケットからアジア共通通貨まで発展していくのか、その場合、円の果たす役割がどうなるのか、人民元はどう位置づけられるのかなど課題はたくさんありますが、何らかの地域通貨システムが構築されていくのではないでしょうか。いずれにせよ、東アジアの連携は歴史的経過から金融面が先行していくとおもいますが、各国民のくらしを安定、向上させる方向で金融協力がすすむことをのぞみます。
 第二は、国民レベルの連帯です。とくに農業分野と労働の分野で連帯から連携への流れをつくることが大事だとおもいます。東アジアの域内貿易は伸びています。そのなかで焦点になっているのはFTA(自由貿易協定)をどう考えるかです。域内貿易は重要ですが、政府や民主党の主張を聞いていると、相手国との貿易の問題だけで議論し、お互いの国民生活レベルでの深い議論がない。東アジアの農業にはアメリカなどのメジャーや日本の商社が入り込み、輸出向け作物を現地の農民に低賃金で生産させ自然環境も破壊してきました。国際労働移動が広がるなか、たんに低賃金労働力として東アジアからの労働者を受け入れることは、日本の労働者の賃金、労働条件を抑え込み、切り下げる役割を果たします。資本の論理だけで貿易関係が発展しても本当の意味で東アジアの連携はすすみません。日本の国民のくらしも相手国の国民の所得も向上していくことをめざす、東アジア諸国の経済発展が前述の金融協力、共通通貨まですすみ、為替の格差が縮小していくことまで視野に入れた長中期的視野での国民レベルの連携が大切です。この点ではすでに始まっていますが、東アジア内での農業者の交流、労働組合の交流を形にしていくことが重要だとおもっています。
 三つ目に、日本政府の姿勢を自主独立の立場に変えることです。東アジアでの共同をすすめるうえで、ASEAN諸国は、日中で協力してイニシアチブをとってすすめてほしいと願っています。またASEAN諸国はアジア通貨危機の経験からアメリカ主導のIMFのワシントン・コンセンサスは、もうこりごりで、ASEANプラス3(日中韓)で共同をすすめたいとおもっています。ところが日本政府はアメリカへの配慮から、その枠組みにアメリカも関与してもらったらどうかとか煮え切らない。自民党議員の中にはAPEC(アジア太平洋経済協力会議)だけでいい、東アジアの共同などいらないという人もいます。ここにも日本の独自のスタンスのない対米追従の思考停止がありますが、東アジア全体の変化が日本に自主独立を求めていることに気付くべきです。

3 日米関係と福田内閣・大連立問題
 石川康宏


 アメリカの安保・外交戦略の再編については、アメリカ国内の世論とのかかわりでもとらえる必要があるという大門さんのご指摘はそのとおりでしょうね。最近は、急速な経済危機の深刻化を前に、大統領選挙も争点が「戦争」から「経済」へと大きくシフトしてしまった感がありますが、そこも政治のリアリティなのでしょう。その中でも安保・外交戦略の変化には注目をつづけたいところです。また、世界の変化に対する自公政権や民主党の理解の浅さというのか、無関心というのかアメリカ追随を無条件に外交の基軸にすることの結果でしょうが、そこのお話はうかがっていて本当におそまつだと思いました。現代に生きる政治家としての根本の資質が問われるところです。
 さて、次は日米関係と福田内閣・大連立です。これは大門さんにお話ししていただいたほうが良いように思いますが、マスコミ情報をつうじてしか政治の世界が見えない者には、またこの数年、学生たちと「慰安婦」問題などを学んできた者にはこう見えているということで、お話しさせていただきます。

日米の靖国・「慰安婦」問題摩擦
 この間の日米関係の変化の基本は、アメリカに対する日本の従属的な軍事一体化と、それを憲法に書き込む策動の強化、一言でいえば日米同盟の質的強化によって特徴づけられています。その方向自体は、小泉政権から福田政権まで一貫したものだと思います。その上で、取り上げたいのは、小泉政権末期から特に安倍内閣の時期に日米間でトラブルになった、靖国問題・「慰安婦」問題での日米摩擦です。
 先ほどスマートパワー委員会報告の立場からする対日要求にかかわって、日本のハードパワーの増強を求めるジョセフ・ナイ氏の言葉を引きましたが、ナイ氏は日本のソフトパワーの発揮についても述べており、特に次のように「過去の歴史」理解について注文をつけています。
 「ただし、日本のソフトパワーが過去の歴史の文脈で語られると危ない。国民や政治家が、周辺諸国に(日中戦争から太平洋戦争へと向かった)一九三〇年代を思い起こさせるような言動をとると、今とは全く異なる日本像が浮かび上がってしまう」(「朝日」二〇〇七年十二月五日)。簡単にいえば、これは、かつての侵略戦争を正しい戦争だと肯定する靖国派の台頭は、アメリカの戦略にそったソフトパワーの発揮にならない、それではアメリカは困るということを述べたものです。
 アメリカがこの問題で日本に対するはたらきかけを強めるのは、二〇〇六年頃からです。小泉首相は就任当初の二〇〇一年から靖国参拝をつづけましたが、アメリカ政府は当初これを問題だとはとらえません。ところが、〇六年になってブッシュ大統領が日米首脳会談でその中止を要請するようになり、さらに小泉氏がこれを拒否した後には、「ポスト小泉は靖国に行くな」と圧力をかけるようになる。
 同じ変化が「慰安婦」問題についても起こってきます。じつは「慰安婦」問題で日本政府を批判する決議案は、これまで何度もつくられてきた。しかし、それは一度も議論さえされませんでした。ところが、それが〇六年に下院の外交委員会で初めて議論され、ただちに決議される。さらに〇七年には外交委員会で可決(五月二六日)されるだけでなく、下院本会議でも決議された(七月三〇日)。明らかに急速な姿勢の転換がありました。
 結局「ポスト小泉」には靖国派「期待の星」であった安倍晋三氏が就きますが、安倍首相は靖国参拝ができないだけでなく、反対に就任直後には中国・韓国への謝罪訪問を余儀なくされます。また二〇〇七年三月に国会で「狭義の強制性はない」「謝罪の必要はない」と、「慰安婦」問題で靖国派としての本音を口にして世界を驚かせますが、これに対してアメリカは非常に強い圧力をかけました。シーファー駐日大使は「このままでは、北朝鮮の拉致問題で日本を支援できなくなる」と警告し、これをうけて安倍首相は四月三日に電話で「河野談話」の継承をブッシュ大統領に伝え、事態の収拾をはかります(「東京」二〇〇七年十一月八日、韓国「中央日報」十一月九日)。そして、安倍首相は四月二十七日の日米首脳会談で、アメリカに対する謝罪を行うわけです。安倍氏は拉致問題の解決を重要公約として首相の座についたわけですが、アメリカはこれを逆手にとって「拉致問題」と「慰安婦」問題のどちらをとるのだと厳しく安倍政権に迫ったわけです。

ブッシュ政権の目論見と財界内部の声
 もちろん靖国・「慰安婦」問題でのアメリカ政府や議会の動きは、様々な要因によっており、単純にどれかひとつに還元することはできません。たとえばそこにはあらゆる戦時性暴力の根絶を求める国際世論の高まり、これと結びついて「慰安婦」問題の解決を求める独自の取り組み、元「慰安婦」を含む侵略の被害者が生存する東アジアの政治的発言力の拡大、太平洋戦争の正当化に対するアメリカ国内の反発、そして日本政府内での靖国派の台頭を抑制したいブッシュ政権の目論見など、多くの力がかかわっています。
 その中から特にブッシュ政権の目論見に注目すれば、次の二つが重要だろうと思います。一つは、アジアでの日本の役割をよりアメリカの国益に合致させていきたい、そのために靖国・「慰安婦」問題の解決あるいは収束を日本政府に求めたいという欲求です。元駐日大使特別補佐官のケント・カルダー氏は「『米国一辺倒』だけでは米国も困ってしまう」(『週刊東洋経済』〇六年七月一日号)という文章の中で、「何より、米国から見て、アジアにおける日本のリーダーシップは重要であり、それが道義性の喪失〔首相による靖国参拝のこと──石川〕によって損なわれるようなことになれば、日米両国、日米同盟にとってもマイナスになる……米国も困ります」と述べています。背景には中国をはじめとする東アジア経済の急成長──アメリカにとって中国はすでに第二の貿易相手になっているわけですから、この関係を自らに有利に導きたいとの思いがある。しかし、東アジアはアメリカをふくむAPECを主体とした経済統合ではなく、ASEANを中心的な推進力とする東アジアサミットによって統合ルールをつくる方向に進んでいる(この点については拙稿「自立と平等の『東アジア共同体』に向けた日本の役割──『脱ドル』の動きに注目して」『前衛』二〇〇五年九月号、「前進する東アジアの共同とアメリカによるアジア政策の転換」『前衛』二〇〇六年九月号を参照)。そこでそのルールをアメリカ多国籍企業に有利なものとするための「日本のリーダーシップ」を期待せずにおれない、そのためにリーダーシップ発揮の障害となっている露骨な侵略戦争肯定をやめさせたいとなるわけです。
 もう一つは、日本の政権内部で靖国派が強くなりすぎると日米同盟自体が危険にさらされるという懸念です。下院議員に配布された議会調査局報告書「日本軍慰安婦システム」を作成したラリー・ニクシー氏は、韓国紙のインタビューに対して「日本国内の歴史修正の動き〔靖国派の動きのこと──石川〕は、長期的に日米同盟にも悪影響を及ぼす恐れがある。もし彼ら(の)日本での影響力が大きくなり、日本人が自分たちは戦争当時起こったことに責任がないと考えるなら、戦争責任はだれが負うことになるのか。米国が有罪になると修正論者〔靖国派〕たちは主張する。そのような態度は、日米同盟にとっても危険なものとなりうる」と述べています(「東亜日報」二〇〇七年四月二十四日)。靖国派はかつての戦争の責任をアメリカに押しつけ、またアメリカを「鬼畜米英」と呼んで嫌ったわけですから、この勢力が日本政府内に拡大すると日米同盟に軋みが生まれるのではないか、そこをアメリカ側は危惧したわけです。
 加えていえば、経済同友会も東アジアでの経済活動を拡大するためには、靖国路線のかなり大きな修正が必要だとする文書を発表しています。「今後の日中関係への提言──日中両国政府へのメッセージ」(〇六年五月九日)、「東アジア共同体実現に向けての提言──東アジア諸国との信頼醸成をめざして」(〇六年三月二九日)の二つです。前者は「首脳レベルでの交流を早急に実現する上で大きな障害となっているのは、総理の靖国神社参拝問題である。この問題については、わが国が国際社会の中で占めている重要な地位と担っている責任に鑑み、自らの問題として主体的かつ積極的に解決すべきことであると考える」「『不戦の誓い』をする場として、政教分離の問題を含めて、靖国神社が適切か否か、日本国民の間にもコンセンサスは得られていないものと思われる。総理の靖国参拝の再考が求められると共に、総理の想いを国民と共に分かち合うべく、戦争による犠牲者すべてを慰霊し、不戦の誓いを行う追悼碑を国として建立することを要請したい」といった具合です。これは財界主流の意見とはいえませんが、こうした見解が財界内部から出されている事実は重要です。

古典的・原理的靖国派と現実主義的靖国派
 安倍内閣が短命であった最大の理由は、七月の参議院選挙での国民の審判でした。審判の基準となった問題は、第一にあまりの貧困化に対する国民の強い不安と不満、第二に戦前社会を「美しい国」として美化する安倍内閣のもとでの改憲に対する不安と不信であったと思います。しかし、これに加えて靖国派主導での改憲路線に対するアメリカからの懸念と批判も、小さくない役割を果たしたものと思います。
 安倍首相は、九月八日の日米首脳会談直後にテロ特措法延長に「職を賭す」と述べ、四日後の九月一二日にはテロ特措法延長のために自分が首相であることが障害になっていると辞任を表明します。一国の首相が外国の軍艦に石油を渡すために首相の地位をなげうつのは、本当に異常な事態であり、ここにも対米従属的同盟関係の強化を求めるアメリカ側の圧力の強さがあらわれています。
 安倍首相辞任の後、麻生氏と福田氏を候補者とする自民党総裁選が行われ、靖国色が相対的に薄く見える福田氏が選出されました。「創氏改名」を朝鮮人が望んだと語る(〇三年五月)など靖国派としての「前科」が鮮明な麻生氏より、福田氏の方がマシである。アメリカも日本の財界もそうした判断をもちました。それが自民党国会議員を短期間に福田支持へと導いた大きな理由となっていきます。
 総裁選当日の「朝日新聞」は、福田氏選出に対するアメリカ政府関係者の声を次のように紹介しました。「グリーン前米国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長は福田氏を『現実主義者だ。日米同盟の重要性を理解している』と評価。『北朝鮮や中国に対し、より実際的な対応をするのではないか』と期待する」。つまりアメリカにたてつくことはないだろうし、東アジア外交もアメリカがすすめる対話路線に接近するだろうということです。さらに「上院外交委員会のスタッフは、福田氏が靖国神社の参拝や従軍慰安婦問題など、近隣諸国を刺激する問題と結びついていない、と指摘。『日本の近隣外交に柔軟性が出れば米国にも日本にも良いことだ』と見る」(「朝日」二〇〇七年九月二十三日)。ここでも日本の外交政策の内容を、アメリカの国益に照らして判断していくというアメリカ側の姿勢は明白です。
 ただし福田氏は、俵義文氏の調べによると「日本会議国会議員懇談会」や「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバーで、その限りでは明らかな靖国派です。また「安倍お下がり内閣」の一八人も、やはり一五人が靖国派関係の諸団体に属しており、その点では安倍内閣時代とかわりがない。そこで注目したいのは、靖国派も一色ではなく、かつての戦争を丸ごと正しかったとする古典的・原理的な靖国派から、日本の軍事大国化のためには対米従属の枠内での靖国派であらねばならないとする現実主義的靖国派まで、歴史観と対米従属とのバランスに関する様々なバリエーションがあるという問題です。
 政治家の中には、時流に応じて自らの立ち位置をコロコロ変える「日和見」主義者も少なくないわけですが、少なくとも現在の福田氏は、より後者に近い立場をとっています。対米従属を上位においたうえで、歴史観も否定しないというやりかたです。かつて官房長官として小泉首相の靖国参拝に同行した福田氏は、内外からの批判に「信教の自由」だと反論を加えましたが、いまはそのような主張はせず、在任中は靖国参拝はしないと述べています。また現官房長官の町村信孝氏は、外相時代に、外務省のホームページにある南京大虐殺や「慰安婦」問題での一定の反省に異議をとなえた人物です(〇五年一〇月)。その町村氏も在任中には靖国参拝をするつもりはないと表明している。ここには日米関係の重要な今日的特徴が現われています。アメリカ政府の後ろ楯のもとに日本の権力者であろうとする者、あるいはアメリカ政府の後ろ楯なしに国民の批判をかわすことができなくなっている政治家たちは、アメリカが許容する範囲での靖国派でしかありえないということです。
 中川昭一・元農水相や平沼赳夫・元経産相等による派閥横断的な「健全な保守」をめざす「真・保守政策研究会」の設立といった動きがありますが、このような日米関係、あるいはアメリカが東アジアの政治的主張に配慮を欠くわけにいかなくなった世界構造のもとで、“従米”への一定の批判意識をもつ「健全な保守」が大きな影響力をもっていくのはむずかしいことだと思います。もちろんこれは最終的には日本国民が決着をつけるべき問題ですが。

アメリカ追随の姿勢をアピールする民主党
 他方で、参議院選挙での自民党の大敗は、ナイ氏が「ハードパワーの正当な行使」と呼んだインド洋での米軍への給油に新たな課題を生み出しました。テロ特措法延長に反対する民主党が参議院で第一党となり、延長反対勢力が参議院の多数派となったためです。その後、テロ特措法は十一月二日午前〇時をもって期限切れとなり、インド洋の自衛艦はついに日本にもどされました。また、国会では給油相手の米艦船がアフガンでの「対テロ戦争」だけでなく、イラク戦争に加わっていることも明らかにされ、各種の世論調査では給油再開に反対する声が国民の過半数を越えるまでになっていきます。しかし、給油の継続を求めるアメリカの要請は強く、これに応えようとする日本政府の執念もすさまじいものでした。安倍氏の辞任表明がこれを理由としていたことはすでに述べましたが、後を継いだ 福田首相も十一月十六日の日米首脳会談で、新テロ特措法の早期成立に「全力を尽くす」と表明し、給油再開を国政の最優先課題と位置づけます。そして臨時国会を二度延長し、二〇〇八年一月十一日、新テロ特措法を衆議院での再議決によって強行成立させていくわけです。昨年秋以降の日本の政治は、いかにしてアメリカの軍艦に石油を供給するかを軸に動いており、到底独立した国家の政治とは思えません。
 民主党が自民党のテロ特措法延長に反対しながら、別の形で自衛隊海外派兵を拡大しようとしている点も重要です。テロ特措法延長への賛成を求めたシーファー駐日大使と小沢代表との会談(八月八日)は平行線に終わりましたが、一〇月発行の「プレス民主」や雑誌『世界』で、小沢氏は、国連決議があれば日本国憲法下でも海外での武力行使は可能だと述べ──本当によく分からない議論ですけれども──、民主党が政権につけば自衛隊をISAF(アフガニスタン国際治安支援部隊)に参加させると表明します。これはアメリカが求める「ハードパワー」の発揮に、民主党はキチンと応えていく、むしろ自民党以上にしっかり応えていくというアメリカ政府への売り込みです。
 小沢氏側近は「ブッシュは(これを)受け入れないだろうが、(米国の)民主党やアメリカのシンクタンクには評価するものが現われている」と述べています。ポストブッシュ政権との関係では、この路線でうまくいくというわけです。「(日本)政府はこのチャンスを無視してはいけない。意味ある前進で憲法にも抵触しない」(コーエン元国防長官)、「米政府当局者は非難するのではなく採用すべきだ」(スナイダー・アジア太平洋研究所副所長)というアメリカ側の発言も出ています(「しんぶん赤旗」〇七年十二月十一日)。
 また、民主党が十二月に小沢代表を団長とする約四五〇人での大規模な訪中を行ったことも、自分たちに胡錦濤政権と話し合える関係があり、アメリカの意を汲んで「ソフトパワー」を発揮する用意があることをアメリカ政府にアピールする意味が込められていたでしょう。

福田・小沢会談と民主党のジレンマ
 最後に、福田・小沢両氏の密室会談を軸とした大連立の騒動が、民主党と自民党の同類ぶりをあらためて表面化させるきっかけとなった問題です。そもそも民主党は財界がめざす「二大政党制」づくりに同意し、自民党と「財界いいなり」ぶりを競ってきた政党です。しかし、自分たちが政権につくためには、政治に対する国民の不安と不満を追い風にする必要があり、そのために自民党への批判ポーズをとる必要があった。その戦略が見事に成功したのが昨年夏の参議院選挙でした。国会での力を弱めた自民党はただちに大連立の呼びかけをします。しかし、国民の批判を恐れた民主党はこれに乗ることができませんでした。
 ただし、小沢代表は一度これに同意しています。二度の話し合いで簡単に同意できるところに自民党と民主党との基本姿勢の近しさが現われています。結局、それでは衆議院選挙に勝てないという民主党執行部の批判を受けて大連立は実現しませんでしたが、一一月四日の記者会見で、なぜ連立しようとしたかを説明した小沢氏は、理由のひとつに、「政権担当能力がないと思われている」ことをあげました。誰がそう思っていると小沢氏は考えたのか。それは財界とアメリカです。二度目の福田・小沢会談が行われた一一月二日に、日本経団連は最新の財界通信簿の原案を発表しますが、これは「税・財政改革」「雇用・就労」「道州制・地方」「通商経済協力」「外交・安保」などの諸項目で民主党への評価を下げるものとなっていました(別表参照)。またテロ特措法延長への同意を求めたシーファー駐日大使は、小沢氏との会談に強い失望と苛立ちを示していました。
 その後の民主党は国民世論にすりよる以上に、「財界・アメリカいいなり」の基本姿勢を強く表面化させるようになります。「民主党税制改革大綱」は消費税増税と法人税減税の必要を語って「財界いいなり」の姿勢を再確認しますし、新テロ特措法への対案である「アフガニスタン復興支援特別措置法案」は陸上自衛隊のアフガン派兵、インド洋での海上阻止活動、海外派兵恒久法の早期実現など、軍事分野での自民党以上の「アメリカいいなり」ぶりを強くアピールしたものです。自民党政治に対する国民の批判が参議院選挙での民主党大勝につながったわけですが、その民主党が政権党になるためには自民党政治との同質性を内外にアピールせねばならない。ここに現在の民主党が抱える根本的なジレンマがあります。
 なお福田・小沢会談では、福田氏が、国連決議があれば現憲法下での武力行使が可能であり、武力行使は国連決議がある場合に限るべきだとする小沢氏の議論を呑んだともいわれています。福田氏はこれについては無言の姿勢をとっていますが、はっきり否定もしていません。一一月一六日の日米首脳会談が極めて短時間で終わったことの背後には、これに対するブッシュ政権の怒りがあったのかも知れません。真相は闇の中ということなのでしょうが。

4 経済面での対米追従がもたらしたもの─新自由主義「構造改革」
 大門実紀史


 石川さんのご指摘のように、大連立騒動は自民党と民主党の同類ぶりを露呈したものでした。また自民党がなりふりかまわず政権への執着心をあらわにしたという点で、自民党政治のゆきづまりを示す象徴的出来事でもありました。

自民党政治のゆきづまりの深化
 私は日米経済の専門家でも研究者でもありませんが、たまたま国会でぶつかった問題を調べていくうちに、経済面での対米追従の姿に出くわしました。そこで国会論戦を軸に、対米追従の本を二冊書きました。最初の『「属国ニッポン」経済版』(新日本出版社、二〇〇三年六月)では、おもに金融面から日本の対米追従を描きました。二冊目の『新自由主義の犯罪』(同、二〇〇七年十月)では政策面での対米追従を取り上げました。
 二冊の本をつうじて考えたのは、対米追従と自民党政治のゆきづまりとの関係でした。私は戦後の自民党政治のゆきづまりを二段階でとらえたほうがわかりやすいのではないかとおもっています。第一段階は、いわゆる田中角栄型の「土建国家」政治、財界や業界団体を取り込むための補助金と大型公共事業ばらまき政治のゆきづまりです。第二段階はそれを彼らなりに打開しようとした新自由主義「構造改革」のゆきづまりです。
 二段階ともゆきづまりの背景にあったのがアメリカの対日要求でした。ニクソンショック、プラザ合意、そしてバブル崩壊に至る過程で、貿易摩擦から始まるアメリカの対日強硬策があり、日本への内需拡大策の押し付けがありました。自民党はバブルが崩壊した後も、公共事業のばらまきを続け、日本を借金大国にし、失われた十年といわれる経済の長期低迷を招きました。そのころアメリカは日本に対する金融戦略と企業の進出をはかるため、規制緩和と新自由主義「構造改革」の要求を、「年次改革要望書」などをつうじて強めていきます。
 一方、多国籍企業化した日本の財界のなかでも、九〇年代半ばから、新自由主義への流れが強まり、小泉内閣は新自由主義路線に特化した政策をとりました。新自由主義「構造改革」は、日米財界の共同要求を実現する形で進行したのです。しかしこの「改革」路線は、数年で国民の中に格差と貧困を広げ、昨年の参院選で国民から厳しい審判を突きつけられることになりました。第二段階目も行き詰まっているというところに、彼らの矛盾の深刻さがあるとおもいます。

財界のめざす「アメリカモデル」
 日本の新自由主義「構造改革」は、その中身もアメリカ追従的です。
 日本の財界は、とくに雇用と社会保障の面でアメリカモデルを目指してきたと言えるのではないでしょうか。
 雇用では、非正規雇用の拡大もホワイトカラー・エグゼンプションの導入も、驚くほどアメリカの後追いをしています。アメリカでは、従来の雇用契約にもとづかない労働者を「代替的就業形態」と呼び、「派遣労働者」、「請負労働者」「独立契約者」、「オンコール(呼出)労働者」、の四つに分類しています。日本でも派遣や請負労働者が急速に増加してきたことは周知のことですが、私が注目しているのはアメリカの「独立契約者」と「オンコール(呼出)労働者」です。
 「独立契約者」とは、企業と個別に仕事内容や報酬についての契約を結んで働く労働者のことですが、企業は福利厚生に責任を持つ必要がなく契約を過ぎればいつでも解雇することができます。いまやアメリカでは、「独立契約者」の数は〇五年時点で約千三十万人(就業人口の七・四%)となっていますが、実際には三千三百万人、就業人口の四分の一に達しているとの指摘もあります。業種別では建設業、金融業などの専門職に従事する割合が高く、この数年で急速に増加してきました。アメリカは国民皆保険制度ではなく民間の医療保険が中心ですが、「独立契約者」の健康保険加入率は六九・三%で、約三割の人は保険料が支払えないため無保険状態になっています。また、本来なら正社員として扱われるべき者を、独立契約を装い雇用責任を回避する事例も多くあるとされています。日本でも偽装請負の一種として「一人請負」や「個人請負」が問題になっています。請負業者が企業に労働者を斡旋し、その企業は労働者と雇用契約を結ばず、個人事業主として請負契約を結び業務の指示、命令をして働かせるというパターンです。
 「オンコール労働者」とは、企業が必要なときに呼び出し、必要なだけ働かせる労働者のことです。アメリカ労働統計局によれば、「オンコール労働者」は、他の非正規雇用に比べ若年層が多く、業種では、教育・医療サービス、建設業、レジャー・接客業が多くなっています。「オンコール労働者」の健康保険加入率も六六・九%で、三割以上が無保険状態です。また「オンコール労働者」の一四%が、時間給四・二五ドルから五・一五ドルの最低賃金ラインで働かされており、アメリカのワーキングプア層を構成しているのが「オンコール労働者」です。日本でも、ネットカフェ難民や派遣大手グッドウィルの不正行為で「ワンコール労働者」の問題が表面化しています。「ワンコール労働者」とは、「電話一本で呼び出される労働者」という意味で、アメリカの「オンコール労働者」と酷似しています。一般の派遣労働者より不安定な雇用形態で、日給も六千円から八千円で、毎日、仕事があるわけではないので、月収でも十万円から十五万円程度にしかならず、アメリカの「オンコール労働者」同様、低賃金で雇用保険や社会保険の適用外に置かれています。いまこの「ワンコール労働者」が日本で急増しているのです。
 日本でも「一人請負」や「ワンコール労働者」が増加していること、「労働ビッグバン」でさらに請負と派遣の垣根を取り払おうとしていることなどを考えると、日本の財界がめざすのはアメリカのような非正規雇用の形態であると見てまちがいないでしょう。
 また財界がもくろむ「ホワイトカラー・エグゼンプション」も、アメリカを夢想したものです。〇三年三月、アメリカ連邦労働省が、労働時間規制の適用除外を拡大する「公正労働基準法」の「改正」案を発表、労働組合などの強い反発があったものの、若干の修正を加えて議会を通過し、〇四年四月に公布されました。そもそもアメリカの「公正労働基準法」は最低賃金と時間外労働の割り増し率が中心の法律で、日本の労働基準法のように細かな労働者保護の規定や休日規定を定めているわけではありません。また法の適用を受けるのも年商五十万ドル(約五千六百万円)以上の使用者で、かつ州の関連事業をおこなう企業、病院、介護施設、学校などの公的機関に限定されています。「公正労働基準法」では、労働時間が週四十時間をこえた場合には一・五倍の割り増し賃金の支払いを義務づけていますが、専門職、運営職、管理職は適用除外になっています。これがアメリカの「ホワイトカラー・エグゼンプション」です。〇四年の「改正」で、除外されたのは、週給四百五十五ドル(約五万千四百円)または年収二万三千六百ドル(約二百六十七万円)以上の労働者で、職務要件も曖昧かつ広範なため、アメリカ労働総同盟の調査によれば、数百万人の労働者が、労働時間が管理されなくなり残業代の対象外になったとのことです。
 日本では「規制改革会議」のなかで、財界代表の委員が労働時間規制の適用除外の拡大を主張し、〇四年三月に閣議決定された「規制改革・民間開放推進三カ年計画」のなかに「ホワイトカラー・エグゼンプション」の方向が示されました。さらに〇五年六月には、日本経団連が「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入にむけた提言を発表し、厚生労働省も法改正に乗り出しましたが、国民の猛反発を受け、国会への法案提出は見送られました。
 日本の財界が「ホワイトカラー・エグゼンプション」を渇望するのは、今までの規制緩和で導入した裁量労働制やフレックスタイムが正社員の大幅な人件費節減につながっていないことと同時に、サービス残業の横行が社会的にも批判され許されなくなってきたからです。「ホワイトカラー・エグゼンプション」によって、サービス残業を一気に「合法化」するとともに、さらなる人件費抑制を狙っているのです。限りなく人件費の切り下げを追求する日本の財界の理想のモデルになっているのが、アメリカの労働世界なのです。
 社会保障もアメリカモデルを志向しています。ひと言で言えば、公的責任の放棄と福祉のマーケット化です。新自由主義は十九世紀のような野放しの資本主義への逆もどりを志向するわけですから、人権にたいする意識などまったくありません。新自由主義の眼で見れば、福祉は人権どころか、ただのもうけの場、すなわち市場(マーケット)に過ぎないのです。アメリカの医療はその典型です。国民全体を対象にした公的な健康保険制度がなく、公的なものとしてあるのは「メディ・ケア(六十五歳以上の高齢者、障害者が対象)」と「メディ・ケイド(低所得者対象)」、「軍人医療(現役、退役軍人とその家族が対象)」だけです。七割ちかい国民は民間の医療保険に加入せざるをえず、それは雇用主が提供する保険と個人で加入する保険に分かれます。民間の医療保険にも入れない無保険者が国民の約一六%、四千六百五十八万人もいます。十八歳から六十四歳の就業人口でいえば、民間の医療保険に加入しているのは七割で、三割の人が保険料を支払えず、無保険のままで働いています。いったん病気になれば膨大な治療費がかかります。アメリカでは個人の破産理由の第一がクレジット破産ですが、二番目は医療費の借金となっています。いったん病気になれば、借金地獄におちいってしまうのがアメリカ社会です。
 にもかかわらず、日本の政府はアメリカの真似をして、医療分野からの公的責任の撤退と民間参入をすすめようとしています。当面、日本の政府や財界は、公的保険と民間保険の共存する「二階建て」保険の世界をめざしているのではないかとおもいます。医療費の自己負担を際限なく増やせば、国民はいざというときのために民間医療保険にも加入しておこうということになります。今でも民間医療保険への加入が急増していますが、このまま医療改悪が続けば、いずれ半官半民の医療保険システムになってしまいます。

マネー資本主義の害悪
 新自由主義の大きな特徴は、マネー資本主義にあります。
 経済活動は大きくわけると、実物経済とマネー経済とに分かれます。実物経済とは、実際にモノを買ったり、サービスを受けたりするときのお金のやりとりのことをいいます。マネー経済とは、お金そのものを商品とみなして、ある国の通貨とある国の通貨を売り買いすることや、株や債券などの金融取引をさします。本来、マネー経済は、企業活動に資金を提供したり、貿易を円滑化するなど実物経済を補完するもので、実物経済が発展すればマネー経済も規模が大きくなるという相互関係にありました。ところが、八〇年代以降、マネー経済の部分だけが急激に膨張します。このマネーは本質的に投機的です。実物経済とは関係なく、利殖が利殖をうむ世界が大きく広がったのです。これがマネー資本主義と呼ばれるものです。たとえば外国為替の取引でいえば、世界の総生産の二十八倍、輸出の百三十三倍にも膨張しています。このマネーはもうけを求めて一瞬のうちに世界の金融市場を駆けめぐり、もはや国家も国際的な機関もそれを制御できず、各国民の所得や雇用、くらしをも左右し始めています。日本でいえば、特に二つの点で国民に被害を与えています。
 ひとつはマネー資本主義が所得と雇用を抑えつけてきたという点です。マネー資本主義の最大の対象は株式市場です。日本の株式市場にもグローバルな海外マネーが参入し、その海外圧力を背景に日本の企業経営もアメリカ式の株主資本主義といわれるスタイルに変貌してきました。株主資本主義とは、簡単にいえば、企業はその株を所有している投資家のものであり、投資家に利益をもたらすことを最優先すべきという考え方です。その際、重視されるのがROE(Return On Equity)= 株主資本利益率です。ROEとは、株主資本にたいする当期の純利益の割合を示す数字です。株主資本とは、企業が株式を発行して調達したお金や剰余金を積み立てたお金で、企業の自己資本部分にあたります。したがって、ROEとは「投下した資本にたいし、企業がどれだけの利潤を上げられるのか」を示す指標となります。このROEを引き上げるには、分子の純利益を大きくすることが必要です。そのため企業は、人件費を抑え続けながら、売り上げを伸ばすことに専念します。たとえ売り上げが伸びても、人件費に還元したら純利益が下がってしまう。そうなるとROEも下がり、投資家から見放される。逆に積極的に人件費を下げたら投資マネーを呼び込むことができる。企業がリストラ計画を発表するとその株価が上昇するのは株式市場では日常的に見られることです。人員を削減し、労働者の賃金を抑えたり、非正規雇用を増やした企業のほうが、「企業価値」が高いとして株価があがるのです。
 もう一つは投機マネーです。原油・穀物市場に大量に投機マネーが流入し、原油高や穀物の高騰をまねき国民の暮らしを直撃しています。投機マネーが食料とエネルギーという人類の生存の基盤まで侵害する危険性はますます大きくなっています。世界ではこういう投機マネーの横暴を規制しようという声が高まっています。昨年はドイツのハイリゲンダムで開催されたサミット(主要国首脳会議)で、ドイツなどの提起で投機マネーの規制が議論されましたが、日本はアメリカなどと一緒に消極的な態度をとり、直接的な規制は実現されませんでした。ここにもアメリカ追従で世界の変化がわからない日本政府の姿があらわれています。
 新自由主義の横暴を経済民主主義の立場で規制していく世界的なルールづくりが焦眉の課題となっています。投機マネーの規制では、世界中の金融取引に税金をかけるというトービン税の創設などもふくめて国際的な規制の枠組みを構想する必要があります。またグローバル化のなかで国際的な労働力の移動がすすんでいます。日本でも外国人労働者の問題をどうとらえていくかが現実的に問われていますし、いつまでも東アジアや中国の労働者の低賃金に依拠して日本の経済成長をはかるやり方が許されるのかという問題もあります。域内で一定労働条件を統一していこうというEUのとりくみなども参考にし、アジアでも労働問題をふくめてルールある経済社会へ向けた国際連帯と基準づくりが求められています。

5 ドル体制の不安と日本の進路
 石川康宏


 アメリカからの年次改革要望書は、大門さんが二冊の著書で大いに批判的に分析されたところですが、〇七年一〇月の最新版でも、日本は本当に「属国」扱いです。アメリカからの要望が日本で実施されるのは当然だという態度です。特に郵政民営化については、今回も銀行・保険・宅急便市場の徹底した開放を求めています。「米国は、日本郵政公社の民営化と改革に引き続き重大な関心を払っている」「銀行、保険、エクスプレス便市場で、日本郵政株式会社およびその子会社(日本郵政グループ各社)と民間の競争相手との間に対等な競争条件が整備されることが不可欠である」といった具合です。

世界経済構造の量的変化と質的変化
 世界の経済構造の大きな変化の中での日本経済の進路について考えてみます。実物経済とマネー経済の二つにわけて、まず実物経済の方からいくとBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の総称)に代表される、いわゆる「有力新興国」の急成長が注目されています。BRICsはゴールドマンサックスのレポート“Dreaming with BRICs: The Path to 2050”(〇三年一〇月)が命名したものですが、これらが生産でも消費でも、二一世紀経済の主力になっていくということについては、大きな反論はないようです。
 いくつかの予測を紹介すれば、二〇〇五年の名目GDP(国内総生産)はBRICs四カ国四・六兆ドル(一七%)、G7二七・一兆ドルとBRICsはG7の六分の一ですが、二〇三五年にはBRICs 六二・六兆ドル、G7六二・〇兆ドルに逆転するとされています。四カ国で七カ国を追い越すわけです。名目GDPの国別順位で見ても、二〇〇五年に、・アメリカ、・日本、・ドイツ、・中国、・イギリスであるものが、二〇三五年には、・アメリカ(三八・二兆ドル)、・中国(三六・五)、・インド(一五・九)、・日本(七・七)、・ブラジル(五・九)、・ロシア(四・三)に変わるとされています。ただしその段階でも一人あたりGDP(生活水準)は、まだ日本にも追いつきません。二〇三五年の日本を一〇〇として、ロシア五五・四、中国三九・三、ブラジル三七・六、インド一六・五です。それだけまだ大きな発展の余地があるということでもあるわけですが。
 これらの国でなぜ高成長がつづくかについては、・全体として天然資源が豊富、・労働力、特に生産年齢人口が豊富、・低賃金労働力の活用を目的とした外資の積極的な導入に成功、・そして外資が集中的に投入された部分から「中産階級」が形成され、国内消費が拡大するといった前向きの連鎖が指摘されています。
 これらの地域は「世界の工場」にとどまらず「世界の消費地」としても注目を集める段階に入っています。クレディ・スイスは、二〇一〇年に中国がアメリカ、日本に次ぐ第三の消費市場となり、二〇一五年には日本を抜いて第二の消費市場になると予測します。戦後長く「世界の胃袋」はアメリカの役割とされ、アメリカは貿易赤字のもとでも輸入をつづけ、世界経済を支えてきました。しかし、サブプライムローン問題後の最近の状況を見れば、BRICs等がこの面でもすでに大きな役割を果たしていることは明らかです。ドルへの不信が強まれば、この傾向はさらに急速に進むでしょう。
 こうした変化の中で、アメリカ資本による資源と市場への支配や、ドル支配からの脱却を目指す意識的な動きが各地に強まっています。これについては最初の報告で指摘しておきました。そうした経済構造の世界的な変化があるので、フランスのサルコジ大統領が、G8にインド・中国・ブラジル・メキシコ・南アを加えてG13にするべきだといった提案を行ったりもするわけです(〇八年一月)。
 ただし、こうした角度からの構造変化の把握は、いくつかの観点から補足される必要もあります。その中心は、アメリカの相対的な後退の影で浮上してくる国々は、どのような質の経済をもっているかという問題です。これは世界経済そのものの質に深くかかわる問題です。たとえば中国は資源・環境をめぐる世界的な問題を抱えるだけでなく、依然として国内に貧富の格差や民主主義にかかわる深刻な問題を抱えています。またロシアは、チェチェン問題に象徴される政治の独裁化と経済的利益の少数支配者への集中を進行させています。こうした国々の政治的・経済的影響力の拡大が、世界の民主主義や世界経済の民主的管理にどのような役割を果たすのか、その点についてはもう少し突っ込んだ評価が必要だろうと思います。
 他方で『週刊東洋経済』(〇八年一月一二日)には、「北欧はここまでやる。格差なき成長は可能だ!」という特集がありましたが、これらの国は福祉や民主主義、女性の社会進出で高く評価されるだけでなく、一人当たりGDPでも、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランドの四カ国ともが日本やイギリス、ドイツ、フランスを上回っています。ノルウェー、デンマークはアメリカよりも上位です。こうした内実をもつ国々の形成と発展の過程に、もっと注目が必要です。構造変化の内容を、社会の質という角度からもとらえる必要があるということです。

サブプライムローン問題と中東・東アジアの融資
 マネー経済の問題に移ります。目前の問題としてはサブプライムローン問題をきっかけとした世界的な金融危機と景気後退の危険があります。この問題は〇七年八月に表面化し、連邦準備理事会は九月に四年数カ月ぶりの利下げを行いました。しかし、一一月にはアメリカからの資本の流出、円高・ドル安が起こり、一二月にはブッシュ大統領がサブプライムローンの金利上昇五年凍結などを示し、追加的な利下げも行います。国内消費の冷え込みを防ぐための莫大な財政出動も行われ、一二月一二日には欧米五行(米連銀、欧州中央銀行、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国民銀行、いずれも中央銀行)が異例の協調行動をとり、二月九日のG7は「金融機関による資本の増強が正常な市場機能の回復に重要」という声明を出します。
 この問題での損失額は正確にはわかりません。OECDは〇七年一一月時点で合計三三兆円と発表しましたが、これにとどまる保障はなく、二月のG7も金融機関に損失額の公表を求めています。実際、シティ・グループは当初七三〇〇億円という発表でしたが、現在の発表は二兆五〇〇〇億円となっています。メリルリンチやモルガンスタンレーもこれに近い規模の損失と見られます。日本ではみずほ銀行が三〇〇〇億円の損失を発表しました。
 今回の問題の発端は、担保とされた住宅価格の下落によるサブプライムローンの焦げつきですが、それがここまでグローバルで深刻な問題となったのは、このローンの債権が他の金融商品とあわせて証券化され、市場で販売されていたためです。「信用度の低い債権を、それとわからないようにして売ってしまう」という無責任の結果です。返済できなくなったローンの借り手は、住宅を取り上げられてしまいます。また損失の大きな金融機関は貸し渋りを行うことでアメリカ全体の消費を萎縮させ、これが海外からの輸入の抑制をもたらし、巨額の財政出動はアメリカの財政赤字を拡大します。実物経済への波及です。
 ここで注目されるのは、損失の大きなアメリカ金融機関を、中東や東アジアの政府系ファンドが支えているということです。シティにUAE(アラブ首長国連邦)のアブダビ投資庁が八五〇〇億円、メリルリンチにシンガポール系が五〇〇〇億円、モルガンスタンレーに中国系が五七〇〇億円の融資といった具合です。金利はアメリカ国債の約三倍にあたる一一%の高率ですが、中国は輸出の二割がアメリカ向けですし、中東には巨額のオイルダラーの急速なドル安による目減りを避けたいという思いもあります。ここには世界経済の相互依存の深化とともに、経済のパワーバランスの変化が反映しているといっていいでしょう。
 新興国や途上国が集まるG24の〇七年一〇月一九日の声明は、金融危機がわれわれの経済に与える影響は大きくない、IMFは先進国のマネー経済をしっかり管理せよと言っています。一月には中国やインドの株価も大幅な下落を見せますが、それでも需要に大きな変化はなく、世界経済の中でアメリカの需要後退を補う役割を果たしています。

なぜマネーゲームが拡大するのか
 現在、証券市場を離れた投機マネーは、石油や穀物などの実物商品に向かい、それらの価格高騰を招いて人々の生活を圧迫しています。こうしたマネーゲームが可能なのは実物経済での必要を超える「金あまり」と投機の自由があるからです。対極に莫大な貧困があることを見れば、これが利潤第一主義の深刻な欠陥を示すものであることは明白です。
 なぜマネーゲームは拡大したのか。第一に、世界の消費に対する生産の過剰があります。富の蓄積は、他方における貧困の蓄積を条件としますが、その貧困が消費の制約につながり、富の生産を制約する。こうして生まれた資本の相対的な過剰がマネーゲームの原資になるというわけです。大量のワーキングプアに象徴される現代の貧困は、日本の大企業にバブル期を越える利益をもたらしていますが、それもまた投機マネーの拡大につながる可能性をもっています。途上国からの資源や農産物の買いたたき等による南北格差の拡大も、同じ役割を果たしました。世界的には、戦後の高度成長が終わった七〇年代後半から「金あまり」が次第に顕著になってきます。
 第二は、貿易赤字にもかかわらずアメリカがドルを散布しつづけている国際的な通貨制度の問題です。国内通貨であるドルで海外からいくらでもモノが買えるというアメリカの「ドル特権」が、世界の「ドルあまり」現象を助長しました。日本は、こうしてためこんだドルでアメリカ国債を買い、アメリカの財政赤字と軍事予算を支える「属国」ぶりを示していますが、中東諸国や中国などは政府系ファンドをつくり、運用益の獲得に向かっています。
 第三は、情報通信技術と「金融工学」の発達によるもうけの手法の発達です。今回のサブプライムローン問題でも明らかなように、金融商品の複雑化は、もはや誰にもそのリスクを正確にはかることができない市場の無政府性を拡大しています。
 銀行の資金運用にはBIS規制などのルールがありますが、ヘッジファンドや運用資金でそれを上回る政府系ファンドには規制のルールがない。そこで世界の巨大銀行がヘッジファンド等への投資になだれ込む。ハイリゲンダム・サミット(〇七年六月)では、ドイツがこれらのファンドへの規制を提案しましたが、米英日が反対しました。しかし、九月には世界銀行が政府系ファンドを集めた初の会合を行い、一〇月のG7でも政府系ファンドへの一定の監視の必要が議論されています。

世界のドル離れと通貨多極化への動き
 このような中で、もうひとつ注目されるは、各地でのドル離れの動きです。日本では円の価値がドルとの対比でしか話題にされませんが、ユーロに対して円とドルは共に大幅な下落を見せています。日本は莫大なドル資産をもっているわけですが、それはすでに大きな為替差損を生んでいるということです。ドルの対ユーロ相場は、一番高い時には一ドル一・二ユーロ(〇二年二月)でしたが、〇六年一一月には〇・六六八ユーロといった具合です。五年で四四%もの低下です。これは今回の金融危機によって急に始まったことではありません。
 莫大なオイルダラーをもつ湾岸諸国は、石油代金をドルで受け取る都合上、為替安定のために自国通貨をドルにあわせるドルペッグ制をとってきました。しかし、クウェートが〇七年五月に通貨バスケット方式(複数の外貨に連動したレートでの固定相場制)に移行します。またOPEC(石油輸出国機構)の加盟国は、ドル預金をユーロや円に分散しはじめました。さらに、〇七年一一月のOPEC首脳会議では、原油価格のドル表示を通貨バスケット表示に変更するとの提案がベネズエラとイランから行われ、かなりの議論になったようです。イラクのフセイン政権は石油取引をユーロ建てに転換していましたが、占領後にアメリカがドルに戻しています。また次の標的とばかりに敵視されているイランも、すでに原油輸出の八〇%以上をドル以外の通貨で受け取っています。こうした産油国のドル離れの阻止も、戦争のひとつの要因になっているのでしょう。ロシアは〇六年六月からルーブル建てでの石油輸出を開始しています。
 また紙幣流通量でユーロは、〇六年一二月にドルを超えたと言われます。EU関連だけでなく、貿易の必要からロシア、ウクライナ、ベラルーシなどがユーロ圏に接近しており、かつてのフランス植民地を中心に使用されている共同通貨のセーファーフランはユーロに対して固定されています。その一方で、長く「ドル圏」といわれた東アジアや南米にも、東アジア通貨基金や共同通貨の構想が生まれ、南米基金や南米銀行など明快な「IMF離れ・ドル離れ」の動きも進んでいます。中国も対EU貿易が対米貿易を上回るようになっていますから、ユーロとの関係はますます強化されていくでしょう。
 高くなりすぎたユーロは域外への輸出競争力を下げますから、EU諸国はアメリカのドル安放置に対する強い不満をもっています。つまり、ユーロがただちにドルに代わる力をもっているわけではありません。とはいえ、なだらかなドル安はアメリカに輸出競争力の強化、対外債務の目減りなどの利益も生みますが、問題が基軸通貨としてのドルの不安につながり、「ドル特権」の侵害につながるようになれば、アメリカも落ち着いてはいられなくなるでしょう。

日本経済の進路を考える
 最後に、こうした世界経済の状況変化のなかで、日本はどういう政策をとるべきかという問題です。第一に、過度のアメリカ市場依存を低め、アメリカ経済との運命共同を抜け出すことが必要です。日本の最大の貿易相手はアメリカから中国に移りました。しかし、中国に輸出された部品がそこで組み立てられてアメリカに輸出されるという「三角貿易」をへたアメリカ依存は深く残っています。また自動車や電気機械など多国籍企業のアメリカでの現地生産比率も極めて高くなっています。これを変えていくためには、東アジア各国との共同を深め、この地域の需要をよりしっかりしたものにすることが必要です。この見地からFTAの交渉なども、相手国の国民生活向上に役立つことを大きな柱とせねばならない。東アジアの国内消費・個人消費を拡大する方向で、東アジアの共同に積極的にかかわっていかねばならないということです。
 第二は、巨額の外貨を目減りしつづけるドルのみで保有するドル擁護一辺倒、アメリカ支援一辺倒の「属国」通貨政策を転換することです。アメリカ市場への依存が高い日本経済にとって、ドル安が不利益につながるのは事実でしょうが、中長期的に見てリスクの分散は不可欠です。これを行わずに国民の財産をズルズルと減価させている現在の政府の罪は、もっと強く問われて良いものです。
 第三は、投機マネーの規制をはじめ、世界経済のルールづくりに積極的に貢献するということです。アメリカ追随ばかりでなく、経済政策主権を自覚的に打ち立て、世界経済の無政府性を世界各国の共同の力で可能な限りコントロールしていく。そういう姿勢をもつことが必要です。
 第四は、なんといっても個人消費の激励にもとづく内需の拡大、安定した内需を土台にもつ国民経済づくりの政策です。世界経済には今後も激動の要因が少なくありません。そうした激動の時代だからこそ、安定した内需が必要です。また食糧自給率の上昇など危機に対処しうる経済づくりが必要です。これは「構造改革」による国民の貧困化推進政策を転換し、労働者や中小業者、農漁民の経営と生活の安定をはかり、消費の最大勢力である個人消費の激励を土台にすえていくということです。

6 もう一つの「属国ニッポン」 ─日米軍事利権の構造
 大門実紀史


 石川さんのサブプライムローンやマネーゲームのお話をうかがっていておもったのは、今までもてはやされてきたアメリカが開発した「金融工学」というものが本当に理論的に正しいものなのかということです。大きな落とし穴をもった理論という気がしてなりません。
 さきほど金融面と政策面での対米追従を国会で追及してきたといいましたが、昨年、たまたま防衛省汚職の問題を国会で取り上げる中で、もう一つの「属国ニッポン」の構図があることに気がつきました。日米の軍事利権構造です。
 わが党は、守屋前防衛省次官と山田洋行の関係ばかりでなく、社団法人「日米平和・文化交流協会」の問題も追及しました。むしろ軍事利権の本丸は、この「交流協会」に巣食う日米軍事大企業と日米の政府関係者、防衛族議員の癒着構造にあると考えたからです。
 軍事利権の問題にふれるまえに、日本の財界が軍事分野で何を目指しているのかについてお話ししたいとおもいます。

日本の軍事企業のねらい
 日本の軍事費はおおむね一九九七年から二〇〇一年の間にピークを迎え、五兆円規模を維持しているものの、現在のところ若干の縮小傾向にあります。これに危機感を抱いたのが軍事大企業です。二〇〇四年七月に日本経団連が「今後の防衛力整備のあり方」を発表し、冷戦後の世界の様々な脅威を煽りながら、日本の軍事力の技術基盤の強化と軍事産業の変革を打ち出しました。そのなかで言っているのは、・技術基盤の高度化のための「国際的な研究・開発・生産プロジェクトへの参加」、・「安全保障基盤の確立に資する予算の適正な確保」、・「輸出管理政策=武器輸出三原則の見直し」、・「安全保障分野における宇宙の活用」などです。要するに、日米で兵器に関する共同研究や開発をすすめること、日本の軍事費を減らさず増やすこと(とくに研究開発費を)、武器輸出の自由化をはかること、ミサイル防衛構想を推進することを訴えているのです。
 日本の兵器調達方法は、国産、外国企業の指導にもとづき国内生産する「ライセンス生産」、商社を通じた一般輸入、アメリカ政府から購入する「有償軍事援助」の四通りがあります。このうち国内分(国産と「ライセンス生産」)は調達額全体の九割を占めます。防衛省はさらに国内生産を推進したい考えですが、最新装備の国産化についてはアメリカがつねに難色を示してきました。そういう壁もあり、日本経団連の「今後の防衛力整備のあり方」が目指しているのは、簡単にいえば、アメリカの傘下で調達額を拡大したい(できればライセンス生産、少なくとも研究開発事業の増加)ということであり、その目玉がミサイル防衛構想なのです。

ミサイル防衛構想
 日本の防衛装備品の市場規模は年間約二兆円で、防衛省からの調達契約額では、一位の三菱重工が約二千七百七十六億円(戦車、戦闘機、地対空誘導弾などを生産)、二位の川崎重工が約千三百六億円(輸送機、哨戒機などを生産)、三位の三菱電機が約千百七十七億円(電子戦システム、レーダーなど生産)と続きます。これら日本のトップ軍事企業にとってミサイル防衛構想ほどうまい商売はありません。
 ミサイル防衛構想は、アメリカが主導しているもので、相手国の弾道ミサイルを迎え撃ち無力化することで、報復の心配なく先制攻撃ができるようにしようというシステムです。外交努力ぬきに勝手に「ならず者国家」や「仮想敵国」のレッテルを貼り、軍事的に抑え込もうというものですが、九・一一テロをきっかけに、ラムズフェルド米国防長官(当時)が議会の抵抗をはねのけ強引に推し進めました。事業規模は数兆円ともいわれますが、システムを稼働させた後の維持管理コストは計上されていません。迎撃の確率も定かではなく最終的にいくらかかるかわからない壮大なムダづかいです。
 アメリカでは毎年約一兆円規模の関係予算が計上されてきましたが、同盟国にも負担を求めるようになり、真っ先に応えたのが日本政府でした。二〇〇三年に小泉内閣がミサイル防衛システムの導入を決定、イージス艦四隻とパトリオット四個高射群などで構成されるシステムだけでも一兆円をつぎ込もうとしています。同時並行で開発を進めている次世代の迎撃システムを導入すれば、日本の負担はさらに膨らむでしょう。昨年三月にシーファー駐日米大使が都内で講演したなかで、日米の防衛費について「米国に比べ日本の負担が少ない」とし、戦力近代化などを理由に日本の「GDP一%をこえる軍事費拡大」に期待を示しました。その際シーファー大使は北朝鮮の一昨年のミサイル発射を引き合いに、「威圧的な行動によって政策を実現しようとする国に、その可能性がないことを示さないといけない」と述べ、ミサイル防衛を中心とする「戦力近代化」の重要性を説明しました。日本に対するミサイル防衛経費負担の圧力です。
 〇七年度予算にも「ミサイル防衛」関連経費が千七百十四億円も計上されています。日本がミサイル防衛構想参加を決めた翌年、オベリング米ミサイル防衛局長(当時)は、日米の共同研究や開発について「日米両国の産業は世界で最先端を走っており、共同研究開発は意味がある」「双方の観点から、どんなシステムの組み合わせが最善かを分析している。担当部局には、日本の産業界の視点も入れてどんな改善がありうるか検討するよう要請した」とし、日本側の武器輸出三原則見直しについても「現行の協力枠組みの中でどう実現できるか、日本の防衛庁、外務省と協議している」と述べています(「朝日」〇四年一一月一五日)。
 日本経団連は二〇〇〇年、〇四年の二回にわたり、武器輸出三原則の見直しを求める意見書を提出してきました。これに応えて政府は、〇四年一二月にミサイル防衛関連装備の日米共同生産・共同開発について、武器輸出三原則の対象外としました。日本経団連が武器輸出三原則の緩和を求めているのは、中古兵器を東南アジアなどに売ることよりも、ミサイル防衛構想での共同開発やライセンス生産を実現するためといえるでしょう。この巨大利権に軍需企業や政治家、防衛省幹部が群がってきたのです。

日米平和・文化交流協会
 日本でもミサイル防衛構想など軍拡を推進し、軍事企業のもうけも拡大していこうという組織がつくられました。外務省所管の社団法人「日米平和・文化交流協会」です。
 この団体はもともと日米の文化振興を目的につくられ、留学生の交換事業などをしていましたが、そこに日米軍事利権のフィクサー(黒幕)といわれる秋山直紀氏や防衛族議員が入り込み、日米の軍事企業が日米政府にたいしロビー活動をする拠点に変質させてしまいました。いまや平和文化交流とは名ばかりで、日米軍事利権のパイプ役を果たす組織と言っても過言ではないでしょう。理事メンバーには、久間、額賀、石破氏などの歴代の防衛庁長官経験者や自民、公明、民主党の防衛族議員、三菱重工、川崎重工、三菱電機をはじめとする日本の軍事大企業がずらりと顔をそろえ、アメリカ側からは理事にコーエン(元米国国防長官)、シュナイダー(米国防長官顧問)、フェルナー(ヘリテージ財団会長)、アマコスト(元駐日米国大使)という大物が名を連ねています。ちなみにヘリテージ財団はブッシュ政権に影響力を持つ右派系シンクタンクです。ボーイング、ノースロップ・グラマン、ロッキード・マーチン、レイセオンなどのアメリカの軍事巨大企業も会員になっています。
 「協会」を仕切る常勤理事の秋山直紀氏は、元政治家秘書で永田町と霞ヶ関の裏側を歩いてきた人物といわれますが、かれが監修した著書『新仮想敵国』ではミサイル防衛の実現を強く訴えています。「協会」の役割は、一言でいえば、ミサイル防衛、武器輸出の自由化、さらには憲法を変え自衛隊を軍隊にして軍拡を推進していくそれを国策として実現しながら軍事企業のもうけを拡大するということです。
 そのために彼らは毎年、ワシントンと東京で「日米安保戦略会議」を開催しています。会議では兵器の見本市も同時開催され、日米の軍事企業の兵器売り込みの場にもなっています。会議では、ミサイル防衛構想の推進や日本企業の武器輸出の解禁などが提唱され、憲法改悪も平然と主張されています。久間前防衛大臣はこの会議で日本の武器輸出三原則の緩和を訴えていますし、民主党の元代表の前原氏も「憲法を改正し、九条に集団的自衛権を明記し、集団的自衛権の問題をブレークスルー(突破)しなければいけない」などと発言しています。企業側も、地対空誘導弾PAC3をライセンス生産する三菱重工の代表が武器輸出三原則の緩和や軍事機密情報保護協定の締結を訴えるなど、会議はさながら日米の軍・産・政の決起大会ともいうべきものになっています。
 イージス艦搭載のミサイル防衛システムを使用することそのものが、憲法で禁じられている集団的自衛権の行使にあたるのは明白です。ミサイル防衛システムで最ももうかるのは、すでにライセンス生産を受注している三菱重工や三菱電機、三菱商事などの三菱グループです。日本経団連の副会長と防衛生産委員会・委員長は三菱重工の「指定席」になっていますが、昨年までその役職をつとめた西岡喬・三菱重工会長(現相談役)は、インターネットメディアのインタビューで集団的自衛権について聞かれ、「危機的状況への対処が今の憲法解釈でできないのであれば憲法を変えなければいけない」と公言しています。国会でも追及しましたが、そんな三菱グループの東京港区高輪にある豪華接待施設「開東閣」で接待を受けてきたのが久間、額賀、石破の歴代防衛庁長官経験者だったのです。
 また自民、公明、民主など各党の国防族でつくる「安全保障議員協議会(会長・瓦力元防衛庁長官)」も、ボーイング社やレイセオン社のトップクラスとミサイル防衛システムをめぐり頻繁に会合を開いています。日本政府が「最重要装備」と位置付けるミサイル防衛システムに向け、ボーイング社、ノースロップ・グラマン社、ロッキード・マーチン社はエアボーンレーザー(ABL=航空機搭載レーザー)システムの売り込みなど盛んに商戦を展開しているのです。
 この「安全保障議員協議会」の事務局長をしているのも秋山直紀氏です。先の臨時国会では、わが党の追及でとうとうこの秋山直紀氏を国会の参考人質疑に引っ張り出しました。具体的な違法行為の摘発は東京地検の捜査に待たなければなりませんが、これまで闇に閉ざされてきた日米軍事利権の本丸を照らし出した意義は大きいとおもっています。
 彼らはたんに思想的に改憲をめざすのではなく、アメリカの軍事戦略に追従しながら大企業の儲けと利権をむさぼるために改憲を狙っているわけですから、ある意味で最もしぶとい改憲派です。憲法を守るためにも日米軍事利権の追及は引き続きがんばりたいとおもいます。

対論のおわりに

 石川 対論を準備しながら、世界の中の日米関係という視角の重要性をあらためて痛感させられました。大門さんのお話からは、孤立するアメリカに追随する以外の道をもたない自公政治のあまりの無策に驚かされました。世界の情勢や構造の変化といった話題に、自公政治がまったく鈍感だという指摘は非常に印象的です。
 北欧やEU諸国に照らした後進性にとどまらず、日本の政治は新興国や途上国に比べてさえ大きく遅れたものとなっています。そこを国民の側がしっかりと考えて、政治転換の推進力にしていくことが必要なのでしょう。研究であれ、政治であれ、新しい問題に創造的な精神で立ち向かう姿勢がますます大切になっていると思います。
 大門 石川さんのお話で世界の変化の全体像が見えました。そういうなかで日本は、今後、外交でも経済でもどうあるべきか、国民の立場にたった建設的、創造的な研究と提案が求められているとおもいました。
 国の政治は「連立」「政界再編」ぶくみの時代に入りました。わが党をのぞく各政党が基本路線で離合集散する可能性があります。つぎの総選挙だけでなく二年半後の参院選挙もふくめ、個々の政策だけでなく、各政党がそれぞれの基本路線を問われる政治決戦となるでしょう。わが党の基本路線は財界中心、アメリカいいなりの政治を変えることにあります。憲法にしろ、新自由主義「構造改革」(とくに消費税)にしろ、すでに政策的には「自民・民主の大連合」対日本共産党のたたかいが始まっています。やりがいのある面白い時代ですね。
(いしかわ・やすひろ/だいもん・みきし)
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