プロフィール

参議院議員・比例代表候補/党参院国対副委員長 大門みきしさんはこんなひと

 2022年夏の参議院選挙で日本共産党は、市民と野党の共闘を発展させ、政権交代への足掛かりをつくるために、必ず前進する決意です。今回は「650万票、得票率10%以上」―比例5議席の絶対確保を必ずやりきる目標として、近畿2府4県を活動地域にする比例代表候補は参議院議員(4期)の大門みきし(実紀史)さんです。

大門みきし

略歴 1956年1月、京都市生まれ。市立日吉ケ丘高等学校卒。神戸大学中退。本家は大阪交野の造り酒屋。元東京土建本部書記長・全建総連中央執行委員。現在参院議員4期目。他党も認める経済論戦の第一人者。歴代首相、財務相を相手にした論戦には定評がある。家族は妻と二男

役職 党参議院国会対策委員会副委員長。予算委員、財政金融委員、地方・消費者問題特別委員会委員。党建設国保対策委員会事務局長。党SDGsプロジェクトチーム事務局長。党中央委員

著書 『ルールある経済ってなに?』『属国ニッポン・経済版』『新自由主義の犯罪』『カジノミクス』(いずれも新日本出版社)

座右の銘 「意気に感じる心」

趣味 絵本の収集。インスタグラムで紹介している。

エッセイスト フェイスブックなどの投稿は温かい人柄がにじみ出て大人気。

この間、取り組んできたおもなテーマ、国会論戦

◎経済論戦

 小泉・竹中「構造改革」、アベノミクスなど新自由主義路線と正面から対決する論戦を展開。竹中元経済政策担当相とは50回以上、お互い顔も見たくないほど論戦し、「天敵」と呼ばれる関係に。アベノミクスでは、安倍元首相だけでなく日銀の黒田総裁と何度も論戦、株価つり上げのための「異次元の金融緩和」を批判し、撤回を迫った。

◎消費税、税制問題

 消費税率引き下げ、インボイス中止と格差是正のために大企業、富裕層への課税強化を求め続け、2014年に金融所得課税の10%から20%への引き上げを実行させた。タックスヘイブン問題も一貫して追及。

◎中小企業、コロナ対策

 東日本大震災時は中小企業庁と連携して被災地のグループ補助金を実現。コロナ禍では、現場の運動と力を合わせ持続化給付金の創設、拡充に尽力。また京都企業組合の組合員を融資や給付金など中小企業施策の対象にさせた。

◎損保代理店問題

 大手損保による中小代理店いじめの問題を国会で繰り返し告発、是正させた(『週刊ダイヤモンド』が特集記事を掲載)。

◎消費者・地方問題

 ジャパンライフなど悪徳商法追及の第一人者。消費者保護に反する「書面デジタル化問題」の追及ではマスコミも注目(『日刊ゲンダイ』など)。スーパーシティ構想が監視社会につながる危険性を暴露。

◎カジノ問題

 2009年から反対の論戦を展開。被災地でのカジノ解禁を断念させるなど、全国の反対運動を励ましてきた。




横顔インタビュー 「大門さんって、どんなひと?」

◎聞き手 マリリンこと木田真理子さん
(ネット番組「大門ゼミ」アシスタント・生徒役)

大門議員と木田真理子さん

少年時代は「問題児」

マリリン 大門さんは京都の少年時代、相当の問題児だったと聞きましたが、本当ですか。


大門みきし 中学生のはじめの頃は学校も行かず、毎日、京都の新京極(繁華街)あたりをぶらついて悪さをしていました。担任の先生も見放すなかで、「ワシにまかせてくれ」と買って出てくれたのが、一生の恩師になった植山忠次郎先生でした。口はやかましいが心のとても温かい先生で、毎日、私の家へ来て「うどん食いにいこか」と連れ出し、きつねうどんを食べさせながら、コンコンと説教しました。私も先生の熱心さにコン負けして、何とか立ち直り、高校へも進学できました。植山先生はいつも「男はなあ、意気に感じる心を忘れたらあかんで」といっていました。その時は言葉の意味はわかりませんでしたが、それ以来、私の座右の銘は「意気に感じる心」になりました。

夢は劇作家だった

マリリン 大学を中退し、東京で演劇をやっていたというのは本当ですか。


大門みきし 高校生のころから小説家か劇作家になりたかった。大学に入学したものの、ほとんど授業にも出ず、学生演劇に没頭し、21歳のとき、劇作家をめざして大学を中退し上京しました。何年か劇団を転々としましたが、時代が私の才能を理解できなかったんでしょう。劇作家になるのは潔くあきらめました。

日本共産党に入ったきっかけは

マリリン なんか。あぶない人ですね。そんな大門さんが、なぜ日本共産党のようなまじめな政党に入ったんですか?


大門みきし うちは両親が離婚し、母が4人の男の子を女手一つで育て上げました。母が昼も夜も苦労して働く姿をみて、もっと社会が助けてほしい。幼心にも冷たい社会というものを感じていたんだと思います。
23歳のとき、たまたまアルバイトをしていた生活協同組合で食堂のおばちゃんから「しんぶん赤旗」をすすめられました。政治に無関心の青年でしたが、モノを読むのは好きだったので、毎日読んでいるうち、「世の中こうなっていたのか」と目からウロコが落ちる思いでした。3ヵ月ほどたった頃、どうしても共産党に入りたくなり、中央委員会に電話して地区委員会の住所を聞き訪問して入党しました。


マリリン ノンポリの演劇青年をいっぺんに変えてしまった「しんぶん赤旗」って、やっぱりすごいですね。


大門みきし 真実を知ることは人生にとって最も大事なことです。孔子も「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」といっています。まだ死ねませんが。

思い出に残る論戦は

マリリン 大門さんの国会質疑は与党議員や歴代の大臣も評価していますね。思い出に残る論戦はどういうものがありますか?


大門みきし やはり弱肉強食の新自由主義を日本で実行にうつした竹中平蔵さんとの論戦は忘れられませんね。当時、竹中さんは経済政策の担当大臣として、企業が儲かればやがてその利益が国民に回る(「ダムの水があふれるように=ダム論」)と主張していました。

2001年11月の参院予算委員会で、私は非正規雇用を増やし低賃金構造を固定化し、回る回路を閉めておきながらデタラメを言うなと厳しく追及しました。「あなたは経済学者ですよね。理論的に説明してください」というと、かれは「先生は国会議員ですよね。国全体の経済がどうなるかトータルで示す必要があるでしょう」と言い返すというヒートアップを繰り広げ、その論戦は長いこと参議院の語り草になりました。ただ、竹中さんと嫌でも論戦しなければならない立場になって、経済書を片っ端から読むなど、人生で一番勉強しました。そういう意味で今の私があるのは竹中さんのおかげです。


マリリン 麻生さんは暴言、失言の確信犯でとんでもない人でしたが、大門さんにだけは真摯な姿勢で、しかもよくいい答弁をしていましたね。麻生さんに好かれていたんですか。


大門みきし むこうの片思いです。経済政策の根本では大対決してきましたが、確かに個々の問題では、私の意見を取り入れてくれたこともあります。
16年5月の参院決算委員会で私は、「タックスヘイブン」を使った企業の課税逃れの仕組みを解説し、国税庁の対応を迫りました。それにたいし麻生さんは、「難しい話を簡単にしゃべるというのはなかなか頭がいる。大門先生って頭がいい人だと感心しながら聞いていました」と答え、そのあと国税当局にタックスヘイブン問題を厳しく追及するよう指示しました。また中小企業問題では私の提案をよく聞いてくれました。

党を憎んで人を憎まず

マリリン 国会中継を見ていても、大門さんが出てくると議場の雰囲気がやわらぐように感じます。「党を憎んで人を憎まず」とフェイスブックでも書かれたことがありますね。そのことと関係するのでしょうか。


大門みきし 自民党議員などの質問を聞いていると、私たちと立場がちがうと思うときがたびたびあります。しかし私の勝手な解釈かもしれないけれど、その議員も、それまでの人生の経過と事情があってそういう世界観になったのだろう、自民党に入ったんだろうと。また有権者に選ばれて国会に来ている。自分の考えと違うからといって、相手を罵倒したり憎悪してはならないと思います。そうはいっても、人々を苦しめる政治に憎悪を抱くのは無理もない。ならば、せめて、党を憎んでも、人は憎まないようにしたい、そう思うだけです。

いよいよ参院選

マリリン いよいよ参議院選挙。最後に大門さんの抱負と決意を聞かせて下さい。


大門みきし 新自由主義からの転換は、自公政治の大本を変えることですから、政権交代がどうしても必要です。参院選に何としても勝利し、憲法9条を守り抜くとともに、今度こそ新自由主義を終わらせる転機にしたいと決意しています。